第2話 危なかった

しっかりと意識を取り戻したときには、病院のエレベーターを降りていた。

歩き始めてもなんだか気だるい。母が、俺の目覚めに気づくと、診断結果について単刀直入に話し始めた。

「堅、睡眠欲が暴れてるんだって。病名はなんていう小難しい横文字だけど、大したことはないでしょうって。よかったわね。今日は早く寝なさい」

「何それ……。暴れてるってなんだよ。大したことあるだろ。このままだと間違いなく大学受験に影響する。どこが大したことないんだよ!」

つい気性を荒くしてしまった俺を気遣うように母は続ける。

「いっぱい寝て、それで元気な状態で勉強すれば……」

「昨日も一昨日も普段の二倍の時間寝たさ!それでもこうなんだ!」

食い気味で言い放った言葉で、歩行者の視線の的となってしまった俺は、母から離れたくて足を速めた。

角を曲がると、信号の無い横断歩道が見え始める。そこを渡れば家までは少し。家の鍵を保有していることを確認しながらほんの少しペースを落として歩き続ける。

すると、不意に頭がふらつく。

左膝が笑うようにふっと力が抜け、カクッと誰かに後ろから膝裏を押されたような状態にかる。重心が左に偏ってしまったことで脳が働き出し、何とか正常な姿勢に持ち直した。

自分にしかわからないこの症状と、自分のものなのに信用できないこの体に嫌気がさし、無心で走り出す。





——危ない!

散歩中のおばさんが俺に掛けた言葉と、右耳の鼓膜を突き抜けるクラクションでようやく眼が覚める。目を閉じていたことに自分で驚きつつ、目を見開くとそこは横断歩道。増大した恐怖心と、他人に迷惑をかけてしまったことによる自責、そしてどこからか湧いてくる恥ずかしさから、先ほど以上の全力疾走でその場を立ち去るが、後ろでは車の運転手の注意の声が響いている。

「ちゃんと前見ろよ!」

その言葉を聞くと、本当に悔しかった。

今改めてこの病の恐ろしさを実感した。

後ろにいる母の顔など見たくない。

もういっそ家に帰らず友達のところへでも行こうか。でも……。

「なんで眠いんだよぉぉおおお!」

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