第155話 遅刻の罰

 朝、目が覚めると、眩しい陽光が窓から差し込み、俺の顔を照らしていた。

 どうやら、気づかぬうちに朝を迎えたらしい。


 あれから、愛梨さんの耳を重点的に責め立ててくる攻撃は止まることなく、俺がへとへとになるまで続いた。

 俺の吐息のせいで萌絵にも被害が火種して、戦意喪失して疲れ果て、眠りについてしまったらしい。


 愛梨さんは呑気に反対側を向いて、スヤスヤ寝息を立てている。

 萌絵は愛梨さんと対照的に、耳をガードするように布団の中へと顔を入れ、俺の胸元に顔を埋め、深い眠りについていた。


 俺の身体は重く、頭もぼおっとしている。

 倦怠感が酷く、コンディションは最悪。

 今日この後、サッカーの試合を控えていると思うと陰鬱になってくる。


 そういえば、今何時だ?

 ふと部屋の掛け時計に目をやると、長針は頂点に向き、短針は八の数字を指していた。


「……うわっ、ヤバっ!?」


 俺はガバっと毛布を引きはがして飛び起きる。

 そして、ひとまず愛梨さんの肩をさすって叩き起こす。


「愛梨さん! 愛梨さん! 時間やばいです!」

「んんっ……どうしたの大地? 朝からそんなに慌てて……」

「だから時間! 集合時間に完全に遅刻です!」


 俺はスマートフォンのリアルタイムの時刻を愛梨さんに見せてあげる。


「んぁ? ……へっ!?」


 愛梨さんは驚いたように飛び起きて、あわあわと慌てふためく。


「どどど、どうしよう! 部長に絶対おしかりだよ!!」

「とにかく、遅れる旨を連絡しましょう!」

「そうね!」


 お互いスマートフォンで、大幅に遅刻するという連絡を太田さんに入れる。

 連絡を送った後、あたふたしている愛梨さんを見て、俺はひとまず次にとる行動を考えた。


「ひとまず準備しましょう!」

「そ、そうね!」


 俺と愛梨さんは、大至急で出かける準備を始める。


「んんっ……あれ? 二人ともどうしたの?」


 すると、萌絵が目を覚まして、瞼を擦りながら身体を起こした。


「悪い、萌絵! 俺と愛梨さん寝坊して、今すぐ家出なきゃいけないから、萌絵はゆっくりくつろいでから家出てくれ!」

「えっ……それは申し訳ないよ。私も急いで支度するよ?」

「いや、申し訳ないけど待ってる時間すらない! 悪いけど、鍵机の上に置いておくから、閉めたらポストに入れておいてくれると助かる!」

「う、うん。わかった……」


 まだ寝起きで状況を把握しきれていない萌絵は、ぽかんと口を開けて呆けているけれども、俺と愛梨さんはせかせかぱっぱと支度を整えて荷物を背負った。


「それじゃ、後はよろしく萌絵!」

「ごめんね、萌絵ちゃん。戸締りよろしくね!」

「い、いってらっしゃい……」


 俺と愛梨さんは、萌絵を家の中に置き去りにして、集合場所へと超特急で向かって行った。



 ◇



 集合予定場所に大遅刻して現れた二人は、案の定正座させられ、太田さんにこっぴどく叱られた。

 俺と愛梨さんは、遅刻した罰として、初戦のスタメンを外されることになってしまった。


「あーあっ、せっかく私と大地の愛の連携プレイが……」

「まあ、寝坊した俺たちが悪いんですし、仕方ないです」

「むぅ……大地君は勝負に勝ちたくないの?」


 頬のフグのようにぷくっと膨らませる愛梨さん。

 拗ねた様子も、ちょっと可愛いと思えてしまう。


「そりゃまあ、勝ちたいですけど……」

「でしょ!? なら私達を出すべきだと思うの! 勝負の世界は実力が絶対! 素行とかそういうのは後回しだと思うの!」

「いや、素行が悪ければ印象も悪いですし……」

「大地君は私と部長、どっちの味方なわけ!?」

「えっと、それは……」


 俺だって、スタメンを外されたのは悔しい。

 でも、寝坊した理由が理由なだけに、太田さんに歯向かうこともできない。


「まあ、ベンチに入れただけでも、試合に出れる可能性はあるんですから、ポジティブに捉えましょう。それに、今日はダブルヘッダーですし、二試合目になれば必ず俺達にもチャンスがまわってきますから!」

