第51話 料理する彼女(萌絵3泊目)
木曜日、きれいな夕焼けが都会の空に輝いている中、俺は部屋の机でキッチンに立つ彼女をただぼおっと眺めていた。
タンタンタンとリズミナルな包丁の音を奏で、野菜を丁寧かつ素早く切っていくしなやかさ。切った野菜をザルに入れ、先にフライパンを用意しておく手際の良さ。
キッチンの下から調味料を取りだして、計量カップで測りながら味付けの下準備をしていく丁寧なまごころさ。
先に切っておいたボウルに入った肉に、先ほど用意した調味料を加え、肉に下味をつけていく。よく掻きまわしてから、今度はザルに入れた野菜もボウルの中に入れていき混ぜていく正確無比な料理スキル。
オレンジのエプロンの下に白いシャツを着こなし、シャツをまくった先から伸びる白くて健康的な細い腕で懸命に具材を混ぜているその姿は、一生懸命彼氏に料理を作ってくれている彼女のように思えてしまう。
彼女は具材をかき混ぜ終わり、一度べた付いた手を石鹸でよく洗う。
タオルでぬれた手を拭き、キッチンの下から、今度はフライパンに火をかける。
フライパンを温め、油を適量入れて温まったことを確認すると、先ほど混ぜた具材を一気に投入して炒める。
ジューっという音が部屋に鳴り響いた。炒めているショートヘアーの彼女の立ち姿は、大人の雰囲気を出した主婦のような佇まいにも見えてくる。辺りには湯気が立ちこめて、その煙がいいにおいと一緒に俺が座っているところまで香ってきた。
彼女は火を止めて、完成した具材を乗っけるため、食器棚からお皿を取りだす。ショートヘアーの茶髪の髪がフワっと揺れ、彼女のすらっとした首筋がちょこっと見えた。
食器棚から大きめのお皿を取りだし、フライパンからお皿に炒めたものを盛り付けていく。
「よしっ、完成」
彼女は嬉しそうにボソっとそう呟いた。
盛り付けを終え、フライパンをコンロに置き、お皿を持ちあげこちらへ持ってきた。
すると、その様子をボケっと眺めていた俺と目が合った。
丸くて小さい顔を向け、頬を赤く染めた。
「もしかして、さっきの聞いてた?」
「何が?」
「そのぉ……私が独り言言ってるの……」
萌絵は恥ずかしそうに目を逸らしながら尋ねてくる
「あぁ、まあ」
「もう……」
ってか調理している間ずっと見てました。とは口が裂けても言えなかった。
そんなにモジモジされてしまうとこっちまで調子が狂ってしまう。
萌絵は恥ずかしそうにしながらも、大きめのお皿に盛り付けたプルコギを机の上に置いた。
今日の朝に萌絵から連絡があり、
『ごめん、今日も親から帰るなって言われちゃって……もしよかったら泊めてくれないかな?』
とメッセージが届いて
『あぁ、いいぞ』
と返信を返した。のだが、その後萌絵から
『バイトが早番で早く終わるから泊めてもらうお礼として夕飯を作らせてほしい』
という頼みを受け、こうやって夕食を萌絵に作ってもらっていたのだ。
「ごめん、簡単なものしか作れないけど……」
「いや、ずげ手際よく料理してたしびっくりした。萌絵って料理得意なんだな」
「うん、両親の帰りが遅くて、小さいころからよく作ってたから」
手で茶髪の髪をクシャクシャと掻き、恥ずかしそうに頬を染めながら萌絵は謙遜するように言った。
「ってか、ずっと見てたの……!?」
さらに体を縮こませ、モジモジしながら聞いてくる。
「え? あ、いや、なんか気付いたら見とれてて……あはは……」
俺が頭の後ろに手をやりながら笑みを浮かべると、萌絵は頬をさらに真っ赤に染め、ふいっとそっぽを向いてキッチンへ逃げるように戻っていってしまう。
「取り皿とかお箸出すの手伝って」
苦し紛れにそんないい訳をしながら萌絵はエプロンを外す。
「はいよ」
俺は机から立ち上がり、キッチンの方へ向かっていく。
萌絵の隣と通るとき、チラっと横顔を覗くと、メイクをバッチリとした顔で、嬉しそうにニコっと笑みを浮かべる姿は、大人の雰囲気は消え、年相応の可愛らしい女の子の萌絵になっていた。
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