第63話 からかう妹(春香4泊目)
次の日、どんよりとした曇り空の中、俺は久しぶりに自分の部屋で一人の時間を満喫していた。
実家に置いていた漫画を読みあさっているうちに、あっという間に時間が過ぎていき、気付けば夕食を作る時間になっていた。
外を眺めると、いつの間にか雨がザァと降っており、部屋から見える海を眺めると白い水しぶきが見え、随分と時化っていた。
夕飯の準備をするために、部屋を出て階段を下りて、リビングへのドアを開けると、美味しそうな匂いか部屋から漂ってきた。
キッチンの方へ顔を向けると、赤色に白の水玉模様のエプロンを付けた、古びたキッチンに似合わぬ金髪の髪を揺らしている後姿をさらしながら、鼻歌を歌って春香が調理をしていた。
春香がドアの音に気が付いて、こちらを振り返る。
「お、降りてきた。キッチン借りてるよ~」
「おう、悪いな準備してもらっちゃって」
「いいって、いいって。いつもやってたことじゃん?」
「サンキュ」
俺は料理を春香に任せて、テーブルに置いてある荷物を片づけて、食器棚から人数分の箸やお椀を取りだして準備した。
しかし、食器の準備など2、3分ですぐに終わってしまうので、再び俺は手持無沙汰になってしまう。
「何か手伝うことある??」
「いや、今は特にないかな~ゆっくりしてていいよ。ありがと」
ニコっと俺に微笑んで、春香は再びキッチンの方へ背を向けた。
俺はリビングの奥にあるソファーに座り、前にある小さい机の上に置いてあったテレビのリモコンを手に取って電源を入れた。
テレビの画面に映像が映し出されると、北の大地特有の地方CMが流れており、改めて地元に帰って来ている落ち着きのようなものを感じることが出来る。
俺はふぅっと肩の力を抜いて、ソファーにもたれてダラッとリラックスした状態になる。
そしてチラっと春香の方を見る。春香は相変わらず楽しそうにしながら調理をしていた。
なんだかこうしていると、俺が妻の夕食をゆっくりとくつろいで待っているような熟年夫婦に見えてきてしまうほど、このシチュエーションがしっくりと来てしまっている。
俺はそんな春香の後姿を眺めながら、ソファーの心地よさに導かれ、ウトウトとしてきてしまう。
身体が徐々にいうことを効かなくなっていき、春香の姿を目に焼き付けながら、ゆっくりと瞼を閉じた。
◇
ピピピピ!
タイマーの音で俺は目をバッと開けて目が覚めた。
どうやら冷蔵庫のタイマーが鳴り、春香が作っている料理が完成したらしい。
春香はタイマーが鳴り、座っていたテーブル前の椅子から立ち上がり、タイマーを止めて再びキッチンへ向かって、鍋の中の様子を確認する。
鍋を開けると、ボワァっと湯気が立ち込めて美味しそうな香りがこちらにも漂ってきた。
春香はお玉でお椀に少し掬って味を確認していた。
「よしっ」
ボソっと一言言うと、火を止めてこちらを振り返った。春香の姿を見ていた俺と目が合った。
「なんだ起きたんだ、さっきまで気持ちよさそうに寝てたから」
「あぁ、うん。今起きたとこ」
「そうなんだ、ご飯で出来たから大空ちゃん呼んで来てくれない?」
「わかった」
俺はソファーから起き上がり大きく伸びをして、大空を呼びに行くために立ちあがる。
すると、階段の方からトントンと誰かが降りてくるような音が聞こえた。どうやら俺が呼びに行く手間が省けたようだ。
階段を降りた足音は、リビングの扉の前で影となって現れ、扉を開けて姿を現した。
「そろそろご飯できた?っていい匂い~」
リビングに入ってくるなり、クンクンと匂いを嗅いで美味しそうと言ったような表情を大空は浮かべていた。
「あぁ、大空ちゃん降りてきた。夕食出来たからご飯よそったの並べてくれる」
「はーい」
大空は元気よく返事をすると、春香がよそってくれたお茶碗を受け取る。
俺も大空に続いて春香の元へと歩いていき手伝うことにする。
俺はキッチンの横にある段ボールからペットボトルのお茶を取りだしてテーブルに置いた。
そして食器棚からグラスコップを3つ取りだし、各席に並べてた。
