第44話 やはり井上綾香は、内緒で南大地を抱き枕にして寝たい(綾香3泊目)

 結果から言うと、大乱闘は健太、綾香チームの圧勝だった。

 俺が下手というのもあったのだが、綾香が素人とは思えないほどの腕前を見せ、けちょんけちょんにされてしまった。

 元々、ゲーム好きであることや、昔のゲーム機でひたすら友達とやっていたらしく、頬を染めながら謙遜していたが、綾香の表のイメージとはかけ離れた印象だったので意外な発見だった。


 それからしばらくゲームを楽しみ、あっという間に時間は過ぎていき、気が付けば夜の20時を回っていた。

 健太達は、明日朝早いとのことで帰り支度を終え、今は玄関で見送る体制に入っていた。


「それじゃあ、お邪魔しました!」

「今日はありがとうな!」

「おう、また大学で」

「うん、またね!」


 3人は玄関から出て、手をヒラヒラと振っていた。


「帰り道分かる?」

「うん? 多分?」

「まあ、最悪GPSのナビ使うわ」

「分かった」


 3人は手をヒラヒラとさせながら、アパートの廊下を階段の方へと歩き始めた。

 健太と詩織が階段の方へ身体を向け、綾香は少し遅れて歩き出した。

 すると、綾香は二人にバレないように振り返り、俺にスマートフォンを指さすジェスチャーをした。どうやら後でまた連絡をするということなのだろうか。

 俺は無言でコクリと首だけ縦に動かして、綾香に合図を送る。

 綾香はその様子を見ると、安心したようにニコっと微笑んで、健太達の方へ踵を返して、後を追っていった。


 トコトコという階段を下りる足音が響き、姿が見えなくなったところで、俺は玄関の扉を閉めた。部屋に再び静寂なひとときが戻って来た。


 流石に、3人が一気にいなくなると、寂しさを感じてしまう。

 机の上に散らかっているお菓子の残骸や、漫画などを片づけて、夕食の準備に取り掛かった。

 

 先ほどまでお菓子を食べていたこともあり、お腹があまり空いていなかったので、冷凍ご飯を温め、冷蔵庫に保管してあった梅干をご飯に乗っけた質素な夕食を済ませることにした。

 机でテレビを見ながらご飯を食べていると、スマートフォンのバイブレーションがブルブルっと震えた。

 画面を確認すると、綾香から電話がかかってきていた。

 俺は通話ボタンを押して、スマートフォンを耳に近づける。


「もしもし綾香?」

『大地くん、今日はありがとうね』

「いや、いいって、俺も楽しかったし」

『そっか、それならよかったー』

「それで、さっき電話するみたいなジャスチャー俺にしてたけど、なんか用事でもあった?」

『あっ……それなんだけど……』


 綾香は電話越しに何か言いたげにしていたが、黙って何も言わなくなってしまった。

 俺はしばらく、綾香が言葉を発するのを待っていると、しばらくして、ボソボソと恥ずかしそうな声が聞こえてきた。


『実は、詩織たちと別れた後ね、引き返してきて、今大地くんのアパートの前にいるの』

「え!?」


 俺は驚きながら立ち上がり、玄関の方へ向かってドアを勢いよく開けた。

 廊下からアパートの前を見ると、こちらを向きながらスマートフォンを耳に当て、電話をしている綾香の姿があった。


『今日も……泊まっていってもいいかな?』


 綾香は俺を見つめて、頬を染めながら、電話越しで恥ずかしそうに小声でそう言ってきた。


「お、おう……」


 俺は、ドラマのワンシーンのような、綾香の透き通った立ち姿に見とれてしまい、気が付いた時にはボソっと一言、空気を漏らしたような声でそう返事を返すことしか出来なかった。



 ◇



「もう一回、おじゃまします……」


 申し訳なさそうに腰を低くしながら、玄関へと綾香が再び入って来た。

 俺は玄関に座りながら靴を脱いでいる綾香を、ボケっと眺めていることしか出来ない。

 靴を脱ぎ終わり、スっと目の前に立った綾香は、俺が棒立ちでこちらを見つめていることに疑問を抱き、キョトンと首を傾げた。


「どうしたの??」

「あ、いやぁ、なんでもない……」

「ありがとうね、また泊めてもらっちゃって」

「あ、うん、別に」


 綾香慣れ親しんだように机の前に自分の荷物を置いて、机の前に座った。


「あ、ご飯食べた?」

「うん、さっき駅前で軽く食べてきたから大丈夫!」

「そか、ならよかった」


 俺は、そんな素っ気ない会話をしてから、遅れるように机の向かい側に座った。

 綾香は両手を上に挙げて伸びをしていた。


「ん~!それにしても、健太君達がいた時は、流石に気を使って疲れちゃった。あんまり崩して座れなかったから足がしびれちゃったよ」

 

