第157話 エースストライカー南大地

 サポートメンバーから作ってくれた炊き出しで昼食を済ませ、午後の試合前のアップをコート端で行う。


 俺と愛梨さんは、ユニフォーム姿に着替えて準備万端。

 早くピッチを駆けまわりたい勢いだ。

 ちなみに、愛梨さんの背番号はチームの要である10番。

 一方の俺は、エースストライカーがつける名誉ある背番号9。

 背番号を渡されたとき、既に重みを感じていたのに、改めて身に着けるとかなりの重圧を感じる。

 それでも、俺は愛梨さんからのご褒美を貰うため、全力でゴールを狙いに行かなくてはならない。


 ようやく前の試合が終了して、入れ替わりでコートへと入る。


 午後の対戦相手は、学内でも最大規模を誇るオーランサークル。

 もちろん規模が大きいため、出場するメンバーはほぼサッカー経験者である。

 コートの外からの応援も活気立っていて、ぱっと見数百名はいる。

 一方で、『FC RED STAR』の応援者は、ベンチメンバーも含めて30人ほど。

 既にアウェイ感漂う中、緊張した面持ちでセンターサークルへと向かう。


 相手は、金髪や茶髪率の多いサッカー部でしたけどイキってますウェイー!勢が多く在籍しているようで、いかにもチャラそうな(偏見)人たちばかりだ。


「それでは、試合を始めます。礼!」

「よろしくお願いします!」


 お互い目の前の選手と握手を交わして、一度自陣へと戻って円陣を組む。


 円陣の中で、太田さんが声を上げた。


「よしっ、お前ら。午前中はよく引き分けた。だが、オーランだけには何としても勝利したい。あんなチャラチャラした集団に大敗した去年、サッカーサークルの名に懸けて今年は絶対に雪辱を果たす。いいな?」

「はい!」


 太田さんの掛け声に先輩たちが気合いの入った声を上げる。


「去年そんな因縁があったんですね……」

「えぇそうよ。だから、サッカーサークルを名乗っている身としては絶対にオーランには負けられないのよ」


 俺の呆れ声に、愛梨さんが強い口調で返してくる。

 俺達は全員肩を組み合って、太田さんの掛け声を待つ。


「よし……いくぞっ!」

「おー!」


 円陣を組み終えて、各ポジションへ散らばる。


 よしっ、因縁はともかく、俺は愛梨さんのご褒美のため、絶対にやってやる……!


 俺は意気込んで相手を睨み付ける。

 しかし、相手は去年までの成績も加味してなのだろう。

 完全に舐め切った様子でにやにやとにたついている。

 その顔を絶望に満ちた表情にするのが楽しみだぜ……。


 ピィー!

 審判の笛が鳴り、俺と愛梨さんにとっての初戦が始まった。


 試合は午前中の試合同様に、相手に攻め込まれる展開。

 相手は『俺、サッカーできますけど?』アピールをここぞとばかりに各々が発揮しようと、連続シザースからのおしゃれルーレットからのドリブル、エラシコからの弾丸シュート!などやりたい放題カッコつけていた。

 まさに、自己中心的プレー集団。自分が目立ちたいの塊。


 サークル内に目星の女子でもいるのだろう。カッコいい姿を見せるチャンスだと意気込んでいる様子が伝わってくる。よって、目立ちたがりのプレーの応酬が続く。


 前線でボールを待っている俺としては、こんな相手に負けてたまるかと、むしゃくしゃする気持ちが極まりない。

 先輩たちは必死に守備をしてなんとかウェイ勢たちに得点を与えぬまま耐えていた。

 オーランサークルと言っても、サッカー経験者が集うメンバーたち。

 容易くボールをカットできるわけではない。

 しかし、自己中心的プレーが目立つからそこの隙はある。


 相手選手は、ディフェンスに囲まれてドリブルが出来なくなり、いざパスを味方に渡そうとしても、連携プレーを練習していないため、全くもってパスが合わない。

 ことごとく自滅したプレーを連続しては、お笑いのようにずっこけて「あー!! ごめん」などと味方に笑いながら謝っていた。

 それでも、オーランサークルの外野からはキャーとか、頑張ってーとか、黄色い声援が聞こえて胸糞悪い。

 こっちとら、本気でサッカーやってきてんだよ!


