第64話 幼馴染はずるい(春香4泊目)

 夕食を終え、片づけを済ませて、お風呂に入り、俺は自室で、寝間着姿にバスタオルを首に掛け、昼間のマンガの続きを読んでいた。

 今日は春香も家に泊まっていくようで、今は隣の部屋で大空と仲良く女子トークを楽しんでいるのであろう。

 すると、ゴロゴロと外から音が鳴り響いていた。


 閉めていたカーテンから外を覗き込むと、海の方からピカピカと光る雲がこちらへ近づいてくるのが見えた。

 これは……一嵐ありそうだな。そんなことを考えながら再び漫画に目を通した。

 しばらくすると、天井に当たる雨音が強さを増し、ザァっという激しい音が聞こえてきた。嵐が本降りとなったようだ。

 俺はキリがいいところで、一度漫画を読むのを止め、バスタオルを手に持って立ち上がり、部屋を出て1階の洗面所へ向かう。

 階段を降りている途中にも、ゴロゴロという雷の音がさらにこちらへ近づいてきているのが分かった。


 そんな音を耳にしながら、洗面所に到着しバスタオルを干し竿にかかっているハンガーに掛け直してから、洗面所の横にある自分の歯ブラシを手に取った。

 歯磨き粉を付けて、歯ブラシを口にくわえて歯を磨いていると、ドドーンという大きな雷の音が鳴り響いた。


 俺は思わず雷の様子を確認するかのように、上の方を見上げた。

 これはまた、春香が怯えてるかもしれないな……

 そんなことを心配しつつ、歯を磨き終えてうがいをして、再び自室へと戻った。


 自室へ戻ると、雨の音がさらに激しさを増して、本格的な嵐が訪れたことを感じる。

 俺は部屋に散らかしっぱなしの漫画を本棚に戻し、納戸から布団を取りだして部屋に敷いた。

 そして、スマートフォンを手に取り画面を開くと、トークアプリの通知が来ていた。

 トークアプリの通知を見ると、グループに招待されており。『1軍メンバー』と書かれた名前で『FC RED STAR』の肩を組んで2列に並んでいる選手たちの写真がアイコンになっていた。

 俺がそのグループに参加すると、メモ機能にメッセージが残されていた。


「明日のから本格的に1軍メンバーはリーグ戦に向けて練習を行いますので、参加できない方は連絡をください。」とメッセージが書かれており、練習場所もいつもと違う場所のようで、地図のURLが貼り付けられていた。

 俺は残念ながら北の大地にいるため行くことが出来ないため、『明日は欠席します』という述べを伝えて、メッセージを送った。

 あれから、愛梨さんはどうしているのだろうか……俺は愛梨さんと過ごした先週の夜のことを思いだした。

 愛梨さんに好きといわれたこと……布団に侵入してきてからのあの挑発的なドSっぷり……考えているうちに、耳元に息を吹きかけられているような感覚に陥り、思わず身震いをしてしまう。

 すると、ピカっと外からの雷光が部屋の中に差し込み、しばらくするとドドーンという音が鳴り響き、現実へと意識が戻された。

 その直後、コンコンと部屋の扉がノックされる。


「はーい」


 俺が返事を返すと、ガチャっという音と共に大空が入って来た。そして、大空の腕を掴みながら足をプルプルと震わせ怯えた表情の春香が、大空にべったりくっついて部屋に入ってきた。

