第156話 愛梨さんからのご褒美


 サッカー大会、『FC RED STAR』の初戦が始まった。

 俺と愛梨さんは、仲良くコート脇に体育座りしてベンチ要因として待機。


 試合は、耐える時間帯が続き、中々ボールを前線まで運べない苦しい展開。


「ぐぬぬぬぬっ……私と大地君がいれば、一本のパスでゴール前まで持っていけるのに……!」


 唇を噛みながら戦況を歯がゆそうに見守る愛梨さん。


「あぁ、もうっ! しっかりしなさいよ!」


 ついには堪忍袋の緒が切れたのか、すっと立ちあがりコートの端からメンバーたちにげきを飛ばし始める。


「ちょっと愛梨さん! みんな必死に戦ってるんですから落ち着いて!」

「落ち着いていられるものですか! 何よあのへっぴり腰っぷりは! 全くもって何もやってきたことが出来てないじゃない! あぁ、もうむしゃくしゃする!!」


 愛梨さんはその場で地団駄を踏む。


「今は他のメンバーたちを信じましょう? いつでも途中から出れるように、そっちでアップしてましょ! ね!?」

「むぅ……大地が言うならそうする」


 必死に宥めたことで、なんとか愛梨さんの癇癪を他の方向へ持っていくことに成功してほっとする。

 にしても、愛梨さんがここまでサッカーに情熱的で、勝負にこだわる人だとは……。

 勝負で思い出したけれど、昨夜の寝泊り対決も、寝坊したせいで勝敗つけ忘れている。後で何か言ってくるのだろうか?


