第八章 修羅場編!?

第126話 姉妹

 いつも通り授業を終えて、サッカーサークル『FC RED STAR』の練習に参加していた時のことである。


「愛梨さん!」


 タイミングを見計らって、ゴール前へ飛び出す俺に、愛梨さんが絶妙なスルーパスを送ってきてくれる。それを、完璧なトラップで足元に収め、相手キーパーの動きをしっかりを見て1対1を決める。


 今日の俺は絶好調だった。何度も相手の背後のスペースへ飛び出して、そこへ愛梨さんが素晴らしいパスを供給してくれる。それを落ち着いてトラップしてからシュートという形で、何度もチャンスをものにしていた。


「すげぇな南の奴。なんか覚醒してないか?」

「中村のパスにあれだけ反応できるんだから、うちのチームにとっては、大きな武器になりそうだな」


 冨澤先輩と太田先輩がそんなことを話しているのが聞こえた。


「大地くん!ナイッシュ!」


 そして、ゴールを決めた俺の元へ、屈託のないニコニコとした笑顔で向かって来てくれる愛梨さん!

 ボインボインと走るたびにそのたわわな胸が揺れ、つい視線がそちらに向いてしまうが、俺は平静を取り繕って言葉を返す。


「ナイスパスです、愛梨さん!」


 そして、お互い微笑みながらハイタッチを交わして、ポジションへ戻って行く。

 こんなに嬉しそうな愛梨さんの表情とその揺れる胸を見れるのならば、何度でも得点を決めてやろうと思っちゃいますよそりゃ。

 俺のモチベーションは、愛梨さんの笑顔を見たいがためにやっているといっても過言ではなかった。(本当は笑顔4の胸6の割合だけど……)


 こうして、モチベーションをさらに高めた俺は、15分×3本の練習試合で9得点という驚異的な点数を上げ、一気にエースストライカーとしての称号を手に入れた。


 練習も終えて、いつものように愛梨さんと一緒に岐路に付いていた。

 帰りの電車の中で、今日の自分の出来について話していた。


「いやぁ……なんか上手くいきすぎてて、逆に怖いんですけど」

「そう?」

「いや、だって9得点ですよ9得点!? しかも全部愛梨さんからのパスって……・出来すぎてます」

「私はそうは思わないけどなぁ~」


 そう言って愛梨さんはニコっと口角を上げて、ドアに寄りかかりながら地面を見つめた。


「どうしてそう思うんですか?」


 俺が問いかけると、愛梨さんは待っていたかのように俺の方へ顔を上げ、ウインクをしながら顔を傾けて見せた。


「それはだって、私の愛のパスを受け取った大地くんが、自分の愛も乗せて、9回もゴールインしてくれるんだもの、これは私たちに定められた必然なのよ!」

「いや、意味わかんないっす……」


 いや、サッカーと恋愛は関係ないでしょ……


「いずれわかるときが来るよ、大地君にもね」


 そう言いながら、愛梨さんはポケットからスマホを取りだした。

 すると、画面を見た瞬間、スっと笑顔が消え、真剣な表情へと変わった。


「どうかしました?」


 俺は心配するように問いかけると、愛梨さんが取り繕うように手を振った。


「あぁごめんね、妹から連絡きてて」

「あぁ、妹さん」


 愛梨さんには、元々妹がいるのだが、両親の離婚でそれぞれの親元へ分けられて、今は別々に暮らしてるんだっけか?

 帰省していた時に聞いた、愛梨さんの唯一といってもいい家庭の事情。


 俺が少し視線を落としていると、愛梨さんはそんな事情も気にする様子もなく話を続けた。


「妹がちょっと今から会えないかって私に送って来て、ちょっとビックリしただけ。いつも会いたいとか言ってこないツンデレちゃんなのに珍しい」

「そうなんですか?」


 愛梨さんの妹かぁ……一体どんな子なのだろう??

 確か4つ離れてるとか言ってたから、俺の一つ下か?


