第160話 一時休戦、奪還作戦開始

 寝泊りフレンズたちは、愛梨さんの鶴の一声により、急遽全員招集をかけられ、とある場所に集まっていた。


「あの……なんで私達に集められたわけ?」

「だよね、私も言ったのよ。せめて大地君の家に全員でおしかけた方が……」


 ローテーブルをバンっと軽く叩いて、愛梨さんが春香と優衣さんを黙らせる。


「みんな、落ち着いて聞いて。これは由々しき緊急事態よ。大地が魔性の女によって寝取られたわ」

「……はい?」


 全員、『何言ってんのこの人』という目で愛梨を見つめている。


「ど、どういうことですか?」


 萌絵が困り顔で愛梨に尋ねる。


「私たちの大地が寝取られたのよ! 大地の元カノによって!」

「も、元カノ!?」


 驚いたような表情を浮かべる萌絵。


「えっ!? 大地君ってお付き合いしたことあるんだ。てっきり私、年齢=彼女いないチェリー君だとばかり思ってた。ほら、おっぱいばっかりがっつくし」


 驚きつつも、自分の胸を持ち上げて自己主張する優衣さん。


「そ、そっか……だから大地くんってあんなに……」

「変態」

「そうじゃなくて、最初っから女の子と寝泊りすることに場慣れしてたんだなって……てっきり、愛梨さんたちと寝泊りし始めてから場慣れしたのかと思ってた」

「つまり、大地はヤリ○○」

「ちょっと、愛花ちゃんそれは言い過ぎだよ……」


 頬を軽く赤くして、愛花の毒舌発言を嗜める綾香。


「……浅田奈菜」

「あら、その様子だと知ってるようね幼馴染さん?」


 愛梨さんの問いかけに、春香は至極真面目な様子で顎に手をやり、何やら考え込む。

 皆の視線が自然と春香に集まる。


「浅田奈菜、大地が高校時代に付き合っていた先輩で、高2の夏休み明け、突如転校して姿をくらませた罪深き女。純情な心を持っていた大地を深く傷つけ、これ以上ないほどに失望させた最低女よ」


 春香はきゅっと唇をかみしめて、身体を戦慄かせる。


「でも、そんな人が、どうして大地にまた興味を?」

「それは……」


 愛梨さんは皆に今日会った出来事を事細かに説明した。

 大地がサークルの試合でハットトリックを決めたこと。

 その対戦相手に、偶然にも浅田奈菜が所属していて、プレーを目の当たりにした浅田奈菜が惚れ込み、試合後大地へ強引にキス。

 大地の家へと連行し、事情を説明要求したところ、二人の関係は自然消滅。つまり、自然治癒も可能だと奈菜が主張。

 これにより、恋人関係を解消する儀式を行っていないという理由で、恋人関係はまだ続いていると主張し始めた。

 更に問題なのが、大地が満更でもないという件。


「つまり、大地はあの女に一度見捨てられたことにより、女の子と付き合えばまた捨てられるかもしれないという固定概念にとらわれている。だから、私達と清き関係を築きつつ、最後の一歩は踏み出さまいまま有耶無耶にしていた。でも、それがかえって泥棒猫の元カノにつけ入るスキを与えてしまい、大地を略奪されたのよ」

「えぇっと、つまり……大地君にもまだ、その奈菜先輩っていう人に未練があると?」

「そうかもしれないわ。でも、昔大地をたぶらかしまくった上に自分のためとか言って大地を捨てた女が、もう一度大地を幸せにする保証なんて微塵もないわ! また大地を弄ぶだけ弄んで、その後また捨てるに決まってる」

「そ、それは流石に言い過ぎじゃ……」

「それじゃあ何? 萌絵は大地をあの泥棒猫に取られてもいいってこと!?」

「ぬっ……」


 言葉に詰まる萌絵。

 愛梨さんはバシンと机を叩いて顔を上げる。


「とにかく、私達同士で争っている場合ではないわ! あの女から大地を渡したとの元へ取り返すこと、それこそ私たちが今やるべき一番の優先事項よ。ここは一時休戦して、協力体制を取りましょう」

