第66話 来ちゃった♪
「大地! 鍋の加減確認してくれる?」
「はいよ~」
「お兄ちゃん、できた野菜こっちに持ってきて!」
「はいはい」
朝の出来事があった後、大空の誤解と何とか解き、都内へ戻る春香を見送った。
俺と大空は今、母親に連れられて、母親が経営するカフェレストラン
普段ならば、パートのおばさんがいるのだが、今日はあいにくの大型連休真っ只中、パートのおばさんたちは自分たちの子供の世話をしなくてはならないため、人手不足になり俺たちが朝から駆り出されていた。
レストラン自体も通常営業をしているので、ホールにアルバイトの子が1人いるが、お昼のかき入れ時になるまでに、必死になってお弁当作りを大急ぎで終わらせている最中であった。
俺と大空は、こういう祝日の大型連休などの繁忙期には、昔からよく手伝わされていたので、ある程度の要領はつかめている。
俺はお弁当の副菜づくりを担当し、母親がメインのビーフシチューハンバーグを作り、盛り付けを大空が行い、分担して作業を行っていた。
俺は大体の副菜を作り終わり、大空が盛り付けを行っているスペースの隣に出来た料理を置いた。
「よろしくね、大空」
「おっけい、お兄ちゃん!」
ビシっと敬礼ポーズを取って、大空が再び盛り付けを始めていく。
「副菜終わったけど、他に何かやることある?」
「うーん、そうね……」
母親がしばし次に俺に振る仕事を考えていると、ホールの方から声が聞こえる。
「2名様ご来店です」
「了解です!」
時刻を確認すると、11時を回ったところであった。
「大地ホール入っちゃってくれる? 結局この時間帯、出るのはビーフシチューばかりで、お弁当のメイン作りながらでも私一人で何とかなると思うから!」
「わかった!」
俺は帽子を取って、そのままホールへと出た。
まだお客さんは先ほど来店した2名のお客さんだけだが、GWということもあり、これから多くのお客さんが足を運ぶであろう。
うちのお店は、以前雑誌に紹介されたこともあり、それ以後爆発的にお客さんが増えた。話によると、旅行会社のパンフレットにも載っているそうだ。
そのせいで、個人まりと趣味程度でやっていたカフェはいつの間にか大人気店として名をはせ、気が付けばカフェレストランとして今のような形に収まってしまったそうだ。
母親曰く、「もっと静かな感じでやりたかったわ」と嘆いていたが、仕方がないことなのであろう。今はアルバイトの人たちが基本的にはホールを手伝い。厨房は母とパートさん一人で切り盛りしている状態なのだそうだ。
まあ、田舎の喫茶店ということもあり、閉店は夜16時なので時間的には休みが取れるので助かっているそうだが、時々イベントなどで夜も開けることがあるので、母親は毎日忙しい生活を送っている。
◇
お弁当は無事に配達員が来る11時30ごろに無事完成した。
そして、お弁当と作り終えると、今度はレストランに入ってくるお客さんたちで大忙しになる。
うちの一番人気メニューであるビーフシチューを始め、スパゲティーやハンバーグなど、様々なメニューを母親が作り、俺とアルバイトの人が提供していく。
大空は厨房で皿洗いなどを頑張ってやっていた。
大空は中学生のため、基本的に調理も接客もできないので、こういう雑用的な仕事になってしまうのだが、本人的には「気分転換になって楽しい」そうだ。
そうこうしているうちに、しばらくするとようやく客足が収まってきて、カフェレストランにはゆったりとしたカフェとしての役割の時間帯が戻ってくる。
お客さんは、二組ほどが食後のコーヒーを飲みながらお話をしている程度だ。
「大地、お昼ご飯出来たから食べちゃいなさい」
「はーい」
俺は母親に昼ご飯を進められ、厨房へと入っていく。
アルバイトの子は先に食べていたので、入れ替わる形で俺が食事休憩に入る。
厨房に入ると、同じく先に食事を終えた大空が、椅子に座りながらぐったりとしていた。
「はぁ~疲れた……でもお母さんが作ってくれたお昼ご飯を食べるために、仕事を頑張ってるようなものだよね~」
母親が仕事柄のためか、あまり食事を家では作りたがらない、代わりに高校時代は俺がみんなの分の食事をよく作っていたものだ。まあ、俺も部活などがあったので、ほどんと平日は春香に任せちゃっていた部分はあったが……
そんなことを思いだしながら、グデーンと倒れ込んでいるだらしない妹の姿を見てふと疑問に思ったことを口にする。
「そういえば、俺が家出てから、大空は夜ご飯どうしてるんだ?」
俺が大空に尋ねると? への字に口をホワンと開けて、こちらを向いてきた。