 そしてついに、絶好のチャンスが訪れた。

 愛梨さんにボールが渡ると、一気に前へ推進力を上げてドリブル開始。

 相手一人を置き去りにして突破していく。

 すると、ぱっと愛梨さんと目が合う。

 アイコンタクトを取って、俺は右足で切り返して斜め前中央、つまりはゴール前へと一気に駈けていく。

 愛梨さんも俺にタイミングを合わせて、美しいキックモーションからピンポイントの浮き球パスを送ってくる。

 オフサイドラインぎりぎりで飛び出した俺は、そのままゴール前へと駆けていく。

 前を見れば、慌ててキーパーが飛び出してくるのが見えた。


 愛梨さんが供給してくれたボールの落下地点を見誤らないようにして、俺はキーパーとボールの間に身体を入れて、右足を高く蹴り上げる。

 そして、つま先でちょこんとボールに触れると、ボールはふわっと宙を舞うようにキーパーの頭上を越えていく。

 俺は華麗に左に一回転ターンをして、キーパーを抜き去る。

 そして、宙に浮いたボールを落ち着いてトラップ。

 最後は愛梨さんから受け取った愛のパスを、無人のゴールネット中央に思いきり蹴り込んだ。


 ピィ!!


 プロさながらの圧巻のプレーに、今までガヤガヤウェイウェイと応援していたオーランサークル勢が静まり返る。


 俺はクールにため息を吐いて、自陣へと戻る際、愛梨さんの元へと向かって声をかけた。


「ナイスパス。愛梨さん」

「流石、私の大地」


 ハイタッチをかわして、二人仲良く自陣へと戻る。


 ザワザワと異様な雰囲気に包まれる中。

 オーランサークルのメンバーたちは『ドンマイ、ドンマイ』と声を掛け合い、一点程度では挫けないタフなメンタルを持っていた。

 そして、先程までのお遊びは終わりだというように、試合に出ているメンバーの目の色が変わり、本気で攻めてきた。

 しかし、ここで現れるのが練習量の差。特にパス交換の連携面での差は歴然。


 相手はパスミスを繰り返し、『FC RED STAR』のカウンターがまたも炸裂する。

 愛梨さんが中央やや左サイドでボールを受けると、敵陣中央付近にいた俺は、相手の死角に入り、一気に左斜め前へ加速する。

 愛梨さんは俺がそこへ走り込むのがわかっているように、針を通すようなグラウンダーのパスを送ってきた。

 またもオフサイドにかからずに抜け出した俺は、ボールをトラップしてドリブルしていく。

 キーパーとの一対一。

 キーパーは徐々に距離を詰めてシュートコースを塞ごうとしてくるが、俺はそれを見越して、思いきり右足でボールをシュート――

 と見せかけて、つま先でチョンと軽く蹴り上げてチップキック。


 ボールはキーパーの頭上を弧を描くように超えていき、バウンドしながらゴールネットへコロコロと吸い込まれた。


 見事に追加点が決まり2-0。

『FC RED STAR』のメンバーたちは大喜び。


 一方のオーランサークルメンバーたちは、唖然とした表情。

 だが、エースストライカー南大地の覚醒は、これで終わりではなかった。


 まずいという焦りから、オーランサークルメンバーたちは、点を取ろうと攻めてくるものの、ボールが足につかずミスを誘発。

 今度は、富澤先輩がボールをカットして、ドリブルで前線を駆け上がる。

 そして、走り込んだ愛梨さんにパスを送る。


 俺はまた、ディフェンスの背後からタイミングを窺って、一気にゴール前へダッシュ。

 愛梨さんは富澤先輩から受けたパスをダイレクトで思い切り前線へと送る。


 ペナルティエリア内、キーパーが慌てて飛び出してきて、愛梨さんのパスを直接キャッチしようと試みる。

 しかし俺は、キーパーに背を向ける形で、ボールの直線上に入る。

 そして、胸トラップで愛梨さんからのボールを受け、そのままジャンプして宙に浮いたボールをオーバーヘッドキック!


 化け物のような軌道を描いたボールはゴールネットを揺らして三点目。

 勝負を決定つけた。


 圧巻の愛梨さんと俺のコンビプレイに、ついにオーランサークルのメンバーたちも意気消沈。


 俺は地面に打った背中を押さえながら立ち上がり、ドヤ顔で先ほどまで黄色い声援を送っていたオーランサークルギャラリーを嘲るように見つめる。

 顔面蒼白で、現実を受け入れられないといったような表情。

 うんうん、中々いい光景だ。


 しかし、その輪の中に、ひときわ目立つ存在を見つけた。

 というよりも、見つけてしまった。


 コートに似合わぬ白のワンピース姿で、麦わら帽子をかぶった女の子。

 手を胸のあたりで握り合わせて、キラキラとした瞳で感動めいたように俺を見つめる視線。


「ウソ……だろ」


 俺は思わず声を上げてしまった。

 なぜならそこにいたのは、羨望の眼差しで俺を食い入るように見つめる、奈菜先輩だったのだから。

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