 そんなことを言いながら、綾香は座る足を崩して、リラックスしたように肩の力を抜いていた。

 流石、芸能人。オンオフの切り替えはしっかりしているな……


「ふふっ」


 すると、綾香は急にクスっと笑った。


「どうかした?」

「いやぁ、大地くんと二人きりでいると、なんか落ち着いちゃうっていうか、素の自分をさらけ出せちゃうなって思って。どうしてだろうね?」


 えへへと笑いながらそんなことを綾香が言ってきたので、俺は反応に困ってしまう。


「さぁ、なんでだろうな?」


 俺はわざとらしく肩をすくめて、分からないと言ったようなジャスチャーをして見せる。


「ま、いいか!先にお風呂入ってもいいかな?」

「あ、うん。また、ジャージ出しておくね」

「ありがとう。大地くんも早くご飯食べてね」


 綾香はそう言い残すと、お風呂場の方へと向かっていくが、姿が見えなくなる寸前に立ち止り、俺の方を振り返る。


「明日も私休みだから……今日は大地くんと沢山一緒に寝れるね!」


 少し頬を染めながら、屈託のない笑顔で綾香はそういい残して、お風呂場へと向かって行った。

 俺はポカンと口を開けて眺めていることしか出来なかった。

 その笑顔でその発言は……色々と勘違いするだろうが……

 気が付いた時には、自分の顔が、火照るように熱くなっているのが分かった。



 ◇



 お風呂から上がり、寝る支度を整え、俺たちは布団を1枚だけ敷いた。

 来客用の布団を取りだそうとして立ち止り、俺は綾香の方を振り返った。


「どうする……」


 俺は明確に何をとは言わずに綾香に質問をした。


「一緒に入っちゃおう」


 綾香は俺が言おうとしていることを汲み取り、そう言った。 


 綾香は慣れ親しんだかのように毛布を捲り、先に布団に入った。


「こないの?」

「あ、うん……」


 綾香に言われ、俺も後から恐る恐る自分の布団に入る。

 布団の中に入り、綾香が捲っていた毛布を俺と自分の身体に掛けた。

 毛布にくるまると、だんだんと綾香の温かい身体の熱が伝わってきた。とても心地よい温かさで、若干毛布の下の方に籠ったぬくもりが気持ちいい。


「電気消すよ」

「うん」


 俺が電気のリモコンをポチっと押して、部屋の明かりを真っ暗にする。

 辺りが真っ暗になり何も見えなくなった。その時だ、綾香が一気に俺の頭を抱えこみ、そのまま綾香の胸元へと抱き寄せられた。


「はぁ~大地君~」


 嬉しそうに感嘆の声を上げながら、綾香がギューっと俺を抱き枕にしてきた。

 俺はなすがままに綾香の胸元へと吸い込まれる。上下グレーのジャージからは、お風呂上りの綾香のいい香りが漂っていた。同じボディーソープを使っているはずなのにどうしてこんなにもいい匂いがするのだろうか……


「ふふっ……」

 

 すると、綾香がクスっと笑った。


「どうしたの?」

「いや、なんかこうしてると、私たち、新婚さんみたいだね」

「お、おう……」


 唐突に言われて、俺は上手く受け答えができずにどもってしまう。


「ねぇ、大地くんも私のこと抱きしめてみて」

「えっ? いやっ、それは流石に……」

「いいから、いいから!」


 俺は戸惑いながらも、恐る恐るゆっくりと意を決して、綾香の背中に両手を回して抱きしめる。

 柔らかい綾香の感触が腕に直に伝わってきた。

 どうして女の子の身体って、こんなにも柔らかくて心地がいいのだろうか……

 俺がそんなことを思っていると、綾香は満足そうに息を吐きながら、さらに抱き付く力を強めてくる。


「はぁ……最高……」


 幸せそうな吐息を漏らしつつ、綾香は俺の頭を撫で続ける。俺も綾香の柔らかくて温かい身体を感じながら、眠気に負けるように目を閉じて、眠りについていった。

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