第136話 愛梨さんからのお薬

 所変わって、ゴミ出し終えて部屋の中。


 俺はまたもや愛梨さんの前で正座している。

 どうしてこんな状況になっているのか、俺にも分からない。

 愛梨さんは仁王立ちで腕組みしたまま、心底蔑んだ目で見下ろしてきた。


「それで、どういうことかしら?」


 愛梨さんの口調にはやや棘があり、反論の余地を許さないと言った威圧感がある。


「その前に……一つ質問していいですか?」

「何かしら? 浮気者の大地君?」


 恐る恐る手を上げると、厭味ったらしく言ってくる愛梨さん。ぐさりと矢が刺さりつつも、なんとか口を動かして言葉を出す。


「どうして愛梨さんは、朝から俺の家に来たんですか?」


 おっかなびっくり尋ねると、愛梨さんは腕組みしながらふんと息を吐いてから答える。


「それは、せっかく可愛い可愛い愛梨ちゃん先輩が大地のことをドッキリで起こしに来てあげたからよ。そしたら……まさか公共の場であんなはしたない変態プレイをしているんだから、ビックリよ」

「うっ……す、すいません……」


 何という悪いタイミング。

 愛花の件は、愛梨さんの妹だから許されたという節もあるので、今回は言い逃れできそうになさそう……。

 もしかしたら、愛梨さんが怒り狂って、カッターや包丁を突き刺してきてもおかしくない。


「それで、あの人とはどういう関係性なのかなぁ?」


 眉をひくつかせながら、愛梨さんが俺を睨みつけて尋ねてくる。


 愛梨さんに指摘されて、よくよく考える。

 俺と優衣さんの関係性ってなんなんだろう?


 思わず顎に手を当てて首を捻ってしまう。

 それが、愛梨さんには不服だったのか、さらに目を細めて言及してくる。


「へぇー、お隣のお姉さんとは、私にも言えないようないかがわしい関係性なんだぁー」

「ち、違います! それは誤解です!」

「じゃあ、どういう関係性なのか、はっきり言ってごらんなさい?」


 さらに俺を追い詰めてくる愛梨さん。

 今日の愛梨さんは、浮気がバレた夫を非難するくらいの勢いがある。

 俺はしどろもどろになりつつも、愛梨さんの質問に答えていく。


「えっと……優衣さんは、俺のお隣さんで……」

「お隣さんで?」

「……そっ、それで、酔っぱらって泥酔して帰ってくる優衣さんの介抱係で……」

「で?」

「……なんやかんやあって、気が付いたらおっぱいに顔を埋める関係性になってました」

「いや、そのなんやかんやを教えなさいよ!」


 ひっ、ひぃぃぃぃ!!

 今日の愛梨さんは、いつもに増して怖いよぉぉぉ!!