「お姉ちゃんの意見に賛成。見知らぬ女に大地を取られるのは納得いかない」

「そうだね。今までの過去の蓄積があるとはいえ、途中から急に現れた負けキャラに取られるわけにはいかないわ!」


 愛花と優衣はぐっと握りこぶしで愛梨さんの提案に乗る。


「他はどうなの?」


 愛梨さんの視線は、萌絵と綾香と春香の三人に向かう。


「もちろん、大地を浅田奈菜に取られるわけにはいかない。意地でも取り返す!」

「わ、私も大地君が寝取られるのは虫の居所が悪いかなー」


 春香と萌絵も参加表明を示す。

 そして、最後の一人へと視線が向けられる。

 半ば強制的に参加しろというような視線を向けられた綾香は、ピクっと身体を震わせた。


「わっ……私は……」


 綾香は大地君が幸せなら、それでいいと今まで思っていた。

 けれど、綾香の心の中には、どこか納得のいかないもやもやとした感情が蠢いていて、胸の奥が詰まるような感覚に苛まれていた。


「……ヤダ」


 俯きがちに小さく放たれた声と共に、綾香はぐっと顔を上げた。


「大地君を他の女の子に取られるなんて絶対に嫌! 絶対に大地君を取り返す!」


 綾香の固い決意表明に、皆驚いたような表情を浮かべる。


「やっぱり人気女優が言うと迫力が違うわね。改めて綾香ちゃんが芸能人だってことを実感したわ」

「名女優」

「なっ……ちがっ……今のは……!」


 春香と愛花の野次に恥ずかしくなり、頬を真っ赤に染める綾香。

 とにもかくにも、これで皆の方針は決まった。


「よし、それじゃあ大地奪回大作戦スタートよ!」

「おー!!」


 拳を上に上げて、一致団結して逆襲を始めようとしている寝泊りフレンズたち。

 こうして、『大地を浅田奈菜から取り戻ず奪還大作戦』が幕を開けようとしていた――


「ってかさ、その前に……この部屋片づけない?」


 春香が半ば引き攣ったような顔で答える。


「そ、そうだね……」


 綾香も苦笑いで同意する。


「汚い、そして臭い」


 相変わらずの毒舌を吐く愛花。


「ひ、酷いよみんなぁ!!!」


 涙目の優衣。

 ひとまず、隣人の散らかった部屋を片付けて対策本部にすることが、フレンズたちの最優先事項のようだ。



 ◇



 一方その頃――

 隣の部屋では、甘ったるい雰囲気が当たりを包み込んでいた。


「なんだが隣部屋が妙に騒がしいわね」

「それはいつものことなんで気にしないでください。それより奈菜先輩」

「ん、どうした?」

「奈菜先輩の太もも最高です。至福のひととき……」

「ふふっ。ならよかったわ」


 俺は今、奈菜先輩の膝枕を思う存分堪能していた。

 視線の先に見えるのは、豊かな奈菜先輩の二つの膨らみ。

 まるで、俺をそのまま包み込んでくれるのではないかという高揚感に駆られる。


「ん、どうしたの? そんなに私の胸に視線注いで? あっ、もしかしてエッチなことしたくなっちゃった? おっぱいに顔埋めてチューチューしたい?」

「うへへっ……いいんですかぁー?」

「いいわよ? 大地が私ともう一度真剣に付き合ってくれるならね」

「……」


 奈菜先輩がからかい交じりの顔で言ってきて、俺は思わず顔を顰める。

 このまま俺は、奈菜先輩と付き合っていいのだろうか?

 脳裏に浮かぶのは、みんなの悲しみに満ちた表情。

 それを思い浮かべるだけで、俺を躊躇させるには十分だった。


「やっぱり、あの愛梨ちゃんって人が今の大地にとっては一番のお気に入りさんかな? それとも、さっき言ってた他の女の子候補ちゃん達かな?」

「そ、それは……」


 言えない。優柔不断で優劣をつけられていないことなんて。


「でも、少し安心したかも」


 すると、なぜか奈菜先輩はくすくすと微笑んだ。

 どうしてか分からずに首を捻っていると、奈菜先輩はどこか遠くを見たまま語り出す。


「合コンで再会した時、私あんなこと言っちゃったけど、本当は大地のことが気がかりで仕方なかった。どこに住んでるんだろうとか、他に好きな人が出来ちゃったのかなとか。気になってばかりだった」


 奈菜先輩は、俺の頭に手を置いてゆっくりと撫でながら話を続ける。


「あの時、大地との縁を切ったこと後悔してないって言ったけど、本当は大ウソ。大地のことが気になって仕方なくて、大地との関係を断ったことを深く後悔した。もちろん、大地を深く傷付けたことに変わりはない。だから、もう後悔したくない。何より、私自身の心に嘘を吐きたくないの」

「奈菜先輩……」


 奈菜先輩は真剣な表情で俺を見つめる。


「大地、私はもう一度大地とやり直したい。あんなに酷いことしておいて無理言ってるのは分かってる。でも、私は今でも大地のことが好き。ずっとずっと、誰よりも世界一愛してる。だから、私との復縁、真剣に考えてくれないかしら?」


 潤んだ瞳で得も言えぬ表情で見つめてくる奈菜先輩を見て、大地は唇を引き結ぶ。

 奈菜先輩は今でも魅力的だと思う。キスされたときの高鳴る胸の鼓動が今でも思い出されるし、実際ドキドキした。今だって奈菜先輩の膝枕で最高に落ち着く。


 だからそこ、すべての可能性を加味して、自分の心に俺自身も嘘を吐きたくないと思った。

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