俺が席に着いたところで春香がメインディッシュを鍋ごとテーブルの上に置いて、夕食の準備がすべて整った。
「わぁ~美味しそう!」
大空は嬉しそうに春香が作ったスープカレーを眺めながら口をトロンと開けて今にも食べたそうな表情を浮かべていた。
「よっしゃ、食べるか」
「どうぞ~」
春香がエプロンを脱ぎながら勧めてくれたので、俺と大空は手を合わせ、「いただきます」と挨拶をして食事にありついた。
「春香お姉ちゃんが作ってくれるスープカレー久しぶり!」
「確かに、ここで作るのは久しぶりかも」
そんなことを言いながら、春香がエプロンを丁寧に畳んでキッチン横に置き、ようやく向かい側のテーブルの椅子に座った。
大空は嬉しそうにしながら春香が作ったスープカレーをお椀によそった。
箸で掴んでフーフーとしながら口に入れる。
「ん~!!」
頬に手を置いて美味しそうに感嘆の声を上げる大空。
「やっぱりお姉ちゃんが作るスープカレーは格別に美味しいね! ホント、どこかの誰かさんが早く貰ってくれないかな~」
そんなことを言いながら、からかうような笑みを浮かべて、俺の方を大空はチラチラ見つめてきた。
「ちょっと……大空ちゃん!」
春香が頬を少し染めながら、からかう大空を制止する。
「まあ、昔は『私大地と結婚するの!』って言ってた時期もあったな」
「そ……それは……」
幼馴染でずっと遊んでいたんだ。幼稚園から小学校に上がるまでの頃言ってた子供染みた口約束にすぎない。
俺はそんなことを懐かしみながら白米を口に入れた。
「えっ? それ言ってたの2か月前のことだよ?」
「はい?」
「ちょ……大空ちゃん!?」
「大地と結婚して、こっちで一軒家を買って、子供は3人くらい作って、幸せな家庭を築きたいなぁって」
そんなことをニヤニヤとからかうように大空は上を向き、思いだすようにして言った。
え? 2カ月前?? ってことは今年の3月?? 高校卒業する時じゃねーか? え? 俺と結婚したいって、春香が俺と!?
俺は驚いた表情でパチクリと瞬きをしながら春香の方を見る。
すると、春香は俯きながら顔を真っ赤にして黙りこくっていた。
俺の視線に気が付いたのが、目線だけチラっとこちらを見てきた。
「そのぉ……」
「ンフフ……」
大空が嬉しそうにニヤニヤとしながら俺たちの反応をテーブルの向かい側から覗き込むように楽しんでいた。
俺は春香が何か言葉を発するのを待ちながら、思わず生唾を飲みこんだ。
春香はなんといい訳をしたらいいのかと言ったように目を泳がせていたが、一回ギュっと目を閉じて俺の方を向くと、意を決したような表情で見つめてくる。
「そのぉ!」
「なーんて冗談冗談!」
すると、大空がケラケラと笑いながらあっけらかんとした表情をしていた。俺と春香は驚いたように大空の方を見た。
「何、何お兄ちゃん?? まさか本気だと思っちゃったの?? そんなわけないじゃん~お兄ちゃんは大空と結婚してくれるんだもんね!」
あざとくウインクをして、満面の笑みを浮かべてそう言い切った。
「えっ、でも私……」
「どうしたの春香お姉ちゃん? もしかして……実は本当だったり??」
ニヤニヤと春香に大空が視線を向けると、春香は一瞬俯いたが、すぐに俺の方に顔を上げて向き直った。
「そう! 大空ちゃんのドッキリなの! 大地がどういう反応するかなって試してみたの!」
手をアワアワと身体の前で振りながら苦笑いを浮かべていた。
「お、おう、そうなのか……」
「そうそう!」
これ以上言及してはいけないような雰囲気を出していたので、俺も聞いてはいけないような気がして、何も言わずにこの話題をさっさと切り上げることにした。
「フフ……」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声を漏らして、大空はクスクスとそんな二人の様子を笑って終始楽しんでいるのだった。
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