第159話 復縁宣言

 明日も試合が控えているので、身体のケアに努めるよう祝勝会は行わず、各自解散となった。


 俺は帰宅するなり、ローテーブルを挟む形で正座して、あぐらをかいてこちらを睨み付ける愛梨さんと対峙している。


「へぇー、ここが大地の部屋なんだ」


 そして、俺の隣には物珍しそうに俺の部屋を見渡す奈菜先輩がいる。


「それで、あれはどういうことなのかしら大地? あなたもしかして、私達をたぶらかして実は本命の彼女がいたなんて言わないでしょうね?」


 完全に愛梨さんの目は殺し屋の目をしていた。

 一つでも戯言を吐いたら、確実に愛梨さんに殺される。


「えっと……奈菜先輩は俺の高校時代の元カノです。さっきのは、突然奈菜先輩に強引に迫らて……俺も何が何だか分からないんです」

「何が何だか分からないじゃないでしょ!? あなたたち、公衆の面前で何したのか分かってるわけ!? キスしたのよキス! し、しかも……あんなりねっとり濃密な……!」


 愛梨さんは怒り心頭と言った感じできぃっと大地を睨みつける。


「まあまあ中村さん落ち着いて」

「うるさい泥棒猫! あなたは黙ってなさい!」


 うわぁ……ついに言っちゃったよ愛梨さん。

 俺の事、自分の彼氏だと言ってるようなものじゃんそれ……。

 でも、それはそれで俺的には嬉しいかも――

 って、そうじゃなくて!


「ホント違うんですって、愛梨さん落ち着いてください」

「落ち着けるわけないでしょ!? ただでさえライバルが五人もいるというのにいきなりキスよキス! 折角サークル内で私と大地君の聖域を作っていたのにぶち壊されて私の計画がもろもろ台無しよ!」


 やっぱりそうだったのか。

 愛梨さんはサークルメンバーからの視線に気づいていないわけではなく、あえてスルーしていたのか。外堀から埋めていく、なんて計算高いんだ。


「それに、わっ、私だってまだしたことないのにぃ……!」


 愛梨さんは俺と奈菜先輩のキスしていた場面を思い出したのか、悔しそうに唇をきゅっと噛みしめている。


「へぇー、キスもしてないのに恋人気取りとは、大地も随分面倒な人に懐かれているのね」

「奈菜先輩、それを今俺に振るの止めてください」


 これ以上愛梨さんへ癪に障ることを言えば、ナイフが飛んできてもおかしくない。

 一通り部屋を物色し終えた奈菜先輩は、ちゃっかり俺の隣をキープして腰かける。


「まあ、確かに私と大地は一度疎遠になった。でも、私達の関係はいわゆる私が勝手に縁を切ってしまったことによる自然消滅。つまり裏を返せば、正式に恋人として別れの儀式を誓ったわけじゃないの」

「はぁ? それってつまり、あなたのせいで大地が苦しんだってことじゃない。とんだ最低女ね」

「そう、私は大地に深い傷を負わせてしまった最低な女。だからそこ、私はその罪を償う必要がある。あなたが言うように、大地は元々心優しい男の子。でも、私が大地を捨てるような行動を起こしてしまったことで、大地は女の子と清きお付き合いするという関係性を築けなくなってしまった。一人の女性に決めることが出来ない、優柔不断な性格にね。付き合っても、また捨てられてしまうのではないかという恐怖が彼の心の奥底に眠っているから、あなたとも一歩を踏みだせない」

「そ、そんなことはないわ! 大地は私にちゃんと『愛梨さんが好きです』って告白してきた! 捨てられるなんて微塵も思ってもない! そうよね、大地?」

「……」

「大地?」


 俺は肯定も否定も出来なかった。

 愛梨さんに告白した時、俺の心の中には捨てられるといったような気持ちは一切なかった。当時は、奈菜先輩のことなんて完全に吹っ切れいていたし。

 けれど、偶然にも詩織がセッティングした合コンで、俺は奈菜先輩と再会してしまった。以降、俺の中で優劣をつけることに迷いが生じ始めていた。


 皆それぞれ魅力的な女の子で、個性がある。

 だからそこ、俺が誰かと付き合えば、彼女たちを傷つけることになる。

 もし、誰か一人を選んだとしても、いずれ愛想を突かされて、以前の奈菜先輩のように見捨てられるかもしれない。

 そんな一抹の不安が、俺の頭の中をよぎっているのは事実。


 沈黙を続ける俺を見て、奈菜先輩が優しく俺の頭に手を置いた。


「安心して大地、これからは私がずっと隣にいるわ。もう逃げ出したりしない」

「奈菜先輩……」

「なっ、ダメよ大地。正気に戻りなさい! その女は一度あなたを見捨てて裏切ったのよ。簡単に信用なんてしちゃダメ!」


 確かに、愛梨さんの言う通り、奈菜先輩には自分勝手な行動で突き放されている。

 しかし、俺が奈菜先輩に対して全く未練がないかと言えば、それも嘘になる。

 だから、ここでどういった判断が正しいのか、俺にはもう分からなくなっていた。


「ここに宣言します。私浅田奈菜は、南大地との復縁し、未来永劫彼と共に過ごしていくことを」


 奈菜先輩ははっきりと言い切り、俺を抱き寄せる。


「大地、これからは私にしてほしいことなんでも言って頂戴。今までの償いも兼ねて、貴方の望むことを何でもしてあげるわ」

「ま、待ちなさい! こら、大地もそんな誘惑女に易々と身体を預けちゃダメ!」


 ガヤガヤと愛梨さんが何か喚いているけれど、俺の視線は奈菜先輩の母性溢れるその顔に釘付けになっていた。

 あぁ……懐かしい。奈菜先輩の温もりと匂い。

 あの懐かしい青春時代が想起される。


 俺は奈菜先輩の魔法にかかったように、数回優しくトントンと頭を撫でられると、そのまま力が抜けたように、奈菜先輩の太ももに頭を置いて、目をつぶってしまう。


「だ、大地!??!?!?!」


 突如として現れた奈菜先輩による復縁宣言。

 これが、寝泊りフレンズたちを大きく動かすこととなる。

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