紅茶と彼女の香り

淳平

第1話

「ふう、これで荷造りは終わったかな」

「ああ、ありがとな幸。 最期の最後まで手間をかけさせて」

「ほんとだよ。 たっちゃんの将来の彼女さんは苦労するんだろうなあ」

「……ああ、そうかもな」

「えー、何そのリアクション」


 そう言って幸は微笑んだ。

 3月下旬の今、徐々に暖かくなってきてはいるがまだ少し冬の名残を残している。

 けれど目尻で笑う幸の笑顔を見ていると僕の心は少し暖かくなった。


 僕は今22歳で、入学当時あれほど長いと思っていた大学生活を先週終えたばかりだ。

 周りの友人の中には早くも研修で働き始めている人もいて、いよいよ人生の夏休み期間というものも終わりかけている。

 そんな出来事もあって僕は「物事にはいつかは終わりがくる」なんてごく当たり前のことを最近改めて実感した。


「そういえば、田中たち別れたらしい」

「え、そうなの? 知らなかった」


 幸は紅茶をいれ、僕に差出しそう言った。

 僕は幸のいれてくれた紅茶を一口いただいた。

 うん、やっぱり幸のいれた紅茶は美味しい。

 僕がいれた紅茶とは大違いだ。

 そういえば前に美味しい紅茶のいれかたを教えてくれたっけ。


「お水はね、汲みたての水道水がいいんだよ。市販のミネラルウォーターより美味しくなるの」


 確かそんなことを得意げに言っていた気がする。

 何で水道水の方が良いのか聞いたら、

「うーん、何でだっけ。 忘れちゃった」

 なんて幸は笑って答えたっけ。

 それに対して僕が「説得力ないな」なんて言ったら幸は不機嫌になって、

「そんなことを言う子には飲ませません」

 なんて僕から紅茶を取り上げたっけ。

 今思うと当時も今も幸のいれてくれた紅茶は美味しかったから十分に説得力はあったのだ。


「何がどうなるのかってわからないよね。 本当に」

「そうだな」


 幸の言葉に僕は同意した。

 田中たちとは同じサークルで過ごしてきた仲間で、二人の馴れ初めも知っている。

 二人は性格も趣味も合っていたし、いつかは結婚するのではないかときっと誰がも思っていた。

 だからこそ僕たち二人にとっては衝撃的な出来事であった。


「紅茶美味しい?」

「ああ、美味

うま

いよ。 これ、アッサムだっけ?」

「ぶっぶー。 また知ったかぶりしたねたっちゃん。 これはダージリンだよ」

「あれ、そうだったけ」

「もう、本当に味を覚えないよねたっちゃんは。 アッサムは甘い香りがするの。 ダージリンは独特な香りがするしょ?」


 確かに手元にあるダージリンのストレートティーは独特な良い香りがする。

 紅茶のことは全く詳しくはないけれど、これは良い香りだと感覚でわかる。


「本当だ」


 僕がそう言うと幸は僕の隣に腰掛けた。

 幸が隣にいるだけで何だか良い香りがする。

 シャンプーの匂いだろうか。

 ただそれだけのことなのに何だか心が暖かくなった。

 けれど、すぐに切なくなった。

 それを悟られないよう僕は話題を探した。

 けれどこういう時ほど話題は見つからない。


「はい、これ。 ほら、紅茶だけじゃ口が寂しいでしょ? さっき冷蔵庫覗いたらあったから剥いてきたよ」


 そう言って幸はウサギの形に切られたリンゴを渡してくれた。


「ん、ありがとう」


 リンゴを受け取り、口にする。

 美味い。 紅茶を一口飲む。

 うん、この組み合わせは最高だ。

 自然と口元が緩む。

 美味しいものを口にすると僕は自然と口元が緩んでいるらしい。

 これは昔、幸が教えてくれたことだ。

 ふと幸の方を見ると、幸はニヤニヤしながら僕のことを見つめていた。


「なんだよ幸」

「別にー」


 そう言って幸はいたずらっ子のような顔で笑った。

 幸はこの歳になってもこういった子供っぽさを無くしていない。

 きっと幸はこの先もこうして歳をとって……



「なあ、幸」

「んー?」

「そろそろ時間か?」

「あー、そうだねぇ。 そろそろ時間かな」


 幸の言葉が僕の胸を締め付ける。

 まるであと少しでお別れだと僕に告げるように。


「もー、そんな顔しないでよたっちゃん。 またお盆に会えるから」

「……ああ、元気でな……ってもう死んでるのに元気もくそもないか」

「ふふふ、そうだね。 ありがとうねたっちゃん。 一周忌、来てくれて。 ……それじゃあまたね」


 そう言って幸は僕の前から姿を消した。

 幸と紅茶の香りと僕を残して。

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紅茶と彼女の香り 淳平 @kojikokanntoku

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