「どうしよっかな~今は大地くんとの時間を大事にしたいしなぁ……また今度にしてもらおうかなぁ」

「えっ? でも折角、妹が会いたいって言って来てくれてるんですから、会いに行ってあげてください。俺は先に家に帰って待ってますから」

「いやぁ、でも……」

「家族を大切にしてあげてください」


 愛梨さんの家庭事情はあまり分からないが、離れ離れに暮らしている妹がいるのならば、俺のことを二の次で会ってあげるのが得策だろう。

 俺がそう言うと、愛梨さんが呆れ交じりのため息を吐いた。


「本当に大地くんは優しいんだから……」


 愛梨さんは納得したように頬を緩ませていたが、すぐに切り変えてポンっと手を叩いた。


「よぉーし! じゃあ、大地くんも一緒に妹に会いに行くよ!」

「え!?? お、俺も!?」

「そうそう! もしかしたら、将来的には家族になる……かもしれないし?」


 途中で自分で言って恥ずかしくなったのか、頬を染めながら視線を俯かせながら愛梨さんが恥ずかしそうにそう言った。


「いやっ……それは……」


 俺はどう答えていいかわからず右往左往してしまったが、愛梨さんが突然俺の手を掴んできた。

 それに驚いてドキっとさせられて、俺は顔を上げた。


「よし! それじゃあ、行こう!」

「えっ……?!」


 辺りを見渡すと、いつの間にか電車は俺たちが降りる駅に到着しており、愛梨さんが俺の腕を掴みながらホームへと下りていくところだった。


「愛梨さん、俺はまだ答えを……」

「いいから、いいから! 私の妹は可愛いぞ~」


 ペロっと舌を出しながら、そんなことを言う愛梨さんに手を引かれながら、俺たちはホームから改札口へと階段を登っていった。


 愛梨さんの妹へ会いに行くため、駅前の広場から、アパートとは反対方向の商店街の道を歩いていく。


 正直、愛梨さんの妹を見たくないのかといわれたら、もちろん見てみたい。

 しかし、愛梨さんの隣に見知らぬ男がいたら、妹さんはどういう反応を見せるのだろうかという不安もあった。


「ちょっとここで待ってて」

「あ、はい……」


 俺は愛梨さんに制止させられ、商店街のとある場所で立ち止まった。

 前を見ると、道路まではみ出た自転車が数多く並び、一回には営業時間を終えたシャッターが閉まった歯科医院が……ってあれ? ここは……

 すると、その雑居ビルの階段からトコトコと降りてくる人影が見えた。

 階段を降りてきたその少女の姿が露わになり、俺は驚いて目を丸くした。

 その少女に、愛梨さんは微笑みながら声を掛けた。


「お疲れ。愛花」


 目の前に現れたのは、同じく愛梨さんに対して微笑みを返している制服姿の愛花だった。


「愛花!?」


 俺が驚きを隠せないと言ったような声を上げると、愛花はこちらの存在に気が付いた。


「あれ、大地じゃん! 何してるの?」

「えっ大地……え!?」


 愛花の反応に、愛梨さんが驚愕の表情をして俺と愛花を交互に見る。

 その後、3人とも状況が理解できずに固まり、沈黙が生まれた。

 その沈黙を、俺がおそるおそる破った。


「あのぉ……もしかして愛梨さんの妹って……」


 俺がそう尋ねると、正気に戻った愛梨さんが隣にいる愛花に手を差しながら口を開いた。


「あぁ、うん、妹の愛花」


 なんてこった……俺は色々と状況を理解して、冷や汗をダラダラと掻いていた。嫌な予感がする、俺の第六感がそう言っていた。


「えっ、なんでお姉ちゃんと大地が一緒にいるの? えっ!?」


 今度は、愛花が混乱を招いたのか俺と愛梨さんを交互に見つめている。

 そんな愛花に対して、愛梨さんが質問を投げかける。


「愛花は、何で大地くんのこと知ってるの?」

「えっ? だって、大地は私の塾講師だもん……」

「えぇ!?」


 驚いたように、愛梨さんが俺の方を向いた。


「は、はい……そうなんです」


 そして、次の瞬間、俺の嫌な予感が的中した。


「えっ……じゃあ、愛花が毎週泊りに行ってた先生のお家って……」

「うん、大地の家」

「げっ……」


 俺は浮気がばれたような、そんなこの世の終わりのような表情をしていたに違いない。

 そして、愛梨さんはニコっと口角を上げながらこちらを向いてきた。しかし、目は全く笑ってなかった。


「大地くん~。これはどういうことか、しっかりと説明してくれるかしら?」

「は、はい……」


 もう逃げ場のなくなった俺は、愛梨さんが怖くて顔を上に上げることが出来なかった。


 話したとしても、その後の方が大変そうだなと思ってしまう俺なのだった。

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