 試合後に、『それで、昨日は結果はどうだったのかしら?』と、ニッコリ笑顔で俺に問い詰めてくる愛梨さんの姿が容易く想像できてしまい、思わず背筋がぞっとした。

 とにかく今は、寝泊り勝負の件は忘れて、目の前の試合にいつでも出れる準備をしておこう。


 試合終了。

 第一試合は、太田部長の懲罰通り、俺と愛梨さんに出番は訪れることなく終了。

 結果は0-0のスコアレスドロー。

 相手に攻め込まれる一方的な展開だったけれど、ディフェンスとゴールキーパーを中心によく守り切ったゲームだった。


「お疲れ様、ナイスファイト!」


 テントで待機していた応援メンバーたちが、出場していたメンバーたちを暖かく迎え入れる。

 タオルやペットボトルなどを手渡して、適宜サポートに回っていた。


「いやぁ……マジでしんどい」

「お疲れ様です富澤先輩」


 俺もサポート係から手渡されたタオルとスポーツドリンクを富澤先輩に渡してあげる。


「おう南、サンキュー! って、すまんな。俺たちに任せなとか見栄張っておきながら、見苦しい試合見せちまって」

「いやいや、先輩たちの気迫は十分に伝わりましたよ! 午後の試合は、出てない分全力で頑張りますから」

「へへっ、やっぱり若いと頼もしいぜ」

「いや、俺と先輩一つしか年違わないじゃないですか……」

「一年の差ってのは、無いようなもので意外とあるんだよ」

「そういうもんすか?」

「そうそう。まあとにかく、午後の試合はみんなバテバテだと思うから、頼むぜうちの秘密兵器!」


 ポンっと肩を叩かれて、富澤先輩は皆が集まるテント内へと入っていく。


「が、頑張ります!」


 俺は、握りこぶしを作って、富澤先輩の背中越しに力の入った声をかけた。


「はぁ……あんまり大地君をほめ過ぎないでほしいわ」


 すると、後ろから愛梨さんが額に人差し指を置いて、呆れたようにため息を吐いた。


「いい大地? あなたは秘密兵器でも何でもないわ。このチームのエースストライカーなの。わかった?」

「えっ、は、はい……」

「その様子だと分かっていないようね。うちのサークル、去年の大会一点すら取れなかったんだから」

「えっ!? そうなんですか!?」


 初めて知らされる衝撃の事実に、唖然とする俺。


「今の試合だって、本当なら褒めるべきよ。去年なんて引き分けすら一回もなかったんだから」

「つまり、さっきの試合は健闘したってことですか?」

「そういうことよ。まあ、去年まで本腰入れて練習してなかったから当たり前だけど、それは勝敗どころか、ここ数年得点すら取れたことないらしいわよ」


 確か、俺がサークルに入る時も緩くサッカーを楽しむのがモットーみたいなことを言っていた。あれは本当だったらしい。

 今年の愛梨さんたち三年生たちで話し合い、本腰入れて大会に臨もうと、みんなの重い腰を上げるようにして、スパルタ特訓し始めたとも聞いた。

 つまり、本腰を入れ始めたのは今年から。

 それを考えれば、引き分けという結果だけでも、努力の成果の賜物なのだろう。

 だからそこ、得点を決めて勝利することは、このサッカーサークル『FC RED STAR』にとっては念願であり、悲願の目標なのだ。


 そのチームのエースとして責務を負わされている身としては、たまったもんじゃない。

 一気に胸の中に先輩たちの思いが伝わってくるようにプレッシャーがのしかかってきて身体が重い気がする。


「やばい……なんか一気に緊張してきて吐きそう」

「はぁ……全くもう」


 愛梨さんは呆れたようにため息を吐いてから、俺の肩にとんと手を置く。


「緊張なんてする必要ないのよ大地。あなたはこれまで頑張って練習についてきた。練習は嘘を吐かないわ」

「愛梨さん……」

「それに、大地には私がついているもの。私の愛のあるパスを受け取って、その受け取った私の愛をただゴールの中央にズドーンと増幅させて流し込めばいいだけよ」

「それ、俺にとっては余計に重くのしかかります」


 愛梨さんの愛が乗っているシュートを外した暁には、どんな仕打ちを受けるか想像することさえ末恐ろしい。


「まあそれは冗談だとして、私が絶対に大地の元へ正確無比なパスを供給するから、後は練習してきた通り平常心で決めなさい。ゴールを決めれば、あなたは一躍サークルの星になれるわ」

「だから、それが余計にプレッシャーになるんですってば!」

「あははっ、そうね。それじゃあ大地、ちょっと耳貸しなさい」


 愛梨さんがちょいちょいと手招くので、俺は愛梨さんの口元へ耳を近づける。


「もし私のパスを受け取って、得点したら……大地にたーくさん。とっておきのご・ほ・う・び、あげるね♪」

「……」


 俺が唖然として呆けていると、愛梨さんはあざとくウインクをして見せた。

 愛梨さんからのご褒美……!

 何されるかたまったものじゃない!


 でも、外したら愛梨さんからの痛ーいお仕置きが待っているだろうし。


「ちなみに、ご褒美の内容ってなんですか?」


 教えてくれないだろうけど、絶対にご褒美の方が俺にとってはいいはずという一抹の願いを込めて尋ねた。


「そうねぇ……なら、私の身体使って、大地がして欲しいこと。な・ん・で・も、してあげちゃう」


 な、なんでもだと!?

 ってことは、愛梨さんの身体を使ってあんなことや、そんなことや、こんなことをしてもいいってこと!?


「うわっー鼻の下伸ばしてるー。エッチなこと考えてたでしょ?」

「そ、それは、愛梨さんそういう言い方するのが悪いんです」

「でも、いいよ? 大地がエッチなことしたいなら、ご褒美でちゃーんとしてあげる♪」

「っ! い、いいましたね? 言質とりましたからね? 絶対に約束ですからね!?」

「うわー目がマジになってる。やらしいのー」


 愛梨さんに軽く蔑んだ目でからかってくるけれども、俺は屈しない。

 愛梨さんに何でもしてもらえるご褒美を貰うために、絶対にゴール決めて見せる!


「ふふっ、頑張って、大地」


 午後の試合、絶対にゴールを決めてやるぞと、闘志を燃やす大地なのだった。

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