第52話 愛梨さんのこと(萌絵3泊目)

 萌絵が作ったプルコギは、家庭的な優しい味わいで、とても美味だった。

 夕食を美味しく味わって、お互いにシャワーを浴び、就寝の準備を終えた俺たちは、それぞれの布団に入り、寝っ転がったところだった。

 目覚ましのタイマーをセットして、電気の明かりをピっと消した。


「おやすみ~」

「うん、おやすみ」


 お互いに倒れ込み、横になった。


 しばらくして、モゾモゾという布団が擦れる音も消え、お互い眠る体制に入る。

 カチカチっという掛け時計の音だけが、部屋には響いていた。


「大地くん起きてる??」

「起きてるよ。どうかした?」


 すると、その静寂を破るようにして、萌絵が突然俺に声を掛けてきた。


「そのね、愛梨さんのことなんだけど……」

「……」


 俺は唐突に愛梨さんのことを話題に出され、思わず口ごもってしまう。

 そう、なぜならば先週の金曜日の出来事以来、俺は愛梨さんと連絡も顔も合わせておらず、気まずい状態が続いているからだ。


「大地くん?」

「ふぇ!? あ、うん何?」


 俺が黙っているのを疑問に思い、萌絵が不安そうな声で呼んで来たので、咄嗟に返事を返すと、萌絵が話を続けた。


「愛梨さん、なんかバイト先でも元気なくて、ずっとため息ばかりついてるから心配で……大地くん何かしらないかなと思って」

「え、う~ん……」


 俺は愛梨さんの元気がない原因を必死に考えた。だが、俺は思いつくことは、やはり俺との金曜日の出来事以外何も思いつかない。


「ごめん、わかんないや」

「そっか」


 だから、俺が誤魔化してそう言うと、萌絵は納得したのか納得してないのかよく分からない返事を返してきた。

 そして、萌絵はふぅっと息を吐くと、モゾモゾと布団から動く音が聞こえ、そのまま身体を俺の布団の目の前まで持ってきて、顔を覗き込んできた。

 萌絵の顔が急に目の前に現れ、俺は驚いた表情を浮かべて目を泳がせていたが、萌絵はじぃっと俺の表情を伺うと、フフっと破顔した。


「ま、何があったか知らないけど、愛梨さんのこと悲しませたらだめよ」

「いや、だから俺は何もしらっ……」

「おやすみ~」


 萌絵は俺が言おうとした言い訳を聞くことなく、そのままもう一度自分の布団に戻り、眠りについてしまった。


「……」


 俺が言葉にならない何ともいえない息を吐くと、起き上がらせていた身体をバタンと布団に戻した。



 ◇



 ふぅっと息を吐いて部屋の天井を見上げた。しばらく手を頭の後ろに置きながら、愛梨さんのことを考えていた。

 ふと萌絵の方を見ると、スヤスヤと寝息を立てて眠っているようだった。

 俺は先ほど萌絵に言われたことを思いだす。


「愛梨さんのこと悲しませたらだめだよ」


 再び天井の方へ頭を向け、


「悲しませたらだめだよ……か」


 とボゾっと一言言い残して、萌絵とは反対側へ体を向け、眠りについた。

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