第67話 計算高い先輩
「お冷です」
「ありがとう」
愛梨さんをテーブル席に案内して、俺は愛梨さんの前にお冷を置いた。愛梨さんはメニューを見ながらどれにしようかと悩んでいた。
「うーん、どれにしようかな……大地君のおすすめはどれ?」
「その前に一つ聞いていいですか?」
「うん、何?」
愛梨さんはキョトンとしながら首を傾げていた。
「なんでこんなところにいるんですか?」
「それは、大地君に会いに来たに決まってるじゃん」
当たり前のように愛梨さんはそう言い放った。
「いや、俺愛梨さんに帰省してることも言ってませんでしたよね?」
「あぁ、それは昨日グループラインを見て、大地くんが『帰省中なので練習行けません』って連絡してたから」
「あぁ……なるほど。で、でも俺お店の場所も教えてないですよね?」
「あぁ、それはマスターに大地君のお母さんのお店の名前なんですか? どの辺にありましたか? って聞いて、ネットで検索したらすぐ住所は出てたわよ」
「あぁ……そうですか……。で? なんでわざわざそんなことまで調べて来る必要があるんですか?」
「そりゃだって、大地君が好きなんだから当たり前じゃない? 今日会えると思って楽しみみにしてたのに、大地君がいないサークルなんてつまんないし、それなら大地君のところに合いに行っちゃえばいいじゃんって!」
「いや、その発想はどう考えてもおかしいですよね!?」
「おかしくないよ、好きな気持ちがあれば、人間そんなものよ! むしろここまで会いに来た私をほめてほしいくらいだわ。飛行機取るの本当に大変だったんだからね!」
「いやいやいや、褒めるわけないでしょ! ってか、お店に来ても俺がいるとは思わないでしょ普通」
「なんか今日は大地君がいるような気がしたのよ。女の勘ってやるかな?? やっぱり私たちって運命なのかも!?」
「はいはい、そうですね」
俺は思わず眉間を抑えて、ため息をついた。愛梨さんの行動力に度肝を抜かれる。
「え~つまんないの~。じゃあ大地くんは私が来てくれて嬉しくないの?」
ムクっと頬を膨らませて愛梨さんは抗議していた。
「それは……その……」
俺は思わず言葉に詰まってしまうと、ニヤニヤと笑みを浮かべている愛梨さんの姿が視界の端に見えた。
「その、嬉しくない……わけではないですけど……」
「ふふん、ほらやっぱりうれしいんじゃん。素直じゃないんだから! ふっ!」
「!?」
そっぽを向いていた俺の耳に、愛梨さんはフッと息を吹きかけてきた。俺は全身がぞっとなって、一方後ろへ後ずさりする。
辺りをキョロキョロと見渡して、誰にも見られていないか確認する。
「あははは!! やっぱり大地君って可愛い、最高~」
ケラケラとお腹を抱えながら愛梨さんは爆笑していた。またからかわれてしまった。
俺はムゥっという表情で、愛梨さんを睨む。
愛梨さんはどうしたのといったような表情で見つめ返してくる。
「はぁっ……」
俺はため息をついて、テーブルの上に広げられているメニューへ視線を向けた。
「おすすめはビーフシチューとハンバーグのランチセットです」
「じゃあ、それにしようかな!」
愛梨さんもメニューを見て、それを注文した。
「かしこまりました、少々お待ちください」
俺はスっとメニューを伝票に書きながら愛梨さんの元を離れて、厨房へと向かっていった。
厨房に戻り、メニューを母親に伝える。
「ビーフシチューとハンバーグのランチセット一つで」
「わかったわ、あんたいい女の子拾ってきたわね」
「うるせ」
母親は手で口元を隠しながら、ニヤニヤとした表情を俺に向けてから調理へと取り掛かった。
ようやく愛梨さんから解放されて肩の力を抜いてため息をつくと、大空から声を掛けられた。
「お兄ちゃん……」
「おう、どうしたそ……らぁ!?」
大空は口角を上げてニコっと笑みを作り俺を見つめてきた。しかし、目は全く笑っていなかった。
「お兄ちゃん、あの女の人とは……どういう関係なのかな??」
「どういう関係といわれても……サークルの先輩としか……」
「へぇ~、それにしては随分と仲良さげに話してたよね??」
怖いよ大空ちゃん、怖い! 特に目が完全に死んでるよ??
「私はね、女作るために向こうへお兄ちゃんを渋々送りだしたわけじゃないんだよ、わかってる??」
知らないよ? お兄ちゃん妹をこんなヤンデレ属性に育てた覚えはないよ?
俺は厨房から逃げるようにホールへと出た。
「あ、ちょっとお兄ちゃん!?」
ホールへ逃げた俺を必死になって大空が追いかけてきた。
俺はお客さんの迷惑にならないようにしながら、ホールを素早く歩いたが、小走りで走って来た大空に腰を掴まれ再び捕まってしまう。しかも運悪く、愛梨さんの目の前で捕まってしまった。
「あら、大地くん? その子は?」
愛梨さんが興味深そうに俺の後ろにひっついている妹を見ていた。
「あぁ……えっと紹介します。妹の大空です。ほら、大空ちゃんと挨拶して」
俺が促すと、ムスっとした顔で渋々前へ出た。
「妹の南大空です」
「おいっ! すいません、今ちょっと機嫌を損ねてまして……イッテ!」
大空に思いっきり足を踏まれた。
そんな俺たちの様子を見て、愛梨さんはパァっと表情を明るくした。
「可愛い妹さん! あ、そうだ!」
すると、愛梨さんは何か思い出したように鞄の中を漁りだした。
俺が不思議そうに眺めていると、愛梨さんは鞄から東京の超有名なブランドのチョコレートを取りだした。
「これ、空港限定で販売してたんだけど、よかったら大空ちゃんにあげるよ」
「え? 本当ですか?」
「うん、可愛い妹さんにはチャントサービスしておかないとね!」
あざとくウインクをして愛梨さんはチラっと俺の方を見た。
「本当ですか?? ありがとうございます!!」
先ほどの反応とは手のひらを返したように、キラキラと目を光らせながらそのチョコレートを大空は受け取った。都内の高級なブランドもので母親と妹を釣るとは……愛梨さん恐るべし……
「お兄ちゃん、こんな美人のお姉さんどこで手に入れたの?」
「こら大空、変な言いがかりはよせ」
「こんなお兄ちゃんですが、今後もよろしくお願いします」
ペコリと大空は愛梨さんへと頭を下げた。
「これから色々とお世話になることがあると思うけど、よろしくね! 大空ちゃん!」
「はい! ねぇねぇ、お兄ちゃんこれ今食べてもいい?」
「え? あ、あぁ……お客さんいるから、厨房へ行ったら食べてもいいぞ」
「やったぁ~」
嬉しそうにチョコレートの箱を持ちながら大空は厨房へと消えていった。
にしても大空ちゃんちょっと手のひら返すのがチョロ過ぎませんかね?? お兄ちゃん大空が変な人にヒョイヒョイついて行っちゃうんじゃないかって心配になって来た。
そんな大空姿を見送り、愛梨さんの方へと振り返り、じとっとした視線を愛梨さんに向けた。
愛梨さんと目が合うと、肩をすくめてどうしたの?といったような表情をしていた。
「愛梨さんって、結構計算高いんですね……」
「失礼な、大地君を落とす前に、まずは周りからの信頼を得るのは当然のことよ」
「あぁ……そうですか……」
俺はもうなんか色々と呆れかえって、苦笑いを浮かべながら返事を返すことしか出来なかった。
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