第68話 これも計算のうち……?(愛梨5泊目)
「お待たせしました、ビーフシチューとハンバーグのランチセットです」
「ありがと」
俺は母親が作ってくれたビーフシチューとハンバーグのランチセットを愛梨さんの前に置いた。
「ごゆっくりどうぞ」
「あ、ちょっと待って」
俺が立ち去ろうとすると、愛梨さんに声を掛けられた。立ち止まってからクルっと愛梨さんの方を振り返る。
「どうかしました?」
「一緒に食べよ!」
何を言ってるんだこの人は?? 俺は仕事中だぞ??
「ごめんなさい、仕事中なので、流石にそれは……」
「一口でいいから! ほらほらこっち来て」
手招きをされて愛梨さんの元へと戻る。
「はい、あーん」
愛梨さんはスプーンでビーフシチューをすくって、俺の口元へと近づけてきた。
「……」
「あーん」
愛梨さんをずっとこのままにしておくのも可愛そうだったので、俺は根負けして仕方なくスプーンを口に含めてビーフシチューを流し込む。
いつもの母親のビーフシチューのおいしい香りが漂ってきた。
「うん、いつも通り、美味しいですよ」
「そっか、じゃあ、私もいただきます!」
愛梨さんは俺が口にしたスプーンを使って、気にする様子もなく再びビーフシチューをすくいあげて口に頬張った。
思わず愛梨さんと間接キスをしてしまい、顔が熱くなる。
「う~ん! おいひい!」
愛梨さんは熱そうなジャスチャーを見せながらも、なんとかビーフシチューを飲みこむ。
「やっぱり、本家の味はさらにコクがあって一味違うね!」
そうだろうか?? レストラン『ビストロ』で食べたビーフシチューも引けを取らないくらいの味わいだった気がするが。
「それに、大地くんが食べた後だから余計かな……」
頬を少し染めながらニコっと笑い、愛梨さんはそんなことを俺に言ってくる。
そのあざとさがいじらしくもあり、魅力的に思えてしまう。
そして今日も、俺は愛梨さんにからかわれてしまうのだった。
◇
愛梨さんは食事を終えた後は、母親のサービスで提供したコーヒーとお茶菓子を嗜みながら、本を読んでいた。
午後の日差しが差し込む閑散とした喫茶店の中で、あどけなさが残る顔の中に溢れ出る大人の雰囲気がとても様になっていた。
「ああいう女の子たちが、ゆっくりとくつろげるようなカフェを目指していたのになぁ~」
愛梨さんの姿を見て、母親が思わずそんなことを漏らしていたが、確かに彼女のような女性が、静かに安らげるような隠れ家的なお店を提供してあげたいという気持ちは、とても共感できるものがあった。
都内とは違い、人が少ないこの辺りで、微笑みながらリラックスしている彼女をずっとカウンターの方からずっと見ていたい。そんな気持ちにさせられた。
愛梨さんは、結局閉店間際まで本を読み続けていた。
コーヒーカップを下げている時に俺はふと声を掛けた。
「愛梨さんは、この後どこかへ行く予定なんですか?」
「特に決めずにこっちへ来ちゃったから、ホテルとかを探そうかと」
「え? 宿決めてないんですか? さすがにGWだし、どこも空いてないんじゃ……」
すると、手をポンと鳴らして厨房の方から母親が出てきた。
「それじゃあ、うちに泊めてあげればいいじゃない!」
「はぁ!?」
急にとんでもないことを母親が言いだした。
「いえ、そこまでしてもらうのは流石に……」
「いいのよ、いいのよ。この時期じゃどこも宿は空いてないだろうし、年頃の女の子を夜間に外で野放しにしておくわけにはいかないわ!」
確かに、もし宿見つからなくて夜の街で一人放浪するのは危険だ。5月の北の大地といっても夜は物凄く冷え込むので、風邪を引いてしまうかもしれない。
「まあ、部屋も余ってますし、風邪を引かれてもなんか俺の気が引けるんで……よかったらどうぞ」
「本当にいいの?」
申し訳なさそうに愛梨さんが、確認の意をこめて尋ねてくる。
「えぇ、愛梨さんのような子が来てくれるなんで大歓迎よ!」
「え? なになに? 何の話?」
厨房の方から片づけを終えて、大空がこちらへ向かってきた。
「今日愛梨さんがうちに泊まっていかないか?って話」
「え? 愛梨さん今日お泊りしてくれるの!??」
大空は目をキラキラと輝かせながら、羨望の眼差しで愛梨さんを見つめていた。
「その……すいません。それじゃあ、お言葉に甘えて泊めていただいてもよろしいでしょうか?」
「えぇ」
「やったぁ~!」
ニコニコと母親が微笑み、飛び跳ねて喜ぶ大空を尻目に、俺はチラっと愛梨さんの方を見る。
愛梨さんは苦笑いを浮かべながらも俺の方をチラっと見ると、ウインクをして見せた。
まさか……これも計算のうち?? いや、流石にないよな……
俺は計算高い愛梨さんを訝しみながらも、愛梨さんが俺の実家に泊まることが決まった。
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