第158話 唐突な修羅場

 試合は3-0で快勝し、サッカーサークル『FC RED STAR』は、歴史に残る試合となり、俺は勝利の立役者として、崇め奉られることになった。

 しかし、喜ぶサークルメンバーたちをよそに、俺の心情は晴れやかではない。

 なぜなら、対戦相手の応援の輪に、奈菜先輩がいたのだから。

 少し混乱した頭を整理したいがために、俺は歓喜の輪の中から抜け出して、一人コート脇のベンチに座り込む。


「大地」


 しかし、すぐにその思考を遮られる。

 聞き覚えのある声に振り向けば、艶めいた黒髪を揺らして、爽やかなワンピース姿の奈菜先輩が目の前に立っていた。


「勝利おめでとう、カッコ良かったよ」


 奈菜先輩は、にこやかな表情でためらいもなく祝福してくれた。

 元カノに、ナチュラルにカッコ良かったと言われてしまうと、どう反応していいのか困る。


「隣、座っていい?」

「えぇ……いいですよ」


 俺は少し身体をずらして、奈菜先輩の座るスペースを開けてあげると、奈菜先輩はピタッとくっつきそうなほど近くに座り込んだ。


「あ、あの……先輩?」

「ん、何?」

「ち、近いです」

「いいじゃない別に……私達、付き合ってたんだから」

「い、いや、それは昔の話で、今は色々と状況が……」


 俺は誤魔化しつつ、愛梨さんの方へ視線を向ける。

 愛梨さんは、歓喜の輪の中でまだサークルメンバーたちと談笑して、こちらには気づいていない様子。

 だが、いつ愛梨さんに気づかれてもおかしくない状況は、出来るだけ避けたい。


「大学ではサッカー続けることにしたんだ」

「まあ、お遊び程度の軽い運動がてら」

「バトミントンじゃなくて?」

「まあ、それは色々理由があって……」


 ドストライクのタイプの女性とお近づきになりたいがために、このサークルに入ったという不純な動機は言えまい。


「ふぅーん。そうなんだ」


 何の気なしに、奈菜先輩は相槌を打つ。


「先輩は、どうしてうちの大学のオーランサークルに?」

「ん? まあ正直に言えばスカウト。友達に紹介されて体験参加しに行ったら、サークルのメンバーたちに熱烈にアタックされて」

「あぁ……なるほど」


 まあ、これだけ美人な他大学の美少女が現れたら、男性陣は逃すわけないだろう。

 群がる男たちが必死になって奈菜先輩を口説こうとしている姿が容易く想像できた。


「ねぇ、大地」

「なんですか?」


 俺が聞き返しても、しばらく奈菜先輩からの反応がなかったので、どうしたのかと先輩の方を覗う。

 すると、奈菜先輩も俺を覗き込むように上目づかいで見つめてきていた。

 近距離で目が合い、思わず狼狽える。


「やっぱり大地はカッコいいね……」

「いやっ、そんなことはっ……んっ!?」


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 でも、一つ確実に言えることは、突然奈菜先輩の顔が目の前に現れ、俺の唇に柔らかい何かが触れているということだけ。


 息もせず、一瞬時が止まったような感じがする。

 俺は奈菜先輩に無理矢理唇を奪われていた。

 奈菜先輩は、俺の唇から顔を離すと、トロンとした目つきで俺を見つめてくる。


「大地……やっぱり私にはあなたしかいない。別れるなんて無理。カッコ良過ぎ……」


 恍惚の表情を浮かべ、俺の両頬にすべすべとした柔らかい手を置く奈菜先輩。

 そのまま、奈菜先輩は再び瞼をゆっくりと閉じて、再び唇を近づけてきて――

 俺をベンチに押し倒さんばかりの、強引な熱いキスを交わしてきた。


「んんっ!?」


 思考が追いつかない俺をよそに、奈菜先輩は隙ありとばかりに、俺の口内へ舌を入れて絡ませてくる。

 久々に感じる奈菜先輩の唇の感触と舌触り、俺は頭がクラクラしてきてしまう。

 突然の出来事に抵抗すら出来ず、大地は奈菜先輩のなすがままになっていく。


 ようやくキスから解放されて、お互い至近距離で見つめ合う。

 かつての恋する乙女の面影強く残る奈菜先輩の表情を見て、当時の先輩とのイチャイチャっぷりが頭の中に思い浮かぶ。

 奈菜先輩の魅力に吸い込まれるように、俺からキスをしにいきかけた時――


「大地、これはどういうことかしら?」


 ドス黒い声が二人の間に割って入ってきて、俺は一瞬で我に返る。

 振り返れば、愛梨先輩が腕組みして、ニコっと口角を上げて仁王立ちして俺を見下ろしていた。

 しかし、目は全く笑っていない。


 ふと周りに注意を向ければ、先ほどまでお祭り騒ぎで喜んでいたサークルメンバーたちが驚愕の表情を浮かべてこちらをまじまじと凝視している。


「嘘、あの女の人誰?」

「えっ、てっきり南くんは愛梨ちゃんの彼氏だと思ってたのに……」

「修羅場」

「二股」

「禁断の関係……」


 笑えない野次が次々と飛んでくる。

 さらに言えば、対戦相手である奈菜先輩が所属しているオーランサークルのメンバーたちも、奈菜先輩の起こした行動に気が付いたのか、こちらを唖然とした様子で見つめていた。


「えっ、嘘だろ!? 奈菜先輩、あのハットトリック野郎と出来てたのか!?」

「奈菜先輩、嘘だと言ってくれ!!!」

「でも奈菜先輩の彼氏さん、確かにカッコ良かったよねぇー」

「ねぇ! 誠実そうで、プレーも魅せるんだけど、本気でサッカーに取り組んでる感じがして!」

「わかるそれ、ああいう彼氏は憧れるよね!」


 オーランサークル連中の中では、俺と奈菜先輩が付き合っていることが決定事項らしい。

 まあそりゃ、キスしてる姿を目撃されたら、そう認識せざる負えないですものね。


 かくして、愛梨さんのご褒美を貰おうとして努力した結果。思わぬ形で修羅場を迎えてしまいました。

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