第79話 怒りと鬱憤、そして不穏な空気
水曜日、大学の授業を終え、俺は2週間ぶりとなる授業を教えるため、学習塾で愛花の到着をいつもの席で待っていた。
すると、学習塾のドアがキィっと開かれ誰かが入ってきた。というかもう来ていない生徒は一人しかいないのだが……
トコトコと足音がこちらへ近づいてきて、愛花が俺の目の前に現れた。
「おはよ。2週間ぶりだね」
「うん……」
愛花は挨拶も素っ気なく、そそくさと席についてしまった。
「あっ、そうだ!」
俺は席を立ちあがり、自分のカバンが入っているロッカーから北の大地で買ったお土産を手に取った。これで愛花も少しは喜んでくれるだろう。
そう思って席へと戻ったのだが……
「いらない」
「えっ……」
あっさりとお土産を拒否されてしまった。というか、さっきから愛花は全く俺と会話をしたがらなかった。むしろ避けられているように感じた。
俺なにかしちゃったかな……心配そうに愛花を見つめてると、授業開始のチャイムが鳴った。
「あ、じゃあ授業始めようか……」
俺が苦笑いを浮かべながら、授業の用意を始めるため机で作業を始めると、愛花がボゾっと言い放った。
「なんで先週いなかったし」
「え? あぁ……ごめんね。急に帰省することになって……」
「連絡くらい入れろし……」
「あっ……」
そうか、愛花が拗ねている理由がようやく理解できた。
恐らく先週塾に来た時に、俺じゃなかったことを怒っているのだ。毎回の俺の授業を楽しみにしている愛花にとっては悲しかったのであろう。そして、愛花の連絡先を知っているにも関わらず、俺が連絡を一つもいれなかったことに対して腹を立てているのだ。
「その、連絡しなかったのはすまなかった」
「……」
「どうしたら許してくれる??」
「もういい」
「え?」
「別に怒ってないし。もう許してるからさっさと授業始めて」
「お、おう……」
結局、この後も愛花は、最低限度の会話だけをして、授業を進めていった。
愛花は授業を終えると、すぐに帰路へとついてしまった。
俺も授業を終えてアパートへの道を歩いていたが、ついつい愛花のことが気になりスマホのトーク画面を何度も確認してしまう。愛花から何かしらのアクションは来なかった。こちらから何か送ろうかとも思ったが、愛花の怒りをさらに買ってしまうのも嫌だったので送れないでいた。
そして、そのまま今日は何も起こることはなく。寂しい一人の夜を過ごした。
◇
結局、昨日私は大地の家に行かなかった。
少しは私のことを心配してくれないと、大地にはいい薬にならない。
そんなことを思いつつ、今日も放課後の日課になっている学習塾の自習室で参考書を広げて勉強を始める。
しかし、私は全く持って身の入った勉強が出来ていなかった。
全部大地のせいだ……
大地のせいですべてが上手くいっていない。私を一目ぼれさせたのも、私が大地のことしか考えられなくさせたのも、全部大地のせいだ。
でも、大地にとって、私はただの教え子の女子高生としか思われていない。そのくらいは自分でも自覚していた。
扱いが女性としての扱いではない、私がからかっている時に見せる、恥ずかしそうな顔だけは、私を女として見てくれている瞬間であるが、それ以外の時間は塾講師と教え子、家では、妹?みたいな関係として見られてしまっている。。
私は大地に、ちゃんと女として見てほしい。だから、もっと大地を困らせてやるんだ……
私は学習机から立ち上がり、受付で事務作業をしていた大宮さんの元へと向かった。
「お、休憩、愛花ちゃん?」
こちらに気が付いた大宮さんが、私に向かって優しく声を掛けてきてくれた。
「大宮さん大切なお話があります」
私が意を決してそう言うと、大宮さんは真剣な表情へと顔色を変えた。
「そか……じゃあちょっと待ってて」
大宮さんは受付の机の上に乗っけていた資料をまとめると、私を手招きし事務所の扉を開けて、二人で事務所の中へと入っていった。
◇
次の日、今日も健太達と課題を大学で行ったため、帰りか遅くなってしまった。
木曜日は萌絵が大体は泊りに来る日なのだが、萌絵からの連絡はなかった。
『今日は大丈夫なのかな?』
一応一言メッセージを送ってから岐路に着いた。
アパートに到着し、スマホを開き萌絵とのトーク画面を確認する。すると、萌絵から一言だけ返信が届いていた。
『もうダメ……』
その一言を見て、俺はただならぬ雰囲気を感じ取った。
俺はすぐに萌絵のトークアプリの通話ボタンを押して連絡をする。
しかし、何度コールが鳴っても、萌絵は電話に出なかった。
俺は必死に何か出来ないかと考えたものの、生憎萌絵の自宅の場所も分からないので、トークアプリにメッセージを送ることくらいしか出来ない。
『何があったの? 今どこだ? 大丈夫か?』
メッセージを送ってみたものの、結局この日は既読が付くことも、返信が来ることもなく、不安な夜が過ぎていった。
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