第78話 垣間見える真相
優衣さんの部屋を後にし、大学で授業を受け終え帰宅して、バイトへ行く時間までの間、部屋の掃除や洗濯などをしていた。
すると、スマートフォンの通知が光っているのに気が付き、画面をタップして開いた。
どうやらトークアプリのメッセージが届いたみたいだ。
俺はトークアプリを起動して内容と確かめると、春香からメッセージが届いていた。
『今日もあんたの家行くね。』
そっけないものの、書かれている一言を見て、俺はどうしようかと考える。
『ごめん、今日バイトで夜遅いんだよね……』
そう返信を返すと、すぐに既読が付き、返信が帰ってきた。
『何時ごろ帰ってくるの?』
『早くて10時30分とかかなぁ……』
『そっか……じゃあ、今日はいいや』
『わかった』
春香とのメッセージトークでのやり取りを終えて、俺はバイトへと向かった。
◇
アルバイト先のレストラン『ビストロ』へ向かうと、今日も制服姿の萌絵がテーブルを拭いていた。
「おはようございます」
「お、大地くんおはよう!」
萌絵がニコっとした笑みで元気よく挨拶を交わしてくる。
俺もそれにつられてニコっと微笑んだ。
「さ、今日もビシバシ教えていくからね! 早く着替えて来ちゃいな!」
「が……頑張ります」
いつも以上にテンションの高い萌絵に対して、俺は苦笑いを浮かべながら更衣室へ着替に行く。
まかないを食べ終えて、昨日と同じく萌絵に丁寧に業務を教えてもらいながら、実践形式で仕事を覚えていった。
今日は19時頃からお客さんの波があり、店内は一時満席となり、萌絵が教育から離れ、俺は1時間ほど一人でお客さんの接客をすることになった。
俺は焦らずに丁寧に対応を心がけ、分からないとこがあればマスターや萌絵に質問をしながら、なんとか忙しい時間帯を乗りきって見せた。
波が終わり、お客さんがまばらになった店内でテーブルの食器などを片付けていると、萌絵が俺の元にやってきた。
「大地くん凄いねぇ、まだ2日目なのにほとんど問題なく接客出来てて」
萌絵は感心したように俺を褒めてくれた。
「いや、まだどんなメニューがあるのかとか全部把握できてないし、レジの操作も基本会計以外分からないことがあるからまだまだだよ」
「いやいや、 基本的な接客のやり方とか覚えてるだけでも凄いことだよ。私なんて、今の大地くんくらいになるまで3ヶ月はかかったんだから!」
萌絵は自分の経験と比較して、俺の成長の早さを改めて実感しているようであった。
「そこのお二人さん、手が止まっているよ」
すると、カウンターでグラスを洗っていたマスターに注意された。
「すいませーん」
「ごめんなさい」
俺と萌絵はマスターに平謝りをして、それぞれの作業へ戻った。
この後、お客さんが来店してくることはなく、最後のお客さんがお店から出ていったところで、今日の営業は終了した。
最後の食器を片付け、後片付けを終えると、マスターに「先に上がっていいよ」と言われたので、お言葉に甘えて上がらせてもらうことにした。
すると、丁度萌絵も仕事を終えたらしく、一緒に上がることになった。
ロッカーの更衣室から荷物と着替えを取り出して、萌絵に場所を譲る。
俺は休憩室の机の上に着替えと荷物を置いて、その場で着替えることにした。
「大地くんどう? 2日目の感想は?」
萌絵がロッカー越しに着替えながらバイトの感想を尋ねてくる。
「思ってたより楽しいですよ。マスターや小泉さん達もすごく優しいし。愛梨さんもいるし……」
「そっか、それはよかった」
「それに、萌絵もいるしな」
「へっ? 私?」
「そう、同い年の人がいるだけでも心強いというか安心感があるっていうか、やっぱり年上ばっかりだと気使っちゃうしさ」
「そっか……」
「おう!」
ロッカー越しで萌絵の姿を見ることはできないが、ボソッとした口調はとても恥ずかしそうにしているように聞こえた。
「お先に失礼します、お疲れ様です」
「お疲れ様でした」
「おう、二人とも今日はありがとうね」
お互いに着替えを済ませ、マスターに一言挨拶をしてから、俺と萌絵はお店を後にした。
萌絵がお店の入り口横にある倉庫のような扉から自転車を取り出してきた。
「そんなとこに置いてあったんだ」
「そうそう、大地くんも自転車で来るならここに置いて大丈夫だと思うよ」
「いや、俺まずチャリ持ってないし」
「あはは、そかそか!」
