第80話 心ここにあらず

「んん……はっ!」


 俺は飛び起きた。辺りを見渡すと、そこには自分の部屋の風景が広がっており、窓から朝日が差し込んでいた。時刻を確認すると、朝の6時を回っていた。

 どうやら俺は昨日、萌絵からの返信をずっと待ったまま、机に突っ伏して寝落ちしてしまったらしい。


「そうだ、萌絵は……!」


 俺は慌ててスマホを開き、萌絵のトーク画面を確認すると、既読は付いていたものの返事は来ていなかった。

 とりあえず生存が確認でき、誘拐とかそういうのではないようで一安心する。


 だが、萌絵からの返信が来ることはなく、またも一人寂しい夜を過ごしていた。これで、俺は3日連続で一人の夜を過ごしたことになる。

 これが一人暮らしの人にとっては普通のことであるのだが、今まで毎日誰かしらが泊りに来ていたサイクルを考えると、物寂しさを感じてしまう。


 そんな中、今日は授業もボケェっと受け終えて、俺はサッカーサークル『FC RED STAR』の一軍練習に参加して、淡々とメニューをこなしていた。


 そして、一日中ずっと気がかりであることが2点……一つは愛花のお怒りである。

 これに関しては間違いなく俺が悪いのだが、どうやって愛花に謝ればいいのか分からなかった。というか、塾のアルバイトと生徒の関係なのだから、そんなに怒る必要ないのではとも思ってしまうが……

 

 もう一つ気がかりなのが萌絵であった。

『もうダメ…』という超意味深なメッセージを残したまま連絡が取れなくなった。

 いつもなら、必ず返信を返してくれる萌絵が、既読スルーまでしたのだ。


 まあ、『面倒くさかったからいいや』ということであれば、来週あたり何かしら言ってくるであろう。だが、アルバイトの帰り道に萌絵が言い放っていったあの一言が俺の心に引っかかっていた。


「私にも……何かあった時は、助けてくれるかな?」


 昨日既読無視したことと、何か関係があるのではないか……そんなことを勝手に考えてしまう。


「南!」


 だが、そんなことを今考えても、向こうからのアクションがないと、こちらとしても打つ手がないため、どうしようもなかった。


「南!」


 すると、誰かに叫ばれている気がして俺は顔を上げた。

 その時、視界が一瞬真っ暗になったかと思うと、顔面に激しい衝撃と共に強烈な痛みが突き刺さった。

 俺はその反動で地面に倒れ込むように身を屈めて、強打した顔面を手で覆う。

 どうやらボケっとしていたせいで、ボールが来たことに気が付いていなかったようだ。

 俺の顔面に直撃したサッカーボールがドンドンと跳ねて転がっていた。


「痛てぇぇ……」

「大丈夫か南?」

「怪我はない?」


 心配したように先輩たちが俺の元へと駆け寄って来てくれる。

 俺は抑えていた手を顔から離して、無理やり口角を上げて見せる。


「大丈夫です。ちょっとぼぉっとしちゃってました。すいません……」

「危ないから気を付けろよ」


 太田さんが俺に向かって注意してくれる。


「はい、ホントすいません」


 俺が立ちあがると、先輩たちは再び各ポジションへと散っていった。


「どうしたの大地くん? ボケっとしちゃって?」


 愛梨さんだけが俺の元に残り、心配そうな様子でこちらを見ていたが、俺はニタっと作り笑いを浮かべていった。


「何でもないですよ」

「そう? ならいいけど……」


 愛梨さんは納得がいっていない様子だったが、練習の続きがあったので、名残惜しそうにその場を立ち去ってくれた。この場は何とかやり過ごした……のだが、俺は今、自分の部屋で愛梨さんに指図され、正座させられているところであった。

 どうして正座させられているのかというと……全くもって謎だ。

 経緯を説明すると……



 ◇



 練習が終わり、俺はいつものように愛梨さんと一緒にアパートにいつの間にか到着した。

 愛梨さんが何か話しかけてきていたようだが、全く何を話したか覚えていなかった。


 愛梨さんは靴を脱いで部屋の机の前まで行くと、グゥっと大きく手を伸ばして伸びをした。


「ん~疲れた! もう足がパンパンだよ」

「確かにそうですね……」

「太田初回から練習ハードすぎっ、ホント真面目なんだから~」


 練習の愚痴をこぼしながら愛梨さんは机の前に座りこみ、足を延ばしてストレッチを始めた。

 俺はひとまず荷物を置いて、フゥっとため息を何となくついてしまう。


「む……」


 俺の様子を見ていた愛梨さんと目が合った。とても不機嫌そうな表情を浮かべている。


「大地くん」

「はい」

「そこに正座しなさい」

「へっ?」


 指で地面を差しながら俺を睨みつけてきていた。なんか愛梨さんまで怒ってるし……俺何かやらかした??


「いいから早く正座する!」

「はっ、はい!」


 愛梨さんが次はないと言ったように鋭い口調で言ってきたので、俺はビクっと体を反応させ、いわれた通り愛梨さんの前で正座した。



 ◇



 というわけで今に至る。


「あの……これは何でしょうか?」

「私が指示するまでそのままじっとしてなさい」

「はい……」


 何をするのだろう? 俺は正座しながら、不思議そうに愛梨さんを眺めて待つしかない。

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