第121話 落ち着く匂い(春香7泊目)

 春香を留守番させて、アルバイト先へと向かうと、今日は萌絵も愛梨さんもいない日だったので、マスターとアルバイトの男の子しかいなかった。

 多少店内が混雑した時間もあったものの、夜9時前にはお客さんは誰もいなくなってしまった。


「南くん、よかったらもう上がってもらってもいいよ。急に入ってもらっちゃったわけだし」


 高野さんが申し訳なさそうに言ってくる。


「うーん……そうですね。なら、お言葉に甘えて上がらせてもらいます」

「ありがとう。今日の分は少しおまけして付けてあげるから」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 早く上がらせてもらいかつ給料上乗せとかどれだけVIP待遇なのだろうかこのお店は……!


「それじゃあ、お先に失礼します。お疲れ様です」

「お疲れ様」


 他のスタッフの人たちと挨拶を交わして、更衣室で着替えを済ませて、いつもより早くお店を出た。


 俺は春香が待っている自分のアパートへ急ぎ足で戻って行った。



 ◇



 何回ほどして、どのくらいの時間経ったのだろう……。

 明るかった空はとっくに夜闇へと変貌を遂げて、辺りは静まり返っている。


 私は未だに収まる気配がなく自慰行為を続けていた。私の身体は完全にトロけきっており、フニャフニャになりながらラストを迎えようとしていた。


「大地ぃ……大地い……」


 もうビショビショの布団の中で迎えようとしたその時であった。ガチャっと玄関の扉が開く音が聞こえ、私は飛び起きた。



 ◇



 俺は駆け足でアパートへ向かったおかげで、9時半頃にはアパートへと到着した。

 階段を上がり、一番奥の部屋のドアにガギを差して回して、ガチャっとドアを開けた。


 ドアを開けると、そこに広がっていたのは、布団の中から飛び上がり、驚いた表情を浮かべている春香の姿。

 心なしか、息を荒げ、顔を火照らせてこちらを見つめている。


「た……ただいま……」

「あっ……お、おかえり……」


 気まずい沈黙が、部屋に流れる。


「はっ……早かったね」

「うん、お客さんが少なかったから早めに上がらせてもらった」

「そ、そうだったんだ……」


 再び流れる沈黙。それを破るようにして、俺は足を動かした。


「と、とりあえず風呂入ってくるわ……」

「う、うん! 行っておいで!」


 俺は寝っ転がっている春香の横を通り過ぎて、タンスから寝間着を取りだして、出来るだけ春香の方へ意識を集中させないようにしながら、そそくさと洗面所の方へと駆け込んだ。


 服を脱いでいる間に、見えないリビングの方へと視線を向け、耳を澄ませる。

 だが、リビングの方からは物音ひとつ何も聞こえない。


 そして、俺は帰って来た時の春香の様子を頭の中でフラッシュバックさせる。


 火照った顔に息を荒げて布団にくるまっていた春香は、艶やかさ溢れて色っぽかった。というか正直に言ってめちゃくちゃエロかった……。

 絶対に見てはいけないようなものを見てしまったような……そんな気がする。


 いや、春香に限ってそれはないよな……うん、ないと信じたい!

 首を横にブンブンと振って嫌な予感を払拭する。


 シャワー終わって返った時には、いつもの春香に戻っていて欲しい。そう願いを込めながら、俺は風呂場のドアを開けて、シャワーを浴びに行く。



 ◇



 大地がシャワーを浴びるため、お風呂場のドアを開けて、お風呂の中へ入っていき、しばらくするとシャワー音が聞こえてくる。


 私はそれを確認して、ようやくバクバクしていた心臓の鼓動が収まってきて、すっと身体の力が抜けた気がした。


 ヤバイ……絶対大地に変なことしてたってばれたよね!?

 どうしよう……これじゃあ、この後どう接したらいいのか分からないよ!!!