「それは、そうだけど……」


 よしっ、このままいけば愛梨さんを納得できるかもしれない。

 そう思っていた矢先、ふと辺りから熱い視線を感じて辺りを見渡す。

 すると、他のサークルメンバーから好奇な視線が注がれている

 中には、俺達を見て何やらコショコショと耳打ちして話している人たちもいた。


 まあ、遅刻するという連絡がほぼ同時刻に来て、いつもサークル内で仲良くしている二人が一緒に遅刻してきたら、様々な憶測をたてられても仕方ないだろう。

 一応、太田さんにも偶然電車の中で会ったとは言ったものの、信じてくれているかどうか……。


「どうしたの、大地?」


 俺が顔を引きつらせていると、愛梨さんがキョトンと首を傾げてくる。

 どうやら、愛梨さんは皆の視線に気が付いていないらしい。


「いや、何でもないです……俺ちょっとお手洗いに行ってきます」

「えぇ……わかったわ」


 愛梨さんの隣から立ち上がり、俺は皆の視線から逃れるようにトイレへ向かった。

 俺と愛梨さんの密接な怪しい関係を他の人に勘繰られるのは、あまりいい気分ではない。

 それに、今の俺の周りで発生している修羅場的状況では、あまり波風立てたくない気持ちもある。なので、愛梨さんの傍に長時間居座るのはあまりよくないと考えた結果、戦略的撤退をせざる終えなかった。



 ◇



 トイレを済ませてグラウンドに戻ってくると、改めてこの大会の規模の大きさを実感した。

 各サークルの団体がテントを張って拠点を設置して待機場所を確保している。

 本部のテント近くに、対戦カードの組まれた対戦表が張られていたので、俺は対戦表に目をやった。


 この大会は、全6チームの総当たり戦。

 各チーム一日二試合が組まれており、二週にわたって行われる。

 前後半20分、計40分の試合。

 正規のサッカーコートで、11対11の正規ルールにて試合が開催される。


 今日の対戦相手は、一回戦目が似たような形態のサッカーサークル。

 午後の二回戦目は、オーランサークル。

 オーランサークルとは、通称オールラウンドサークルといい、特定の活動内容は決めず、その折々で様々なスポーツを楽しむサークルのことである。

 今回対戦するオーランサークルは、大学内でも有名で、他校からもメンバーを募集しているほど大規模なサークル。

 聞いた噂によれば、全国高校サッカー選手権大会出場経験者も所属しているとのこと。

 ってか、なんで高校サッカーでた奴が普通にサークル活動してるんだよ、部活やれ部活。

 そんな感想を抱きつつ、対戦表を一通り見終えた俺は、『FC RED STAR』のテントが建てられた拠点へと向かう。


 テントには、既にユニファーム姿に袖を通したメンバーたちと、応援に駆けつけてくれたメンバーたちで、わいわいがやがやと賑やかに談笑していた。

 その中に、愛梨さんの姿もある。


「おい、南!」


 すると、とんと後ろから肩を叩かれた。

 振り返ると、そこにいたのは二年の富澤先輩だった。


 富澤先輩はにひっとした笑みを浮かべて、俺の肩に手を回す。


「聞いたぞ、愛梨先輩と試合前夜にハッスルしすぎて寝坊したって」

「なっ……どうしてそんなことになってるんですか!? 違いますから!」

「大丈夫だって、お前と愛梨先輩の関係はみんな知ってるんだしよ、気にするな」


 気にするわ! 事実じゃないし!

 だって、俺と愛梨さんはまだ付き合ってすらないんだぞ!?

 確かに、昨日一緒に寝泊りしたのは事実だから、全否定はできないけど……。


「にしても部長もひでぇよな。試合前の景気づけで愛を育んでただけなのに、懲罰でスタメンから落とすとかさ。こっちからしたら戦力落ちるだけで何のメリットにもならないってのに」


 富澤先輩は太田先輩の方をじとーっと睨み、非難の視線を送っている。


「まあ、遅刻したことに俺と愛梨さんが悪いので仕方ないです。だから、俺達は午後の試合に本腰入れるんで、初戦は先輩たちに任せます」

「おっ、言ってくれるじゃねーか。まっ、お前らツートップがいなくても点が取れるってところ、見せてやるよ!」


 にっと白い歯を見せて笑う富澤先輩の表情は、どこか頼もしささえ感じられた。

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