第50話 変態お兄ちゃん再び(愛花3泊目)

 3時間目の授業が終わり、時刻は午後9時を回ろうとしていた。


 俺は、授業を受け持っている中学生の子を入口まで見送り、ようやく今日のアルバイトの仕事を終える。

 すると、丁度自習を終えて帰宅する愛花が入口にやってきた。


「お疲れ様」


 コクリと頷いた愛花は、パっと手に持っていた紙切れを俺に渡してきた。

 俺は首をかしげながらも、その紙切れを受け取った。

 愛花はそのまま何も言わずに、そそくさと教室を後にした。


 俺はその紙切れを見ると、二つに折りたたまれており、『バイトが終わったら見ること』と書かれていた。

 何だろうと思いながらも、俺は紙切れをポケットにしまった。

 生徒たちは全員帰宅し、後片づけを済ませ、更衣室でスーツから私服に着替えている時、再びポケットから紙切れを取りだして中を覗いた。

 すると、そこには『アパートの前で待ってる』と一言書かれたメッセージと『これ登録して、バイト終わったら連絡』と書かれた下に、通話アプリのユーザIDが書かれていた。

 俺は思わず苦笑いを浮かべる。

 なんだよ、今日は大人しいなと思ってたのに結局泊りには来るのかよ……

 そう心の中で思いつつ、私服に着替え、スーツを更衣室のハンガーに掛けて校舎を後にした。


「お疲れ様です」

「おう、お疲れ様」


 川口先生など、他の講師たちと校舎の前で別れ、アパートへ向かって歩きだした。


 帰っている途中に紙切れに書いてあるユーザーIDを入れ、友達登録を済ませた。

 そこには、『aika』というハンドルネームにシンプルな空の写真がアイコンとして画面に表示されていた。

 俺は、トークボタンを押して、連絡を入れる。


『今終わって、歩いてるぞ』


 すると、すぐに既読が付いて返信が帰ってくる。


『遅い、何してんの? 早く来てよ』

「生意気な……」


 思わずそう愚痴を零しつつ、怒りを抑えて返信を返す。


『はいよ。』


 俺はそう一言返信を返し、スマホの画面を閉じて、アパートへの帰り道を急ぎ足で歩いて向かった。



 ◇



 アパートの前に到着すると、電柱の柱にもたれかかりながら俺の帰りを待っている愛花の姿があった。

 下を向き、足をプラプラとさせながら退屈そうにしていた。

 俺が愛花に近づいていくと、足音に気が付いた愛花はスっと俺の方を見つめる。

 一息ため息をついて、俺の方へ向かってきた。


「遅い、何してたの?」

「いや、片づけしたり着替えたりしてたら時間かかった。それに、手紙見るまで家に来るってわかんなかったし」


 俺は、ヒラヒラとポケットから取りだしたその愛花から先程受け取った紙切れを、愛花の前で見せた。


「当たり前でしょ、これから水曜日は毎週泊まるからよろしく、あと時々連絡もするから」


 そう言い残して、そそくさとアパートの階段をトコトコと登っていく。

 マジかよ…… 

 俺は呆れ半分諦め半分な気持ちで、愛花の後を追った。


 部屋の前に到着して、玄関の鍵を開けた。扉を開け、靴を脱ぎ、部屋の電気を付けた。パッと明るくなり、いつもの部屋の景色が広がる。


「お邪魔します」


 ゆっくりと部屋に上がった愛花は、その大きな荷物を机の前に下して一息ついた。


「はぁ~疲れた」

「それ、なに入ってるんだ?」

「体操服とか今日の寝間着とか学校の物とか色々。あ、体操服見たい?」

「いや、いい」


 俺はそう言い残して、冷蔵庫の方へと向かっていく。


「あっそ」


 荷物からパっと袋のようなものをを取りだすと、愛花は


「シャワー先に浴びるね」


 と言い残して風呂の方へそそくさと向かっていってしまう。



 俺は愛花が風呂場へ向かっていくのを視界の端で見送ってから、冷蔵庫からお茶を取りだし、コップに注いでゴクゴクと飲んだ。

 渇き切っていた喉が澄み渡るような爽快感に包まれ、ふぅっと息を吐いた。

 コップをシンクに置いて、机の方へ戻ろうとした時だった。

 ドスドスという音と共に、愛花が洗面所から体操着の格好で現れ、そのまま俺にダイブしてきた。


「うわっ!」


 俺はとっさに愛花を待ち構える体制を取り、愛花を抱き留める。