大空は料理が出来ないので、もしかして毎日出前でも取ってるのではないかと心配になったのだ。
「あぁ~。今は私も毎日塾で帰りが遅いから、最近は家に帰った後、お母さんが持って帰って来てくれたお店の余り物が多いかな?」
「そっか、そういえば大空も受験生だもんな」
GWはずっと家でゴロゴロしていたので気が付かなかったが、大空もこう見えて中学3年生、立派な受験生だ。3年生になってから通いだしたという塾に頑張って毎日勉強しに行っているらしい。
「ま、私家だと全く勉強できないから、塾に行って少しでもやらないとまずいからさ、アハハハ……」
大空は頭を掻きながら照れ笑いを浮かべる。
「いや、照れるところじゃないからな……」
どうしよう、大空の受験がとても心配になって来た。まあ、最悪高校に受からなくても、俺が大空一人くらい養えるようにすればいい問題なので、そう考えると、別に心配しなくてもいいのではないかと思えてきた。
「喋ってないで、いいから食べちゃいなさい。まだ仕事残ってるんだから」
「はーい」
母親に急かされて、俺は作ってくれた賄いが入っている鍋のふたを開けた。
中には、美味しそうなカレーが入っていた。
俺は自分が食べる分のカレーをよそって、大空の隣の椅子に腰かけ、賄いを頬張る。
口に入れた瞬間、フワァっとした優しい味わいが口の中に広がり、後から来るピリっとした程よい辛さがアクセントとなりとてもおいしい。やはり、母親には料理の腕はかなわないなと改めて実感する。
「あの……すいません」
賄いに舌鼓みを打っていると、ホールのアルバイトの子が厨房に声を掛けてきた。
「どうしたの?」
俺が尋ねると、アルバイトの子は困ったような表情をしながら言ってきた。
「今お客さんからマスターさんはいらっしゃいますか? って言われたんですけど、対応できますか?」
「ごめん、私今丁度手が離せないから、大地代わりに対応してくれる?」
「わかった」
俺は食べかけのカレーを厨房のテーブルの上に置いて、口を拭いてからアルバイトの子に連れられてお店の入り口へと向かった。
「すいません、お待たせいたしまし……たぁ!?」
すると、そこにいたのは、このド田舎では場違いなほどにヒラヒラとした白いワンピースを着こなし、黒いウェーブがかかったセミロングの茶髪がかった髪を揺らして、麦わら帽子を両手で腰の前辺りに持ち、小さい顔でにこやかな笑みを浮かべこちらを見つめる天使が現れた。
「やっほー大地君! 来ちゃった♪」
「愛梨さん!? どうしてこんなところに???!」
この場に一番いるはずのない人物が目の前に現れ、驚きを隠せずに思わず叫んでしまった。
「エヘヘ、びっくりしたでしょ??」
「ビックリしたでしょって、どうしてこんなところに??」
「どうしたの騒がしい」
すると、厨房の方から俺の叫び声を聞きつけて母親が出てきた。
「あ、大地君のお母さんですか? 初めまして!」
ニコっと愛梨さんが母親に微笑みかけると、母親は不思議そうにペコリと頭を下げた。
「私、大地君と同じサークルの先輩で
「あら、大地の大学のお友達なの? これはこれはどうもご丁寧に!」
「これつまらないものですが皆さんでどうぞ」
「まあまあ、そんなとんでもない」
愛梨さんは都内から持ってきた、銀座の有名店のチョコレート菓子のロゴが入った袋を母親に無理やり受け取らせた。
「お母さんには、これから何かと色々と、今後大地君のことでお世話になることがあると思いますので、よろしくお願いいたします」
含みある意味深なセリフを言いながら、愛梨さんは深々と頭を下げた。
「そんな頭を下げなくてもいいですよ。こんなダメ息子ですが可愛がってやってください」
「はい!」
頭を上げて満面の笑みで返事をした。あ、これは本心だな……
「それにしても、こんな美人の人が大地のお知合いなんて……あんたも隅におけないわね!」
母親が俺の方をニヤニヤとしながらどついた。
俺はよろけながら母親を睨み見つける。
「さぁさぁ、遠いところからわざわざ来てもらったんだから、あんた、責任もってもてなしなさい! ちゃんとサービスしておくからね!」
そう言い残して母親はキッチンへと戻っていった。俺は母親が見えなくなり、再び愛梨さんの方を向いた。
「ということで、案内よろしくね大地君」
可愛らしく前かがみで首を傾げながらウインクをしてきた愛梨さんに、俺はため息をついて案内をするしかなかった。
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