「そ、そのぉ……酔った勢いで優衣さんが無理やり押し付けてきたのがきっかけで、俺もそれを気に入っちゃったと言いますか何と言いますか……」


 あぁ、もうだめだ。何を言っても墓穴を掘るだけだ。

 自分で言ってて恥ずかしい。

 ガックシ項垂れると、愛梨さんは盛大にため息を吐いた。


「はぁ……つまりは、あの人の酒癖が原因で、気が付いたら大地が赤ん坊みたいにおっぱいパフパフする関係になっていたと」

「はい、そんな感じです」


 白状した後、しばしの沈黙が続き、愛梨さんの様子が気になってゆっくり窺う。

 愛梨さんは両手に握りこぶしを作って震えさせながら、メラメラゴゴゴゴゴっと怒りのようなオーラがこみ上げてきているのがわかる。


 あっ、ヤバいこれ。完全に愛梨さん怒らせたパターンだ……。

 俺が叱責や激昂を愛梨さんから受ける覚悟を決めると、愛梨さんは片足でトントンと地団駄を踏みつつ口を開く。


「意味わかんない、意味わかんない、意味わかんない、意味わかんない、意味わかんない!!!!!」


 怒り狂った愛梨さんは、しゃがみこんで一気に俺に詰め寄ってくる。


「なにそれ!? おっぱいフレンドってどういう関係性よ!? そんなに大地は私や愛花じゃ物足りず、そんなに欲求不満だったわけ!?」

「い、いや……そういう訳じゃなくて……優衣さんのおっぱいは一種のクッション枕で、俺のメンタル治療薬のようなもので……」

「治療薬ねぇーふぅーん……」


 蔑んだ目で俺を見つめてくる愛梨さん。

 あぁ……ホント、自分で何を言ってるのだろう。

 さらに自分の立場が危うくなってくる中、愛梨さんが突拍子もなく尋ねてきた。


「その治療薬は、他の所でも処方できるのかしら?」

「えっ? ど、どうでしょうかね……」


 俺が頬を掻きながら視線を逸らすと、愛梨さんは盛大なため息を吐いた。


「わかったわ。それなら、もっと強力な治療薬を投与してあげる」

「えっ……それってどういう……うぶっ!?」


 俺が愛梨さんの方へ顔を向けた瞬間。目の前が真っ暗になり、顔全体が柔らかい感触に包まれる。

 その柔らかさは、例えるならば上品質のカシミヤで出来たようななめらかさと肌さわり。そして、サボンの柔らかな香り。


 モニュモニュと電動マッサージ機のように、俺の顔を両側から揉みほぐすしつつ圧迫してくる。


「ちょ……愛梨さん!?」


 俺は今、愛梨さんの谷間に顔を挟まれている。


「お隣さんのおっぱい中毒の大地には、それ以上の強力な治療薬が必要でしょ!!?」


 そう強い口調で問いながら、愛梨さんは自分の胸を両手でつかみ、ズンズンと俺の顔を押し付ける。

 うわぁぁぁ……愛梨さんの胸に、俺の顔がぁぁぁぁ!!!


「ほら、どう? お隣さんの胸なんかより、全然柔らかくて気持ちいいでしょ?」


 確かに、愛梨さんの胸はマシュマロのように柔らかく、強引ながらも、優しく包み込んでくれるような母性を感じる。

 気が付けば、俺は愛梨さんの胸に夢中になって、自ら顔を埋めに行く。


「あっ……こらっ……ダメよ!」


 俺が強引に愛梨さんの胸元へダイブしようとすると、愛梨さんがずっと身を離してお預けをくらってしまう。


 あぁ……愛梨さんの柔らかい胸の弾力が……。

 悲しい表情を浮かべていると、愛梨さんがにたぁっと意地悪めいた笑みで、こちらを見つめてくる。


「大地から動くのは禁止。今は大地の治療中なの。だから、私のなすがままにされていなさい!」

「はい。わかりました……んぐっ!」


 そして再び、愛梨さんが思い切り自身の谷間に俺の顔を押し付けてくれる。

 はぁ……まさか愛梨さんからこんなプレイをしてくれるなんて、夢にも思っていなかった。

 心も身体も満たされて、どんどんと幸せになっていく。


「どう? お隣さんの泥酔邪心おっぱい女なんかの胸より、私の清楚な胸の方がいいでしょ?」


 俺が必死に首を縦に振ると、愛梨さんは満足したような吐息を吐く。自分で清楚とか言っちゃうのはいかがなものかとは思うけど。


 で、でも……愛梨さんの胸はどこか高級感というか、自分で動けないもどかしさもあって……優衣さんの胸は身勝手に動けるし、どっちがいいとかは、ベクトルが違くて比べられないと言いますか……。


 そんなことを頭の中で考えていると、俺の心の内を察したのか、愛梨さんがまたもや強い口調で言ってくる。


「あら? またあの乳女のこと考えてたわね! まだお薬が足りないようね!」

「んごっ……ぐっ!!」


 愛梨さんはさらに胸を押し付ける力を強めて、俺の記憶を上書きさせようとしてくる。


 あぁ……これダメ……とろける……!


 愛梨さんのパフパフ攻撃に、俺は今まさに陥落しそうになっている。

 というか、もう顔はだらしなく緩み切ってるんだけどね。


「どうかしら? 私の胸が一番でしょ?」

「ふぁ、ふぁい。愛梨さんっ……愛梨さんの胸が一番です!!」

「そう、いい子ね、よしよし」


 こうして、半ば強制的に、俺は愛梨さんの胸に屈服した。

 優衣さん、ごめんなさい。

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