 ふと掛け時計を確認する。時刻は9時半を回っており、私は数時間も没頭していたことになる。


 改めて冷静になると、本当にバカなことをしていると自分に絶望する。

 それにしても……私は思わず布団の中へと意識を向ける。

 布団はおねしょしたようにびしょ濡れで、もう言い訳が出来ないほど、取り返しのつかないことになっている。


 まずは、布団を来客用のものと取り換えて、誤魔化す作業からだが、私は大地が帰ってきてしまったせいで、お預けを食らってしまっていた。ずっと疼いたままだ。

 チラっと風呂場の方へ視線をやり、音を確認する。


「大地がシャワー浴びて戻ってくるまで、少しだけ時間あるよね……?」


 ボソっとそんな独り言を私がつぶやいた時は、気が付けば再び下腹部へと伸びていた。

 大地がシャワーを浴びて居る間にする行為はまた一味違った。大地が近くにいるにもかかわらず一人でしているという背徳感が半端なかった。

 私は大地がシャワーから出てくる直前になんとか頂点を迎えて、朽ち果てた。



 ◇


 シャワーの間も、春香の良からぬ妄想が頭の中を駆け巡っていた。

 俺がバイトしている間に、春香があんなことをしているなんて……

 いやいや、ただ悪夢を見て居ただけかもしれない……そうだ、そうに違いない!


 でも、もし現実だったとしたら……ついつい春香が俺の布団で一人嬌声な声を上げて、悶えている姿を妄想してしまう。

 ダメだダメだ、忘れろ俺!!

 相手はただの幼馴染だ! あるわけ……ない……よな。


 自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、自信がなくなっていく。


「はぁ……もうなるようになれ……」


 俺は半ば諦め交じりのため息を吐いて、シャワーを終えてお風呂場から出た。



 ◇



 着替えを終えて、ドライヤーで髪を乾かして、無駄にヒゲを剃ったりして、出来るだけリビングへと向かう時間を費やした。


 そして、意を決してリビングへと向かうと、春香が寝間着をもって既に風呂へと向かう準備を整えていた。


「……入って来ていいかな?」

「お、おう……いいぞ」

「それじゃあ、行ってきます」


 頬を赤らめ、恥ずかしそうにしながら春香は風呂場へと駆け込んでいった。

 その姿を見送り、俺は部屋に敷いてある布団を見つける。


 この中で……春香がさっきまで……


 思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまう。

 ダメだダメだ、変なこと考えるな。とりあえず……布団の中に入ろう。


 こうして、俺は布団の中へと侵入する。って、何やってんだ俺は!!

 気が付いたら身体が勝手に動いていた。


 慌てて布団の中から出ようとして、毛布を引きはがそうとしたが、そこでふわっと俺の鼻腔をくすぶるいい匂いが香ってくる。


 これはまさしく、春香の……俺の好きな春香の匂いだった。

 先ほどまで春香が寝転がっていたこともあり、かすかにぬくもりすら感じるその毛布に、俺は顔を埋めてしまう。息を吸うたびに、春香のいい匂いが充満して思わ

 ず感嘆なため息を漏らしてしまう。


「春香の匂い……なんか落ち着くなぁ……」


 そんなことを思っていると、徐々に身体が重くなっていき、ふわっとした柔らかい感覚に身体全体が包まれていく。

 そして、瞼が次第に重くなっていき、俺はそのまま……意識を失った。



 ◇



 シャワーを浴び終えて、部屋に戻ると、私が敷き直した布団に寝転がり、大地が爆睡していた。

 心地よさそうな表情で眠っている大地の寝顔を見て、私は思わずゴクリと生唾を飲み込む。


 どうしてだろう、今までこんな胸が締め付けられるような感情湧きおこらなかったのに……


 私は、気が付いた時には、大地の布団へ忍び込み、隣にぴったりとくっついて大地の寝顔を観察していた。


「えへへっ……だ~いちっ」


 布団からではなく、大地から匂う大地の匂いと温もり。

 私はもうその場から離れることが出来なくなってしまった。


 そして、気が付いた時には、意識が朦朧としてきて、大地の方に頭を寄せて、リラックスするように私も眠りについた。

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