第76話 嫉妬!?

 着替えを終え厨房へ向かうと、まかないを食べている愛梨さんとマスター、そして、もう一人コック姿の人影があった。


「お、やっと来たね」

「はい」

「じぃ~」


 すると、愛梨さんがじとっとした目で俺を睨みつけてきた。やはり、先ほどの出来事を怒っているのだろう。それにしても、怒っているなら無視したらいいものを……

 ずっと身体全体を見るように睨みつけているので、流石に俺も居心地が悪くなり、声を掛ける。


「な、なんですか……」

「ウェイター姿が様になっててつまんない」

「そこですか!?」

「もっと『ダッサ』って、けなしてやろうと思ったのに、普通に似合ってるし、かっこいいし、つまんないの」


 ぶつぶつと文句を言いながら、まかないを口に含む。やっぱりまだ先ほどの出来事を根に持っているようで不機嫌な様子だ。


「とりあえず、最初はホールの仕事を覚えてもらうことになるけど。一通り教えたら、南君は厨房の担当になるから、そしたら厨房用の服に着替えてね」

「はい」


 俺は厨房での採用であったが、人手が足りないときなどは、料理の提供やお会計などを厨房の人が行うこともあるとのことで、最初の5回ほどはホールでの業務をすることになっていた。


「だから、南のウェイター姿も今しか見れないぞ、中村」

「べ……別にそんなに見たいわけじゃないですよ~だ」


 愛梨さんはベ~っと舌を出して、プイっとそっぽを向いてしまったが、名残惜しそうにチラチラと俺の方をチラ見していた。可愛い。


「そのぉ、さっきのは事故みたいなものなんで、元気出してください」

「む~……」


 頬をプクっと膨らませている愛梨さんも可愛いな。


「あ、そうだ、紹介しておくね。厨房を担当している小泉さん」


 すると、マスターが厨房にいたもう一人の人物を、紹介してくれた。


「小泉です。よろしくお願いします。マスターのビーフシチューづくりの本家様の後継者とお聞きしておりますので、ぜひ頑張ってください!」

「南大地です。いやいや、俺なんてたいそうなものは作れませんから……」

「あら~謙遜しちゃって……本当は鼻が高いくせに」

「愛梨さん、そういうところで首を突っ込んでこないで下さい」


 愛梨さんがニマっとした笑みを浮かべて、からかってきた。どうやら、多少機嫌を直してくれたみたいだ。


「中村さんと吉川さんとも随分と仲がいいみたいだし、とても心強いな」


 そう言って、俺と愛梨さんの会話を、小泉さんは微笑ましく眺めていた。


「その、色々と教わることになりますが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします。」


 俺は小泉さんに深々と頭を下げた。


「おう、こちらこそよろしくね、南君」

「はい!」


 そう言い終えると、小泉さんは仕込み作業へと戻っていく。


「とりあえず、まかない食べちゃいな。うちのお店のはおいしいぞ~」


 すっかり機嫌を直した愛梨さんが、厨房の机の上に置いてあるまかないを進めてきた。


「まかない食べたら、今日は吉川に基本的なことから教えてもらいなさい。まかないはゆっくり食べていいからね。それじゃあ、僕は一回カウンターに戻るよ」


 そう言い残してマスターは、ドリンクを作るカウンター席の方へと戻っていった。


「マスターは調理しないんですか?」


 俺は、愛梨さんに進められた肉団子が入ったまかないをお皿にすくいながら、質問をした。


「マスターはビーフシチュー専門、基本は小泉さんが他の料理は担当してるの。小泉さんがお休みの時はマスターが作るけど、あんまりやりたくないみたいだよ。だから、大地くんにビーフシチューも普通の料理も覚えてもらって、楽しようとしてるみたい。期待されててよかったね!」


