第134話 突然消えた理由

 人生初めての合コンは、奈菜先輩との衝撃的な再開から始まり、あっという間に時間が過ぎていった。

 お店の押さえていた時間も迫っていたので、いったんお店を出て、お開きという形になる。


「これからどうする?」

「うーん、どうしよっか?」


 皆が駅に向かいながら思案していると、奈菜先輩がぱっと手を上げる。


「ごめん、私この後予定あるから、ここでおいとまするね」

「えぇ!? 奈菜さん帰っちゃうの!?」


 高本が驚きと寂しさ交じりの声を上げる。


「ごめんね詩織ちゃん……それじゃあバイバイ」


 申し訳なさそうな顔を浮かべた後、奈菜先輩は颯爽と駅への道を先に歩いて行ってしまう。


 置いて行かれた五人は、互いに顔を見合わせて、何とも言えない重苦しい雰囲気に包まれる。


「今日は終わりにしようか」


 一人の男子が提案したことにより、俺達も駅へと向かい。それぞれ帰路へとつく流れになった。


「それじゃあ、今日はありがとね! バイバイ!」

「じゃあね!」


 俺と高本は他のメンバーを見送って、駅前の改札で二人きりになる。


「はぁ……せっかく着こなしてきたのになぁ……」


 がっくしとした様子で肩を落とす高本を、俺は苦笑いしつつも宥める。


「ま、まあ……仕方ないよ。また次の機会に頑張ろうぜ」

「むぅ……大地は可愛い彼女さんがいるからそういうことが言えるんだよーだ!」


 軽く不貞腐れたように高本が舌を出して、ぷいっとそっぽを向いてしまう。


 俺が困り果てて、頭を掻いていると、ポケットでスマートフォンのバイブレーションが震える。


「悪い、ちょっと」


 一言高本に詫びを入れて、スマートフォンを見ると、意外な人物かメッセージが届いていた。

 俺はそのメッセージを見て、高本に再び向き直る。


「悪い、急用が出来ちまったから、また大学でな」

「えっ……ちょっと!? この後、私を慰める会してよ!!」

「それも、また今度な」


 適当にぶつくさ愚痴めいたことをいう高本を軽くあしらい、俺は踵を返して元来た道を歩き出して駅前を後にする。

 駅前の信号を渡り、先ほど出てきた居酒屋とは反対方面へと足を運ぶ。


 しばらく進むと、川沿いにかかる橋のたもとへとたどり着いた。

 橋を渡らずに、川沿いの遊歩道のようなところを進み、下に降りることのできる階段を見つけて、その階段を降りて行く。


 階段を降りたところに、彼女は水面を眺めるようにして佇んでいた。

 声を掛けるのも憚られるような美しい立ち姿に、俺は思わず狼狽える。


 すると、俺が階段から降りてきたのを見越していたかのように、先輩はくるりと振り返って、にこっと笑みを浮かべた。


 先輩が手招きして来たので、俺も意識して足を動かし、先輩の横へと向かう。


「なんですか? 交換したばかりの連絡先使ってこんなところに呼び出して」


 俺が尋ねると、先輩は川を見つめたまま答えてきた。


「ちゃんと、二人で話しをしたかったから……私たちの事」


 そう言われて、俺は固唾を呑んで奈菜先輩の方を見つめた。

 奈菜先輩は、ふっと吐息を吐きながら、俺に朗らかな視線を向けてくる。

 その表情には、どこか確固とした何かを、持ち合わせているようなオーラを纏っていた。


 奈菜先輩との思い出が走馬灯のように頭の中にフラッシュバッグしてきた。

 奈菜先輩も同じように、俺との思い出を何処か懐かしんでいるのか、表情は慈愛満ちている。


 奈菜先輩が話をしてくれるというのであれば、思い切って俺は奈菜先輩に質問した。


「先輩はどうして何も言わないで、俺の前からいなくなったんですか?」

「……」


 先輩が俺を真っ直ぐ見据える。

 その澄んだ瞳に、俺は一瞬ひるんでしまいそうになるが、必死にこらえて先輩からの返答をじっと見つめ返して待つ。

 お互いの間に、緊張感のある沈黙が続いた。

 すると、先輩がふぅっと息をついて、淡い表情を浮かべる。


「私なりに、けじめをつけたかったの」

「けじめ……ですか?」

「そう」


 先輩は川沿いの近くにあったベンチに腰を下ろして、奈菜先輩は、当時の自分の心境を思い返すように話し始めた。


「実はね、大地と付き合う前から、夏休みの間に都内へ引っ越すのは決まっていたの。私は、大地のことが好きだったから思い切って告白した。最初はダメ元だったのに、大地は私と付き合うことを選んでくれて、内心凄い嬉しかった」


 昔のことであっても真正面に正直に言われると、心がざわつくし照れくさい。

 俺は視線を俯かせつつ、先輩の話を聞き続ける。


「私の心は、どんどん大地のことで頭がいっぱいになっていって気づいたの。このままじゃ、勉強もおろそかになって、ろくな大学にも入れないなって。危機感ばかりが募った。都内に私が引っ越したら遠距離になっちゃうし、私自身が我慢できる自信が無くて、毎日大地に電話して依存して迷惑をかけちゃうって思ったの」

「だから……何も言わずに俺の前からいなくなったと?」

「……そう。でも多分きっと、大地に引っ越すことを伝えていたとしても、上手く行かなかったと思う。だから、あの時何も言わずに大地の前から姿を消してよかったと思ってる。機種変更もして、大地との関係を断ったことで、私は目の前の受験勉強に集中できた。今こうして大学生やれてるもの、あの時私が決断したことが大きかったと思う」


 先輩は既に藍色に染まり始めた空を見上げながら、言葉を続けた。


「許してもらおうなんて全く思ってない。けど、大地に本当のことを話しておきたいと思ったの」


 先輩から告げられた本当の真実。

 俺は突然のカミングアウトに、気持ちの整理がついて行かず、何も言葉を発することが出来なかったが、頭の中で強く思ったことが口にこぼれ出る。


「別に……迷惑だなんて、彼氏なんだから思わなくてもよかったのに……」


 それくらいしか今言えることはなかった。俺の言葉を聞いた先輩はじっと俺を見つめる。


「そうね、迷惑なんて言葉は使わない方が良いのかもしれない。これは、ただ私の自己満足で、自分自身で勝手に思っちゃった感情だから、気にしないで」

「……わかりました」


 納得したように返事を返すが、内心では気持ちの整理が追いつかず、何も考えられなかった。

 奈菜先輩は、俺とは正反対に、どこかすっきりしたような表情で、冗談めいたことを口にする。


「にしても、まさか大地まで都内の大学に進学していたとは、私も予想外だったけどね」

「そ、それはまあ……」


 もしかしたら先輩に会えるのではないだろうかという淡い期待を抱いていたなんて、今の奈菜先輩に言えるわけがない。


 だって、奈菜先輩が俺に向けている表情は、どこか嬉しそうでもあり、俺の大学進学を祝福しているように見えたから……。


 それと同時に、改めて俺と奈菜先輩の関係は、完全に闇にほうむられて、終わっているのだということも、身に染みて感じた。

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