第59話 偶然の出会い

 高校のクラスメイトや部活仲間と遊んだり、散髪などに時間を要していたら、あっという間に帰省から3日が経っていた。

 今日は家族全員で、車で札幌まで遊びに来ていた。

 遊びに来たといっても、普通にショッピングをしに来ただけなのだが……

 

 もちろん地元にもいくつか服を買うお店はある。しかし、ファッションを重視するうちの母親がどうしても札幌まで出向いて見たい商品があるということで、片道2時間を掛けてまでわざわざやってきたのだ。

 女性陣は買い物をしていると時間を忘れ、永遠に買い物を楽しんでいるので、俺は父親に荷物番を任せ、暇つぶしに駅前大通りの地下街を一人で散策していた。

 札幌には、年に2、3回程度ではあるが訪れているが、地元とは違い、人が多く活気にあふれていた。都内の賑わいとまでは行かないものの、道内一の大都市ということもあり、多くの人々が各々の行く先へと行き来していた。


 地下街の散策を終え、そろそろお昼時になり、家族に合流しようと歩き出した時だった。

 トントンと誰かに肩を叩かれる。

 振り返ると、なんとそこには透明感あふれ出る美少女が立っていた。その美少女はニコニコとしながら俺に手を振っていた。なぜならば、彼女のことを俺は知っているからである。


「こんにちは」


 人気女優で同じ大学の友達である井上綾香いのうえあやかは、手をヒラヒラとしながら俺に声を掛けてきていた。


「綾香!? なんでこんなところにいるの!?」


 俺が目を見開いて驚いたように綾香を見つめると、綾香がニコっと微笑み口を開く。


「明日の仕事が急にキャンセルになってね、私も急にGW休みが出来たの! それで、折角だから実家に帰ろうかなっと思って、運よく飛行機が空いてたから、さっきこっちに戻って来たの。そしたら、偶然大地くんが地下街を歩いてるのを見かけて、最初は目を疑ったんだけど、よく見たらやっぱり大地君で! びっくりしたよ!」


 綾香はテンション高く、嬉しそうにここまでの経緯を話してくれた。


「そうだったんだ、それは確かにすごいな」

「本当にそうだよね!」


 まさか、全国で一番デカイ北の大地の同じところで都内の知り合いに出会うとは……本当になんというか……


「なんか、運命的だよね」


 俺が思っていたことを綾香が頬を少し染めながら上目づかいで言ってきた。

 むずかゆい気持ちになり、俺は視線を逸らす。

 お互いに甘酸っぱい雰囲気が流れる中、辺りがざわざわとどよめきだした。

 辺りを見渡すと、俺たちの方を見て、ヒソヒソ話をしていた。


「ねぇ、あれって?」

「絶対そうだよね!」

「井上綾香だ」

「すげー初めてみた!」

「隣にいる男はだれだ?」

「弟とかじゃない?」


 ヤバイ! 綾香がバレた!

 それもそのはずだ。都内に活躍の場を広げる前は、北の大地では知らない者はいないといわれるほどの有名人だったのだから。変装をしていない綾香がバレないはずがなかった。


「こっち来て!」

「えっ!?」


 俺は考える前に勝手に体が動き出し、綾香の腕を掴んでその場から立ち去った。

 ギャラリーは、手を引っ張られていく井上綾香の姿をボケっと眺めていたが、どうやら付いてくる者はいないみたいで助かった。


 俺たちは階段を下り、さらに地下街の下にある駐車場へと逃げ込んだ。


「あっぶね……大騒ぎになるところだったぜ……」


 俺は額に掻いた冷や汗を手で拭った。


「ありがとう大地くん。向こうでは普通に歩いてても気付かれないから変装してなかったんだけど……やっぱりこっちだとすぐにばれちゃうみたい」

「まあ、こっちで綾香のこと知らない人はいないからね、仕方ないっちゃ仕方ないよ」


 なんとか危機をやり過ごした俺たちは、綾香の変装を済ませて、もう一度地下街へ上る階段へと移動しようとした、その時だった。

 ふいに後ろから綾香に腕を掴まれた。


 振り返ると、綾香は頬を染め俯きながら黒縁メガネの中から見える目を泳がせていた。


「あのね……大地くん、その、不躾なお願いで申し訳ないんだけど……」

「どうした?」


 俺が心配そうに綾香の顔を覗き込むと、綾香は恥ずかしそうにしながらも意を決したように俺を真っ直ぐに見つめて、とんでもないことを言い放ったのだ。


「今から一緒に寝て……くれないかな?」

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