 まあ、大体予想はしていたが、中学三年生相手に弱みをさらけ出して、なだめてもらっている年上の春香、威厳ゼロだな……


「はい、お兄ちゃんだよ~春香お姉ちゃん」

「大地ぃぃぃ~」

「おわっ……」


 大空が春香に促すと、春香は今にも泣きそうになりながら俺の元へ一目散に駆け寄って来て、抱き付いてきた。

 慌てて俺は、春香を抱き留めて頭を撫でてあげる。


「いやぁ~雷鳴りだして春香お姉ちゃん全然私から離れてくれなくてさ~」


 大空が苦笑いを浮かべて、頭を掻きながらそう俺に言ってきた。

 あ、これ春香の世話が面倒になって俺に押し付けに来たやつだ。


「ってことでお兄ちゃんよろしく!」


 舌をペロっと出して敬礼ポーズをすると、大空は颯爽と部屋の扉を閉めて、自分の部屋へと戻って行ってしまった。

 なんと現金な妹なんだと、苦笑いを浮かべた後、春香の方へ意識を戻す。

 春香は体をプルプルと震わせて、怯えている様子であった。

 俺はフゥっとため息を一度ついてから、春香の耳元で優しくささやく。


「大丈夫??」

「ううん」


 首を横に振り、ダメだとアピールする。


「じゃあ、このまま一緒に布団はいる?」


 俺が春香に聞くと、鼻を啜りながら、コクリと首を縦に一回振った。


「よしっ、じゃあ。布団の方に行こうな」

「うん……」


 春香の背中をトントンと叩いて移動するぞと合図をして、春香を何とか歩かせ、布団へと導いた。


「先入ってな」


 一旦春香は俺から体を離して布団の中へ潜り込んだ。その間も俺の足の裾をずっと掴んで離さない。

 俺は何とか上半身を使って、部屋の明かりを蛍光灯から伸びているひもを2回引いて電気を消した。

 ゆっくりと移動して布団の中へと侵入すると、すぐさま春香が抱き付いてきた。

 お風呂上りのフワッとした甘いシャンプーの香りと、春香の女の子の匂いが香ってきた。思わず空気を吸い込み堪能してしまうが、動きを止めずに春香の背中に片腕を回して抱き返し、俺の顔の横に春香の頭を置かせ、もう一方の手で頭を撫でた。

 外はゴロゴロと稲妻が鳴り響いており、しばらく収まりそうな気配は感じられなかった。


 しばらく春香の体を抱き占めながら、頭をポンポンと撫でていると、ようやく落ち着きを大分取り戻したようで、震えが収まり呼吸も安定してきていた。

 そんな中、俺は今日の夕食での出来事を思いだしていた。


 大空が悪ふざけで言っていた。『春香が俺と結婚したい』という言葉の真意はどちらなのか。大空はウソウソと言っていたが、春香の恥ずかしそうな表情を見る限りでは、そうとも思えなかった。

 俺はそんなことを春香の頭を撫でながらボオっと考えていると、春香に声を掛けられた。


「大地・・・・・」

「ん? どうした?」

「その、ごめんね……」


 春香がか弱い声で申し訳なさそうに一生懸命謝ってきた。そんな春香の姿を見て、俺はつい笑みをこぼす。


「別にいいって、気にすんな」


 そう言って、再び背中に回していた手を強め、春香をギューっと抱き寄せる。


「んっ……ふぅ……」


 春香が少し苦しいような甘いような、息を抜く声を出したが、顔を一度俺の肩から離して俺の顔色をうかがった。


「大地……」

「ん?」

「好き……」


 春香は恥ずかしそうにボソっと言い放つと、すぐに俺の胸に顔を埋めて、再び力を入れて抱き返してきた。

 俺は再び春香の頭に手を置いて撫でながら、今の発言について頭の中を巡らせていた。

 春香の今の言葉は果たしてどういう意味での「好き」なのだろうか? 幼馴染としてなのか、それとも雷が怖い自分を助けてくれたお礼としての感謝の意なのか? それとも異性としての好意を持った意味での好きであるのか……

 俺はそんなことをひたすら考えていた。気が付いた時には、雷は鳴り止み、雨も小雨程度になってきており、スースーと寝息を立て俺の胸に顔を埋めながら春香が眠りについていた。

 俺も肩の力を抜いて考えることを放棄し、眠る体制に入ることにした。

 全く、幼馴染というのは本当にずるい存在である。

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