そんな会話をしながら店の前の商店街通りへと出る。商店街のお店は、既に多くのシャッターが閉まっており、駅から降りてくる会社が帰りのサラリーマンたちがちらほらと歩いているくらいだ。
しばらく他愛もない話をしながら駅前の道を抜けていく。駅前は、深夜遅くまでやっているお店や、24時間営業のお店が立ち並んでいるので、明るい光が店内から多く漏れ、ビストロの前の通りよりは活気で溢れていた。
そんな駅前通りを抜けて、反対口にあるアパート方面の道へと抜けていくと、商店街を抜け閑静な住宅街へと出た。
俺と萌絵は会話が途切れ、今は自転車と二人の足音が辺りには響いているだけだ。
「そういえばさ……」
「ん?」
すると、萌絵がその沈黙を破って話しかけてきた。
「愛梨さん元気になってよかったね」
「えっ……」
俺は愛梨さんの話題を突然振られたので、思わず口ごもって萌絵を見つめてしまう。
そんな様子を知ってか知らないか萌絵さんは話を続けた。
「いや昨日もそうだけど、愛梨さん先週と違って面白いくらいに元気になってたからさ。大地くんが何かしてあげたんでしょ?」
「いやぁ、俺は何も……」
「嘘だぁ~顔に出てるよ」
俺は愛梨さんとの関係について内緒にするわけではないが、萌絵には話していいのかわからなかったので、黙っておくことしか出来なかった。
目を泳がせていると、萌絵がニタニタと笑みを浮かべた。
「ま、何があったかは聞かないけどさ」
そう萌絵が言ったので、俺もほっと胸を撫で下ろす。
「でも……」
すると、萌絵はどこか遠くを見つめるように前を向きながら微笑んでいた。
「私にも……何かあった時は、助けてくれるかな?」
ニコっと俺の方へと向き直って微笑んでいた萌絵の表情は、いつか近いうちに助けてもらうような出来事が起こってしまう。そんな表情にも見受けられた。
「なーんてね。冗談冗談!」
ニヘラっと誤魔化すような笑みを浮かべて、萌絵は前を向いてしまう。
俺はその萌絵の表情を見て、唖然とした表情を浮かべることしか出来なかったものの、先ほどの萌絵の表情には、どこか違和感のようなものを感じていた。
それはこの後、萌絵の身に何か起きるのが分かっているようなそんな表情にも見受けられた。
俺は返事を返さなかったものの、『もし萌絵の身に何かあった時には、絶対に助けてやる!』
と心に誓ったのであった。
それ以降も萌絵と世間話などをしているうちに、あっという間にアパートへと到着した。
「着いたね!」
アパートに到着するなり、萌絵は自転車にまたがった。
「それじゃ、大地くん。またね!」
「うん。また!」
萌絵は自転車を漕ぎだし手を振りながら去っていく。俺はその姿が小さくなっていくのをずっと見つめながら手を振り返して萌絵を見送った。
◇
自転車を猛スピードで漕いで逃げるようにして大地君と別れた。
冷たい夜風が私の体に直撃して、私の行く手を阻もうとしてくる。
「はぁ~」
私は思わずため息が漏れてしまう。どうしてさっき、大地君に「わたしのこと助けてね」って言ってしまったのであろう……
大地くん困った顔してたし。愛梨さんのあの態度を見てしまえば、おのずと答えは出てしまっているのに、どうしてだろう、昨日の大地君と愛梨さんの仲無妻じい姿を見て、私の心はズキンと傷んでしまった。私はただの大地君と愛梨さんの友達なはずなのに……
心の中で大地君と愛梨さんの恋路を邪魔したいという自分がいた。それで咄嗟に出てしまったのが先ほどの言葉である。
どうして私は、大地君と愛梨さんがくっつくのが嫌なのだろうか……そのことを考えていると頭の中がグチャグチャとして全く見当も付かなかった。
「はあっ……もういいや」
私は考えるのをやめ、身体が冷え切らないうちに家への道を急いだ。
自宅に到着すると、玄関前の外明かりがついているだけで、家の中は真っ暗だった。
「ただいま~」
玄関で声を掛けるも家からの反応はなかった。
靴を脱ぎ終えて、自分の部屋に向かうため階段を登ろうとした時であった。
母親の部屋のドアが少し開いているのに気が付いた。間接照明の光であろうか、明かりが漏れてきていた。
「んんっ……」
すると、その隙間から母親の声が聞こえる。
どうしたのだろう?と恐る恐る近づいて母親の部屋を覗き込む。
その瞬間、そこに広がっていた衝撃の光景に私は目を見開た。
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