第58話 寂しかった(大空1寝目)

 東京アララ問題を解決した俺たちは、大空に都内での大学生活の話や、都内での暮らしのことなどを話しておしゃべりを楽しんだ。

 夕食を久々に春香が作ってくれてご馳走になり、両親が帰って来て、「あら? 帰って来たの?」と俺が帰ってくることを忘れられ、などと様々な出来事がありながら、あっという間に時間は過ぎていき、俺は1カ月ぶりの実家の2階にある自分の部屋の布団を敷いた。


 学習机とタンスなどが置かれたまま残っていた部屋は、少し妹の私物が置いてある以外は全く変化がなく、掃除もしっかりされているようで清潔に保たれていた。日頃の行いに感謝しながら、俺は歯を磨くため洗面所へと向かった。


 洗面所に向かうと、ピンクのモコモコとした冬用の寝間着を着こなして、先に歯を磨いていた大空の姿があった。


「はれ? おひいはん、ほおえうふほ」


 大空は俺の姿に気が付くと、歯を磨きながら喋ってきた。


「口をゆすいでから喋りなさい」

「ふぁーい」


 返事をすると、大空は口の中に水を含め、口を濯いでからこちらに話しかけてきた。


「お兄ちゃん、もう寝るの??」

「あぁ……長時間の移動で疲れちゃったからな。明日も出かけるし、早めに寝ようと思って」

「そっか、じゃあ私も今日は早く寝よっかな」


 そんなことを言いながら、俺のことをトンっとつついて大空は自分の部屋へと戻っていった。

 大空は元々寝るのが大好きっ子ちゃんなので、いつも寝る時間とあまり変わらない気がするが……

 そんなことを思いつつ、俺は歯ブラシに歯磨き粉を付けて、シャカシャカと歯を磨く。歯を磨いている自分の姿をマジマジと見つめていると、少し髪の毛が伸びた気がした。帰って来ている間に、髪も切りに行くか……今後の予定などを考えながら歯磨きを終えて、俺は部屋へと戻りドアを開けた。


 すると、部屋の中では、俺が敷いた布団に潜ってニコニコとしながら妹がスタンバイしていた。


「あ、お兄ちゃん! 一緒に寝よ!」

「大空……何やってるの?」


 俺が真顔で大空に尋ねる。


「え? 何って、1カ月会えなかった分のお兄ちゃん成分を補充するために一緒に寝ようと思いまして」


 後でたっぷり補充するとは、こういうことだったのかと理解した。


 頬を少し染めながらも、期待の目でこちらの様子を伺っている大空を見て、俺は思わずため息が漏らす。


「はぁ……全くしょうがないな大空は~」

「やったぁ!」


 俺は部屋の明かりをリモコンで操作して、蛍光灯の真ん中にあるオレンジ色の間接照明の明かりだけを付けてから布団へ侵入した。大空は真っ暗の部屋で寝ることが出来ないのだ。


「わぁーい、お兄ちゃんだ~、はぁ~お兄ちゃん暖かいぃ……」


 大空は俺が布団の中に入るなり、ちょこんと俺の腕に抱き付いて俺の体温を感じて堪能していた。


「ふぇぇっ~1か月ぶりのお兄ちゃんの匂いだよ~。幸せだよぉ~……」


 甘い吐息を吐きながら、満足そうな言葉を漏らしている妹が、布団の中でモゾモゾと身体を悶えさせている。


「あぁ~お兄ちゃん。あなたはどうしてお兄ちゃんなの??」

「急に何意味わかんないこと言ってるんだよ」

「だってぇ~……お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなかったら、私たち結婚出来るわけじゃん?? あっ! でも、お兄ちゃんじゃなかったらそもそも仲良くなれなかった可能性も!?? あ~でもでも……! 私が声を掛けたらお兄ちゃんが私にニコって笑いかけてそしてそして!!」

「はいはい、くだらない妄想はいいから」


 一人で暴走している妹をなだめて、大空の頭を抱き寄せて脇の下あたりに抱えてそのまま頭をポンポンと撫でてやる。


「はぁ~……これはお兄ちゃん必殺、『大空、愛してるぞ』攻撃!」

「いつ俺がそんな技名を付けたんだ!」

「エヘヘヘ……なんか言ってみたくなっちゃって」

「ったく」


 文句は言いながらも大空の頭をポンポンと撫でていると、今度は大空が俺の胸の辺りに腕を置いた。


「お兄ちゃん……」

「ん? どうした??」

「……寂しかった」

「おう、そっか」


 大空は顔を俺の脇の辺りに埋めてくっついてきた。


「帰らないで……」


 不意に大空がそんな言葉を漏らした。


「それは出来ないかな……」

「お願い、大空が高校進学するまででいいから……」

「ほら、余計なこと考えてないで、今いるお兄ちゃんをちゃんと堪能しないとダメだぞ」


 話を誤魔化すように俺は横になって、そのまま大空を撫でたまま、もう一方の手を背中に回してギュッと抱きしめた。


「うん……」


 甘い吐息を吐きながら、大空も俺に抱き付いて来た。大空の柔らかい身体の感触が全身に伝わり、お風呂上りのフワッとした甘い香りも漂ってきた。

 俺は一度大空の頭を撫でるのをやめ、大空の顔の前に顔を置いた。

 そして、ニコっと微笑みながら言った。


「俺も本当は寂しいけど、今大空に会えて、とっても幸せだぞ」

「本当に……?」


 シュンとしていた表情が徐々に明るくなってくる。


「あぁ、大空とこうやってギューってしながら一緒に寝たくてしょうがなかったんだから」


 俺はそう言うと、再び大空の頭を胸の辺りに抱き寄せて頭を撫でた。


「そっか……そか」


 大空は何か納得したように呟いた。そして、顔をスっと俺の顔の方に上げてニコっとした表情を浮かべる。


「お兄ちゃん」

「ん?」

「ありがと、私も大好きだよ!」


 そう言って恥ずかしそうに微笑みながら言い終えると再び大空は逃げるように顔を再び俺ん胸の辺りに埋めてしまった。

 俺はそんな可愛い妹を再びギュっと抱きしめた。


「おやすみ、お兄ちゃん……」

「あぁ……おやすみ、大空」


 そうお互いに挨拶を交わし、二人仲良く眠りに落ちていったのであった。

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