第53話 1軍決め(愛梨4泊目)
今回は愛梨さんのお話が3日連続で続きます。
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金曜日、授業を終え、今日も『FC RED STAR』の活動に参加していた。
俺は、愛梨さんと顔も合わせることが出来ずに相変わらず先週からの気まずい雰囲気が続いていた。
一方の愛梨さんの方も、サークルの女友達とニコニコとお喋りはしているものの、一人になるとどこか寂しげな表情を浮かべている気がした。
ウォーミングアップをしながらそんな様子を観察していると、太田先輩が一年生を呼び集めた。
「今日は軽くウォーミングアップをした後、1年対上級生の試合を行うから各自準備しておくように」
そう言われザワザワと一年生が不安そうにキョロキョロとし始めた。
それもそうだ。俺も含めて、1年生だけでチームを組むなんて初めてのことだし、どうすればいいかわからない。
「とりあえず、一年でこっちに集まろう」
そう言って、どこぞやの新歓で隣の席にいた確か……橘だったっけか?
そんな名前らしきやつが俺たち一年生を仕切りだす。
お互いに2、3人の友達はいるものの、こうやって1年生全員が集合するのは初めてだった。
お互いに名前も知らない人もいたので、軽く自己紹介を行って、この後の試合に向けたポジション決めを行った。
一年生は全員で15名ほどいたので、前後半出る人と、前半と後半で交代する人に分けた。
サッカー経験者や元運動部の奴らは、体力があるという理由で、前後半出ることになり、もちろん俺もそちらに振り分けられた。
そして、緑のゼッケンを付けた俺たちは、円陣を組んでからピッチへと向かう。
相手の上級生チームには、太田先輩や冨澤先輩、そして愛梨さんの姿もあった。
整列をして挨拶を交わしてから各ポジションに選手たちが散っていく。
俺は前線のFW2トップの一角を任されることになってしまった。
まあ、お遊び程度の腕試し程度の試合だから、正直ポジションとかはあまり関係ないだろうとこの時は油断していた。
ピっと言う審判の笛が鳴り、試合が始まった。
◇
しかし、俺が思っていたお遊び程度の試合ではなく、上級生の表情は笑み一つも浮かべぬ、真剣そのものだった。
お遊びでは絶対にしないようなタックルやスライディングを一年生相手にお見舞いしていた。先輩たちの試合に対する姿勢は、本気そのものだ。
その上級生チームの一人である愛梨さんも、華麗なテクニックで一年生のディフェンスをあざ笑うかのように抜き去っていき、幾度もなくチャンスを演出していた。
一年生チームは上級生チームの本気具合に度肝を抜かれ、あっという間に2失点をしてしまう。
「俺たちもガチで頑張ろう!!」
橘?くんがそう声を上げて俺たちを鼓舞した。
流石の一年生たちも、いつもと違う雰囲気を察したのか、段々と本気モードになっていくが、上級生チームは愛梨さんを筆頭に、テンポよくパスを回して一年生ゴールに襲い掛かるように攻撃を繰り返していた。
俺は、防戦一方の展開だったため、全く前にボールが回って来ず、センターサークル付近で突っ立っている時間が多く続いた。
そんな中、2点ビハインドでなんとか迎えた後半終盤。運よく、味方が先輩からボールをインターセプトして、俺にロングパスを送ってきた。
俺は、ボールの着地点を目測して、走りながら後ろからくるボールをトラップして、足元にキープしてから前を向いてドリブルを開始する。ゴール前を見ると、ゴールキーパーが余裕をぶっこいて、ペナルティーエリアから随分前の位置に飛び出していたので、急ぎ足でゴール前へ戻っているのが見えた。
俺はそのチャンスを見逃さまいと、気が付いた時には、思い切って右足を振り抜いてロングシュートを放っていた。
◇
帰り道、先ほどまでの気まずい雰囲気が嘘のように、愛梨さんが俺をべた褒めしながら、二人でアパートへの帰り道を歩いていた。
「いやぁ、それにしてもよく決めたね。あのロングシュート!」
「まあ、たまたまですよ」
「またまた~」
愛梨さんに脇腹をつつかれた。
俺が放ったロングシュートは、キーパーの頭上を通り越し、ゴールネットに吸い込まれた。
「ナイス!!」
「よくやった!」
チームメイト達に頭をたたかれ、手荒い祝福を受けた。
しかし、試合はそのまま2-1で終了し、1年生チームは敗戦となったのだが、俺は一つ疑問に思っていたことを愛梨さんに投げかけた。
「でも、なんで1年生と上級生で試合やったんですかね?」
「ん? それはもちろん、1軍決めだよ」
「1軍決め?」
「この時期に、1年生に内緒で急に上級生と試合をして、ビビらないで結果を残した人が来週からの一軍練習に混ざれるって感じなのよ。あ、大地君は得点決めたしほぼ主力組は決定的かな~」
ニコニコとしながらそんなことを言ってきた。え? 何? 今日の試合ってそんな意味合いが込められてたの!?
「全然知らなかったんですけど……」
「そりゃ教えるわけないじゃない、一年生には内密で毎年行われる一大イベントなんだから」
なるほど、そういうことだったのか。俺たち一年生で急に組ませて、どの程度の実力があるのか計ってやろうじゃないかって言う魂胆だったのか……
俺たち一年生はまんまと先輩たちの罠に嵌ってしまったということだ。
◇
この後、俺が試合のことについて考え込んでしまい、しばらく俺と愛梨さんの間に沈黙が続いてしまった。
俺と愛梨さんの足音だけがトコトコと夜道に響いていた。
ふとチラっと愛梨さんの様子を伺うと、愛梨さんも地面へ視線を向きながらも、時々チラチラとこちらの様子を伺っているようだった。
再び俺と愛梨さんの元に気まずい雰囲気が流れだしてしまう。
そのまま何も発することがないまま、気が付いた時にはアパートの前に到着していた。
ここで俺がようやく沈黙を破った。
「えっと、それじゃあ俺はここで」
「うん……」
愛梨さんはちょこんと俺の方を向くと、手を腰の辺りまで上げてヒラヒラと手を振っていた。
俺が愛梨さんに手を振り返し、玄関に向かった時であった。
「大地くん!」
愛梨さんに呼び止められた。俺はクルっと振り返って愛梨さんの方を見る。
愛梨さんは頬を染めて体をモジモジとさせて落ち着かない様子であった。
「そのぉ……話があるから、上がっていってもいいかな……?」
話というのは、間違いなく先週の俺がやらかした失態である告白のことであろう、俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「はい、わかりました」
そう一言告げて、俺は愛梨さんを再び部屋へと案内した。
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