第60話 ホテル(綾香4泊目)
俺たちは無事に地下街を抜けて、北の大地一番の飲み屋街へとやってきていた。
周りの人たちに気づかれないように綾香の手を引き、キョロキョロと辺りを見渡しながら人通りの少ない裏路地へと入り、目的地へと到着した。
そこは、目立たないながらもキラキラとした電飾がなされ、いかにもアダルトなお店の雰囲気を醸し出している場所だった。
そう、今俺たちはラブホテルに入ろうとしているのだ。
入口には、『休憩2時間3000円~、宿泊5800円~』と書かれた料金表の看板が置かれており、入口から先は曲がり角で見えないようになっていた。
綾香から一緒に寝たいという無茶なお願いをされ、了承してしまったのはいいものの、流れ的に昼間の外で寝る場所といったらこういう場所になるわけで……
俺は思わずごくりと生唾を飲みこんだ。
綾香の方をチラっと見ると、頬を染めて俯きながら恥ずかしそうにちょこんと俺の隣に立っていた。
「い……行こうか」
「う……うん……」
緊張しつつホテルのロビーへ足を踏み入れる。
初めてのラブホテルに緊張しつつ、フロントへ向かうと、フロントは顔が見えないように張っており、誰が来たかわからないような配慮がされていた。
一番価格が安い部屋の4時間のコースを選択し料金を払った。鍵を受け取った俺たちは、お互い気まずい雰囲気のままエレベーターに乗りこみ、目的の階へと向かう。
エレベーターから降りて、渡された鍵と同じ部屋番号のドアの前に到着した。
鍵穴に鍵入れ施錠を解除し、ドアのレバーを回して部屋へと入った。
中はビジネスホテルのような割と普通の部屋で、ガラス張りの机の上には灰皿とリモコンが置いてあり、近くに大きな黒光りのソファーがある。また、入口の右側にはシャワー室が完備されており、換気扇の音がゴオゴオと鳴り響いている。
そして部屋の一番奥には、ピンク色の蛍光色のテカテカとした壁に、デカデカと置かれた真っ白なダブルベットに二つの枕が丁寧に置かれており、奥の角のところには、ゴムなどの避妊具が設置されている普通のホテルとは明らかに違うラブホテル特有の異空間が広がっていた。
俺と綾香はひとまず部屋へと入り、扉を閉めた。
綾香の方を見ると、キョロキョロと辺りを見渡しながら恥ずかしそうにしている。
一先ずソファーまでたどり着き、俺と綾香は隣り合わせになる形でソファーに腰かけた。
「ラブホテルってこんな感じなんだね……」
「そうだね……」
ラブホテルに入ってからようやく初めての会話を交わす、もう少しいい話題はなかったのかと自分を責めた。そして、またお互いに黙り込んでしまう。
俺はキョロキョロと目を泳がせ、どうしようかと悩んでいたが、覚悟を決めて口を切った。
「その……どうしよっか?」
「え!?」
綾香は体をビクっと震わせて驚いた表情でこちらを見た。俺も思わずつられて身体を後ろに引いてしまう。
「あ、いやぁ、そのぉ……これから添い寝……するのかなって……」
「あ、あぁ! うん、そうだね……」
綾香はスっと視線を白いダブルベットの方に向ける。それにつられるように俺もベットの方を眺めた。
いつも寝ている自分の部屋と違って、やはりどこか夜のアダルティな雰囲気が視界に広がっているためか、何故かお互いの雰囲気にも少し戸惑いと異様な空気感があった。
「わ、私、ちょっと着替えてくるね!」
「あ、うん。わかった」
綾香は恥ずかしそうにしつつ、シャワー室の脱衣所へ向かっていってしまう。
俺は待っている間、ボケェっと部屋を見渡して耳をすましていた。
静寂とした室内に、お風呂の換気扇の音と、綾香が着替える衣擦れの音だけが耳に届く。
俺は音をかき消すように自分の頭を掻いて気を紛らわした。
「お、お待たせ……」
「お、おう……えっ!?」
振り返ると、綾香は変装の帽子とメガネを外して、下に来ていたキャミソール一枚になり、履いていたスカートと黒タイツを脱ぎ、スラーっとした白い綺麗な足の根元にピンクのエロティックな下着を身につけているだけの状態になっていた。
俺は思わず、顔を手で隠して目を逸らした。
「なんで、下着!?」
「だって替えの着替えないし……スカートしわついちゃうし、タイツ履いたままだと寝づらいから……」
身体をモジモジとくねらせながら、頬を真っ赤に染めて綾香がそう言ってきた。
落ち着け、何もやましいことはないのだから。これから一緒に寝るだけだと自分に言い聞かせて深呼吸をした。
「よしっ、じゃあ、行くか」
俺も上に来ていたジャケットを脱いで上半身はシャツ一枚の状態になった。室内は温度が調節されているためか、そんなに肌寒くはなかった。
「大地くんはズボン脱がないの……?」
「えっ……?」
綾香に唐突に言われて口をポカンと開けた。確かに俺の格好はジーパンなので、寝心地はあまりよくないが、別にしわも気にならないし、脱ぐ必要はないとは思うのだが…
綾香を見つめると、じぃっと俺の下半身を見つめていた……
やましいことはないはずなのに、何故だろう。脱がなきゃいけないという感じの雰囲気を受け取った。
「わっ、わかったよ……脱ぐよ……」
俺はゆっくりとベルトに手を当てて、ズボンを脱いで下着姿になった。
何故だろう……お互いにラブホテルという雰囲気にのまれて正常な判断が出来なくなってしまってるのか、ただ一緒に寝るだけなのに、とてもやましいことをしている感じになってしまった。
その謎の状況を打破することも出来ずにズボンを脱いだ俺は、スルスルとベットの中へと入っていく。
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