第133話 恋人期間

 仮期間は長く続くことはなかった。

 普通の恋人と同じように、部活終わりに学校から一緒に帰ったり、休日には地元のショッピングモールでデートしたりと、奈菜先輩との時間を楽しんだ。


 時間を過ごしていくうちに、俺は奈菜先輩の一緒にいると安心できるような不思議な魅力に取りつかれていくのがわかった。

 俺の胸の中からひしひしと湧き上がって燃えていく何かが、奈菜先輩へ対する自分の気持ちなのだということに気が付くのに、時間はかからなかった。


 新学期が始まってすぐに、俺は奈菜先輩と正式にお付き合いを始めた。



 部活終わりに毎日のように、一緒に学校から二人で海岸通りの道を手をつなぎながら歩いて帰る。休日は、奈菜先輩の受験勉強に支障が出ない程度にデートを楽しんだ。


 奈菜先輩が部活を引退した後からは、放課後に会う機会というのは少なくなってしまったが、奈菜先輩がお弁当を作ってきてくれて、一緒に校舎脇のベンチに座って一緒に食べたり、奈菜先輩が通っていた学習塾へ出向いて、夜遅くにちょっとだけ会って話したり、そんな温かい日々が続いていた。


 そんなある日、夏休みの部活終わり、俺は奈菜先輩に誘われて、初めて家に招かれた。


 奈菜先輩の部屋に入ると、ふわっと奈菜先輩の香りが漂ってきて、可愛らしいピンクの壁紙のレイアウトがされている。部屋の中は、少し段ボールが積み重なっていて、殺風景さも垣間見える。


 俺はどうしたらいいのか分からずに、ガチガチに緊張して当たりを見渡していると、突然奈菜先輩が俺の背中を押して、そのまま部屋のわきにあった白いベッドに押し倒した。


「せ、先輩!?」


 俺に驚く間も与えずに、先輩は俺の唇を奪い、唇をちゅばちゅばと吸い、舌を絡めてくる。

 こんな濃密なキスは初めてだった。


 先輩が唇を離すと、とろんとした艶やかな表情で、甘い言葉をかけてきた。


「ねぇ、大地。セックスしようか」

「えっ……?」

「大丈夫、すぐに気持ちよくなれるよ」


 そう言いながら、シャツの間から見える谷間を、俺にわざと見せつけるように、上からボタンをゆっくりとはずしていく。


 目の前で、彼女である憧れの先輩が、艶めかしい視線を向けながら、俺を誘ってきている。

 思わず、生唾を飲み込んでしまう。


 ボタンをすべて外し終え、黒いレースのブラジャーが先輩の豊かな谷間と共にあらわになる。


 そして、先輩は俺に覆いかぶさるようにして、再び俺の唇を奪ってきた。


 あの時の奈菜先輩は、いつにもなく大人の魅力にあふれていて、積極的だった。



 俺は、先輩と初めてエッチした。



 それから、毎週のように夏休みの部活終わり、奈菜さんの家へと出向き、一緒に幸せな時間を過ごした。



 そして、夏休みも終わりに近づいた頃。俺は初めて、奈菜先輩を自分から俺の家に招いた。


 夏休みの宿題の勉強を教えて欲しいという口実で呼び出したにもかかわらず、結局は奈菜先輩の家にいる時と同じように、イチャイチャしまくった。


 一緒にくっついて添い寝していると、ふと奈菜先輩が思いしたように少し残念そうな声で言った。


「夏休み明けたら、大地と会うの自粛して、本気で受験勉強取り組まないとなぁ……」

「えぇ……会えないんですか?」


 俺が子犬のような瞳で奈菜先輩を見つめると、ふふっと奈菜先輩は微笑んだ。


「もう……大地は甘えん坊さんなんだから、よしよし」


 ギュっと胸元へ抱き寄せられて、そのふよんと柔らかい胸元を頬で感じつつ、頭をトントンと撫でてくれる。


 俺は奈菜先輩の胸元を楽しみながら、リラックスして吐息をついた。


 徐々に眠気が襲ってきて、意識が朦朧としてくる中で、奈菜先輩の心地よい声が聞こえてくる。


「大地……」

「んぁ? なんですか……?」

「大好きだよ」

「……俺のせぇんぱぁいのことが……大好き……です……」


 遠のく意識の中で、ふっと奈菜先輩が笑ったのが聞こえてきた。

 そして、耳元で奈菜先輩が囁くようにして


「今まで、ありがとね……大地……」


 と、まるで別れの挨拶のようなセリフを言ってきて、俺は眠りについてしまった。


 だが、これが奈菜先輩と俺が会った最後の高校生活の儚い青春のひとときだった。



 ◇



 夏休み明け、学校へ登校すると、そこに浅田奈菜あさだななの姿はなかった。

 他の先輩から話を聞いたところ、奈菜先輩は都内の高校へ転校したというのだ。


 俺はその事実を知った後、家の前に行くと、奈菜先輩の家は殺風景な姿へと変貌していて、俺と一緒に過ごした痕跡など跡形もなくなっていた。


 何度も奈菜先輩に連絡したものの、機種変更したらしく、『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』という機械音だけが耳に響いた。


 通話とトークが無料で出来るアプリで、メッセージを送っても、既読が付くことはなく。俺と先輩との初恋人生活は、思わぬ形で幕を閉じることとなった。

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