第32話 中華(優衣2泊目)
あの後、結局綾香は仕事ギリギリまで俺と一緒に惰眠を謳歌して、そのまま仕事へと向かって行った。
そして呆けたまま日曜日が過ぎていき、今日は月曜日。再び今日から一週間が始まった。
大学に登校して来たのはいいが、綾香とどうやって顔を合わせればいいんだ?
それにしても、綾香の胸枕、心地よかったなぁ……じゃなくて!
俺は頭の中で、つい綾香との出来事を思いだしてしまう。あの温かくて心地よい感触は、そう簡単に忘れられるものではない。俺はブンブンと首を振り、煩悩を振りはらう。
そんなことをしているうちに、いつもの授業の教室に到着してしまった。
教室に入ると、いつもの席の辺りに健太がおり、挨拶を交わす。
「おはよ」
「おっす」
健太の隣の席には、既に綾香が到着していた。
綾香は俺の方へ顔を向けると、いつものにこやかな笑顔で挨拶をしてきた。
「おはよう」
その笑顔を見て、また休日の出来事を思い出してしまう。
「おう……おはよ」
俺は顔を逸らしつつ、ぼそっと挨拶をして席に座った。
俺とは違い、綾香の反応はいたっていつも通りといった感じだ。顔色一つ変えずに、いつもの井上綾香という感じであった。
一昨日のことは、綾香にとっては気にならない出来事なのだろうか? やはり女優さんだから、いろんな人と演技などでも、ハグのシーンなどで抱き付いたりしているので慣れてるのだろうか? そんなことを思ってチラっと綾香の方を見る。
すると、綾香も俺を眺めていたようで、振り向くとすぐに目線を机の方へと逸らしてしまう。
綾香の耳は真っ赤に染まっており、恥ずかしそうな表情をしているのがチラっと窺える。あぁ、やっぱり向こうも気になってたんだな……綾香の反応を見て、自分だけではないと分かり少し安心した。
結局、その後はお互いに一言も話さないまま、月曜日の授業を受け続け、何とも言えない気恥ずかしい空気が二人の間に流れていった。
◇
みんなと別れて、スーパーで食材を買ってアパートへと帰宅した。
今日は無性に餃子が食べたくなったので、スーパーで冷凍餃子を購入して調理してようとしているところであった。
すると、ピンポーンと家のインターフォンが鳴った。キッチンから玄関へ向かい、ドアの小窓を確認すると、そこにはスーツ姿の優衣さんが立っていた。どうやらちょうど仕事から帰って来たところらしい。
俺が玄関を開けると、元気よく挨拶してきた。
「こんばんはー、大地くん!」
右手をひらひらと振って元気よく挨拶をしてきた優衣さんの左手には、スーパーの袋がぶら下がっていた。
「こんばんは、優衣さん。今帰りですか?」
「そうそう」
優衣さんはニコっと笑いながらそんなことを言いつつ、左手に持っていたビニール袋を掲げた。
「じゃじゃ~ん! 見て! 美味しそうだったから買っちゃった」
中身を見せながら優衣さんは自慢してきた。俺が中身を確認すると、そこにはスーパーのお惣菜のチャーハンと麻婆豆腐が入っていた。
「ちょうどスーパーで美味しそうだったから買ったんだけど、一人だと量が多いから一緒に食べない?」
無邪気に子供のようなニコニコとした笑みを浮かべながら、優衣さんが提案してきた。
俺は優衣さんのそんな笑顔を見て、つい笑みがこぼれてしまう。
「全く、しょうがない優衣さんですね」
俺は苦笑いを浮かべながら優衣さんを見つめた。
「えっ? もしかしてダメだった?」
優衣さんが戸惑うような表情を浮かべた。
「いいですよ、一緒に食べましょ」
「本当に? やったぁ!」
俺がにこやかな笑みで微笑み返してそう答えると、優衣さんは嬉しそうに可愛い声を上げて喜びをあらわにする。
「とりあえず、こっちで準備しておくんで、着替えてきたらどうですか?」
