第129話 綾香の気持ち(綾香7泊目)

 土曜日の授業を終えて、健太と詩織と別れ、俺と綾香一緒にアパートへと向かって最寄り駅から歩いていた。


「ごめんね、無理言っちゃって……」

「いや、別にいいよ」


 いや、よくはないんだけど、井上綾香の透明感あふれる容姿と純粋さには勝てませんでした、はい。


 そんな自分を反省しつつも、家に着いて、綾香を家に上げた。


「お邪魔します」

「ふぅ……」


 俺は部屋に着くなり、無意識にため息を漏らしてしまった。

 その様子を見て、綾香が申し訳なさそうに言ってきた。


「ごめんね、もしかしてやっぱり迷惑だったかな??」

「ん? あぁ、いやいや、そう言うことじゃないから平気!」

「そ、そう?ならいいんだけど……」


 俺がこんな調子じゃ綾香を心配させてしまいかねないな。

 よしっ! 今は愛梨さんや愛花への罪悪感のことは頭の隅に置いておいて、綾香との時間を楽しもう。そう自分に言い聞かせるようにして、俺は気持ちを切り変えて、綾香に尋ねる。


「それで、今日はどうしよっか!?」

「えっ? あっ、うん……」


 綾香は視線を少し落ち着かない様子で泳がせた後、胸元で手を合わせながら、見上げるようにして言ってきた。


「その……一緒に寝ない?」

「え、いきなり!?」

「ダメ……?」


 潤んだ瞳で、上目づかいで見つめてくる綾香を見て、俺はまたもくらっと来てしまう。

 俺が狼狽えてしまえば、綾香優勢で話が進んでしまうのは明確な事実であった。


「はぁ……」


 俺はまたため息をついてしまってが、今回ばかりは仕方がない。


「じゃあ、布団敷くか……」

「うん!」


 俺が根負けて言うと、綾香は嬉しそうに破顔して、屈託のない笑顔を見せた。

 ホント、時々無邪気な表情を見せて喜んでいる綾香の姿を見せてくるの、井上綾香さん、あなたは本当にずるいと思います。

 仮に、これがすべて演技で綾香の計算で行われているとしたら、俺は恐怖でガクブルです。


 そんなことを思いながら、俺は布団を部屋の中央に敷いた。


「よしっ……布団敷いたし、とりあえず部屋着に着替えるか!」

「あっ、そのぉ……大地くん」

「ん、どうした?」


 綾香が声を掛けてきたので顔を向けて首を傾げると、綾香は何か言いたげに身体をモジモジさせていた。


「やっぱり何でもない! 私着替えてくるね!」

「お、おう」


 だが、綾香は踵を返して逃げるようにして、部屋着に着替えるため、洗面所の方へと向かっていってしまった。


 なんだったんだろうと思いつつ、俺も綾香が脱衣所で着替えている間に、部屋の方でぽぱっと部屋着に着替え終えて、昼寝の準備を済ませた。



 ◇



 お互いに着替え終え、布団に隣同士に寝っ転がって毛布をお腹の辺りだけに掛ける。


 そして、タイミングを見計らったところで、いつものように綾香がゆっくりと俺に抱き付いてきた。俺も、綾香の背中に手を回して、抱き付き返す。


 しばらく何も言わずにお互い抱きあって眠気が来るのを待っていたが、綾香がその沈黙を破った。


「ねぇ、大地くん」

「ん、何?」


 綾香は俺から一度手を離して、埋めていた顔を俺の方へと向けた。

 その表情は真剣ながらも、どこか寂しそうな感じでもあった。


「そのぉ……どうして、さっき授業の時、一回断ったの??」

「えっ……あ、あぁ……そ、それは……」


 目新しい言い訳が、咄嗟に出て来てくれなかった。正直に、好きな女の子が出来たからと言えばいいのかもしれないが、綾香にとっては俺と抱き合って寝るという行為に対して、どこか生活の一部として楽しんでいる節もあるようか気がした。

 それを壊してしまうのも、いかがなものかと躊躇してしまう。


 俺が返答に困っていると、さらに綾香が畳みかけてくる。


「私のこと嫌い?」

「いやっ、そういうわけでは……」


 どうしたものかと悩んでいた次の瞬間、綾香が信じられない言葉を口にした。


「私はさ……好きなんだ……大地君のこと……」

「えっ……?」


 今なんて言った? え……好きって言った? 俺のこと?

 驚いたように綾香の方を見ると、綾香はどこかトロンとした目で俺を見つめてくる。けれど、顔は真剣そのもので、嘘をついているようには全く感じられない。それどころか、その透き通ったような透明感あふれる人の目を離さない真っ直ぐとした視線に、俺は目を離せなくなってしまった。


 しばしの間、二人の間に沈黙が流れた後、突然綾香がはっ!っと我に戻ったかのように、ぽおっと顔を赤らめた。そして、俺から恥ずかしそうに視線を逸らすと、耐えきれないとでも言ったように、俺の腕を掴んでそのまま顔を胸に埋めてしまった。


「ごめん、今の忘れて!! お休み!!」

「えっ!? ちょっと、綾香!?」


 しかし、それ以後綾香からの返事はなく、綾香は黙ったまま動かなくなってしまった。俺はあっけにとられながらも、今の状況を整理した。

 えっと……綾香の今の告白はどういうことだ?

 好きって、どういう意味で言ったんだ?

 そのままの意味で捉えちゃっていいわけ!?


 でも今、忘れてって言われて……忘れられるわけあるかよ!


 そんなもどかしさを覚えつつ、俺は綾香は、くっつきあいながらもモゾモゾと落ち着かない昼寝の時間を、共に過ごす羽目になってしまった。



 ◇



 あぁぁぁぁ!!

 ど、どうしよう!

 流れ的に言っちゃったよぉぉぉ!!!


 恥ずかしくて顔上げられないし、大地君のいい匂いが漂ってくるしで、もうどうすればいいのか分からないよ!!!


私の顔は、真っ赤に染めあがっていくのがひしひしと伝わる。


 そんな中で、ふと思う。

 私、お仕事の場面とかで、俳優さんと添い寝するシーンとか撮影するときあるけど、こうやって大地君と一緒に寝る時が、一番落ち着くというか、やすらかな気持ちにもなって、ドキドキする気持ちもあって……。本当の気持ちなんだよね……。


あぁ……でもいうタイミング間違えたよね絶対。

なんか、ちょっと大地君の様子が可笑しかったから、むっとなって言っちゃったけど……大丈夫かなぁ……。


 私は、そんな心配をしながら、大地君の身体に顔を埋めて悶絶しながら、気が付いたら眠りについてしまうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る