 愛梨さんに脇腹をつつかれる。嫌なことを聞いてしまった……俺はここでこき使われるのはないか? 心配になって来た。

 そんなことを思いながら、俺はまかないの肉団子を白米の上に乗せて掻き込んだ。

 冷めてはいるものの、中から肉汁がジュワっと溢れ出てきてとても美味だった。



 ◇



 まかないを食べ終え、ホールへ向かうと、レジのところで萌絵が暇を持て余していた。

 カウンターにはマスターに変わり、愛梨さんが入りグラスなどを拭いていた。

 先ほど店内にいたお客さんも帰り、お店は閑散としてしまっていた。


「随分暇そうですね」


 萌絵に声を掛けると、アハハ……と苦笑いを浮かべてきた。


「まあ、月曜でGW明けだからお客さんの入りも悪いのかもね~」


 確かに、GWでお金を使い果たしてしまった社会人たちは、GW明けから外食をするとは思えない。


「なるほど……」


 俺が納得していると、萌絵がパンッと手を叩いた。


「それじゃ、お客さんもいないことだし! 大地くんにお仕事をみっちりと教えていきましょうかね!」


 ニコニコとしながら、萌絵が気合いを入れていた。


「お……お手柔らかにお願いします……」


 こうして萌絵に教わりつつ、レストラン『ビストロ』で俺のアルバイトが始まった。



 萌絵に基本的なレクチャーを受けながら、必死にメモを取っていく。

 萌絵が一通りのことを話し終えた時、運よくお客さんが1組来店してきたので、実戦形式での指導を行っていく。おしばりやお冷の提供、オーダーの取り方から厨房への声かけ、トレンチの持ち方や料理提供の時の注意事項など教えてもらいながらすべて俺が行い、戸惑った時には、萌絵がすかさずフォローを入れてくれた。


 そして、無事にお客さんが食事を終えてレジに向かってきた。

 伝票を渡され右往左往していると、萌絵が身を乗り出してフォローしてくれた。


「ここのボタンで卓番押せば、お会計出てくるから」

「あ、ありがとう」


 萌絵の体が密着してしまうほど近く、フワッと柑橘系の香水の匂いが香ってきた。

 ポチっとお客さんが座っていた席の番号である卓番を押すと、お会計が表示された。


「あ、お待たせいたしました。お会計2850円になります」

「カードで」

「あ、はい、かしこまりました」


 俺はお客さんからカードを受け取った。ちょっと待って。カード決済できるって聞いてないんですが……


「あぁ、いいよ。私がやるね」

「カードお預かりいたしますね」


 萌絵は俺からカードをかっさらうと、テキパキとカード決済処理を済ませていく。


「暗証番号お願いいたします」


 萌絵は暗証番号の入力する機械を出し、お客さんが番号を入力していく。

 ピっという機械音と共に、レシートのような紙が出てきた。


「お客様お控えと、レシートです」

「ありがとうございました」

「あ、ありがとうございました」


 お客さんがお店から出ていき、俺はようやくほっと胸を撫で下ろした。


「ありがとうございます萌絵さん」

「いえいえ! まあ、お会計はじっくり覚えていけばいいから。それにしても、他の接客に関しては問題なく出来ててびっくりしたよ」

「まあ、一応実家で手伝わされてましたからね、カード決済もやってたんですけど、実家のと機械が違ったので戸惑っちゃって」

「あ、そっか! 大地くんのお母さん飲食店やってるんだっけ?」

「はい、だから接客はある程度やってたんで、後はここ独自の接客方法を覚えればなんとかなるかなって思います」

「なるほど、だからマスターも『1週間で研修終わりにしていいよ~』なんて言ってたのか。ホントは1カ月は研修なんだぞ、このこの~!」


 やるじゃないか~と、からかうように萌絵が俺の脇腹をつついてくる。レジの入り口を萌絵に完全に塞がれているため、出れない。というか近い!

 また、フワッと柑橘系の香水の匂いが漂って来て、思わずクラっとしてしまいそうだ。

 俺は萌絵から気を紛らわすために店内の奥へと目を逸らす。

 すると、じぃっとこちらの様子を伺っている愛梨さんと目が合った。

 俺は思わず「あっ……」と声を上げる。


「ん?」


 不思議そうに萌絵も、俺の目線の方へと顔を向けた。

 愛梨さんはポっと顔を赤くすると、こちらを見るのをやめて作業に戻った。


「……」


 あれって、もしかして……


「さ、大地くん、テーブル片づけるよ!」

「あ、はい」


 萌絵さんに肩を叩かれ、俺たちも作業に戻っていく。

 テーブルを片づけに行く際、愛梨さんの横を通ると、チラっとこちらを向いた愛梨さんがご不満そうな表情をしていた。

 やっぱり……間違いない……愛梨さん俺に嫉妬してくれてる……!?

 俺が萌絵とイチャイチャしているのが嫌だったのだろう。あぁ……もうなんて可愛いんだ愛梨さんは!

 俺は心の中でルンルンと気分が高揚していた。

 それくらい愛梨さんは俺のことを……

 気が付いた時には不気味な笑みを浮かべて笑っていた。


「だ、大地くんどうしたの? 怖いよ……」

「あぁ……何でもないなんでもない」


 萌絵に若干引かれつつも、俺のこの胸の高まりは、バイトが終わるまで終始止まらなかった。

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