「うん、ありがと」
俺は、優衣さんからスーパーの袋を受け取り。優衣さんは一旦着替えるために、自分の部屋のドアへと向かい、鍵を開けて軽い足取りで部屋へと入っていった。
その様子を見届けた俺は、玄関のドアを鍵を掛けずに閉じた。
優衣さんから受け取った袋からチャーハンと麻婆豆腐を取りだしてレンジに入れ、冷凍庫を開けて余っていた冷凍餃子を取りだした。
フライパンを温めて、餃子を用意していると、トントンと玄関のドアが叩かれる音がした。
「鍵空いてるのでどうぞ」
俺が大きめの声でそう言うと、ガチャっとドアノブが回る音がした。
「おじゃましまーす」
部屋着に着替え終わった優衣さんが入ってきた。優衣さんはサンダルを脱ぎ捨ててキッチンの方へ向かってくる。
「えい!」
俺は頬に何か冷たいものを当てられて思わず驚いてしまう。
「あはは……ごめんごめん」
ニコニコと笑いながら手に持っているその缶をヒラヒラと見せていた。
そこには、銀色の缶ビールを1本持っていた。
「お酒持ってきちゃった」
すごい嬉しそうにお酒を俺に掲げながら自慢してくる優衣さん。
そんなこともつかの間、今度はキッチンの方を見て目をキラキラさせる。
「え、餃子じゃん! どうしたの!?」
「あ、いや。無性に食べたくなって買ってきたんですよ」
「そうなんだ。中華で被るなんて偶然だね」
「そうですね」
お互いにふと笑みがこぼれた。
「じゃあ、私お皿とか用意しておくね」
「はい、お願いします」
優衣さんは上機嫌のまま部屋の机の方へ向かっていき。食器の準備などを始めてくれる。
俺は温めたフライパンに冷凍餃子を置いていき、調理を開始した。
◇
料理が無事に完成し、机に並べられた。
お皿に盛り付けなおしたチャーハンと麻婆豆腐に、フライパンで焼いた冷凍餃子が湯気を上げていた。
「うわぁ~美味しそう」
優衣さんはフニャリとした表情で、今にもよだれが垂れそうなほどに、キラキラとした目で料理を見つめていた。
「食べましょうか」
俺が優衣さんとは向かい側に座って、いただきますの挨拶をする。
「いっただきまーす」
大きな声で手を合わせて、優衣さんは箸を掴んで餃子に手を付けた。
醤油を垂らしてラー油を少しつけて口に頬張った。
「んん~!!!」
歓喜の声を上げながら味を噛みしめるように食べて、飲みこむ直前に缶ビールを一気に煽った。
「ぷはぁ~。はぁ、最高!」
優衣さんはいい飲みっぷりで、グイグイと酒のつまみで餃子や麻婆豆腐を食べていた。
俺はそんな優衣さんを苦笑いしながら、眺めていた。
「ん? どうかした?」
優衣さんは俺に気が付いて質問してきた。
「いや……なんかおじさんポイなって」
俺が苦笑いしながら言うと、優衣さんはポっと顔を赤くしながら再びビールに口を付けた。
「……ぷはぁ。」
今度は小さなモーションと小口でビールを飲んで、小さなため息を吐いて見せた。
「ブッ!」
「何?もう!」
俺はそんな優衣さんの姿を見て、つい面白くなって吹いてしまった。優衣さんは恥ずかしそうにしながら頬をムクっとしていた。
「いやいや、別におじさんっぽいって思っただけなんで気にしなくていいのに」
俺は体をプルプルさせながら優衣さんに言った。
「だって……」
優衣さんは体をモジモジとさせながら俺の方をチラリと見てきた。
罰が悪くなったのか、優衣さんはヒョイっと立ち上がった。
「もう一杯とってくる!」
そう言って玄関の方へ向かい、逃げるように一度自分の部屋に戻っていった。
俺もそんな逃げていく優衣さんの姿を微笑ましく眺めつつ、料理を頬張った。
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