 その勢いのまま、俺と愛花は端に畳んで置いてあった布団にダイブした。

 ボフっという音と共に布団に背中を打ち、お互いに抱き合った状態で倒れ込んだ。


「……おい」


 すると、愛花は昼の時のようなニヤリとした笑みで俺に微笑んできた。


「どう? 変態なお兄ちゃん、現役JKの汗がたっぷり染み込んだ体操服に汗をいっぱい掻いたJKの体のダブルセットは?」

「お前はいちいち言い方が変態チックなのはやめろ」

「だって、変態お兄ちゃんはその方が興奮するでしょ?」

「んなわけあるか!」

「そんなことはどうでもいい。とにかく感想」


 愛花は再びギュっと俺の背中へ腕を回しギュっと抱き付いた。

 んな横暴な……っと心の中で愚痴を零しつつ、俺は一言ため息をついてから適当に返す。


「はいはい、いい匂い、いい匂い」

「心が籠ってない、ちゃんとクンクン匂い嗅いでもう一回」


 愛花は俺の態度がご不満だったらしく、ムスっとした表情で俺を睨みつけた。


「適当に言った罰として、私をギュって抱きしめながら思いッきり私の匂い嗅いで、『はぁ~いい匂い。』って言うまで離さないから」

「なっ、お前!」


 愛花は、そのまま俺の肩の横に顔を置いて、抱き付いたまま何も言わなくなってしまった。


「……」


 俺は力ずくで引き剥がそうか迷ったものの、自然と漂ってくる愛花の甘酸っぱい匂いを嗅いで、思わず嫌いではないな……と頭の中で思ってしまっているダメな自分がいることに気が付いた。

 そして、チッっと一度舌打ちをして肩の力を抜いた。意を決して息を吐いて、愛花の体操服と胸元辺りを一気に嗅いだ。

 時間が経った体操服と、愛花の身体から漂う甘酸っぱい匂いを俺は堪能する。俺の中の変態的なフェチズムが再び湧き上がり、気が付けば滅茶苦茶愛花の汗臭いその甘酸っぱい匂いを堪能してしまっていた。

 俺は、はっ!と我に返り、咄嗟に体操服から離れた。

 

 愛花の方を見ると、ニヤニヤと勝ち誇ったような上目づかいで俺を見つめていた。

 俺は顔が熱くなるのを感じながら、愛花から目を逸らしてぼそっと言った。


「いい匂いだ……ぞ」


 俺は恥ずかしかったものの、おそらく本心であることは間違いなかった。


「本当に?」

「あぁ、本当だ」

「じゃあ、もっと嗅いで?」

「……」


 俺は苦笑を浮かべるが、仕方なくもう一度胸元へと近づき、愛花のにおいを嗅いだ。


「私の汗の匂い好き?」


 愛花は俺の頭を両腕で抱え込むようにして抑えて、自分の体操服にこすりつけるようにして質問を投げかけてくる。


「あぁ、たまらないほど好きだよ」


 ちょっとオーバーに表現してみた。ええい、もうここまで来たら愛花が満足するまでなんだってしてやる。俺はそんな投げやりな気持ちになっていた。


「そっか……やっぱり変態だね。お兄ちゃんは」

「あぁ、そうだ。俺はJKの汗の匂いを嗅いで、いい匂いだと感じる変態お兄ちゃんだ」


 俺はそう言ってもう一度思いきり体操服の匂いを嗅いだ。


「……バカぁ~」


 さすがにやりすぎたか? 俺がそう思って愛花の様子を伺うと。表情かは確認できないものの、耳を真っ赤にしていた。


「ふぅ……よいしょっと」


 愛花は俺の頭を解放して、俺から身体を離して、ヒョイっと立ち上がる。


「お兄ちゃんが素直になってくれたから。次回はもっと凄いご褒美あげるね♪」


 ニコっと笑い、そう言い残して颯爽とお風呂場へと去っていく愛花。

 俺は人間的に色々とアウトとなことをしてしまった気がしたが、どうやら愛花のお気に召したようなのでそれでよかったのだろう。

 俺は気疲れなのか一気にどっと疲れが押し寄せてきた。


 結局この後は、特に何事もなく、俺が再び変態であることが最認識させられる一日となった。それにしても、もっと凄いご褒美っていったい何なのだろう?

 この時の俺は、次の愛花のご褒美に、期待と不安が入り混じるような感覚が芽生えていた。だが、心なしか、それも嫌な気分ではない自分がいることに一番驚いた。

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