第31話 芸能人の素顔(綾香1泊目)
布団に入って何分経っただろうか、部屋の掛け時計の秒針の音だけがカチカチと聞こえていた。
俺は、なかなか寝付くことが出来ずに、何度も寝がえりを打っていた。
綾香の方に寝がえりをうつと、綾香は俺とは反対側を向いて、スヤスヤと息をたてながら眠っているようだった。
どうやら緊張をしているのは俺だけのようだ。別に何かあるわけでもないし、ただ同じ部屋で隣の布団で寝るだけなのに、あの井上綾香が隣にいると考えてしまうと、どうしても寝付くことが出来ずに頭が冴えてしまった。
俺はもう一度寝返りを打ち、綾香とは反対の方を向いて、ドクドクを波打っている心臓を落ち着かせる。
すると、綾香も寝返りを打ったようで、布団のこすれる音が聞こえてきた。
音が鳴り止み、5秒ほど経った時だった。
「ねえ、大地くん。起きてる」
ふいに綾香が声を掛けてきた。
「起きてるよ。どうしたの?」
どうやら、綾香も寝付くことが出来ていなかったらしい。話しかけてきた綾香に対して返事を返した。
「あのね……お願いがあるんだけど」
「お願い?」
綾香はボソボソとした声で、お願いを頼んできた。
「その、私普段ね。抱き枕使って寝てるんだけど……」
「うん」
「今日は急だったら持ってきてなくて……」
俺はその言葉を聞いて、嫌な予感がした。綾香はそんなことを気にせずに、話を続ける。
「それでね……そのぉ、大地くんを抱き枕にして寝かせてくれないかなって……」
俺の嫌な予感は的中してしまった。えっ、何? 抱き枕? それって同じ布団で綾香が俺を抱きしめて寝るということであって……
完全に頭が活性化して、眠気が吹っ飛んでしまった。
「その! 嫌なら別にいいんだけど……」
申し訳なさそうに綾香が言ってきたのに対して、俺は返答に迷った。
「いや、そのぉ……」
俺は必死に頭をフル回転させ、どう答えようか考えながら、適当に出てきた言葉を紡ぐ。
「明日も綾香は仕事だし、寝れなくて仕事に支障出ちゃったらあれだし……綾香がそれで体調崩しちゃっても、なんか俺が勝手に責任感じちゃうし。その、だから……俺でよければ別にいいけど……」
気が付けば抱き枕になることを、俺は肯定していた。
「ほんとに? いいの?」
綾香が恐る恐る確認の意を問いてきた。
「う、うん……いいよ」
一度OKを出してしまったからには仕方がない、男に二言はねぇ!そう心の中で気合いを入れて、抱き枕になることを覚悟する。
「その……そっちの布団に行った方がいい?」
「お、おう。そうしてもらえると……」
「わかった」
綾香はそう答えると、自分の布団を剥がして、こちらへスルスルと向かってきた。
「入るね……」
「う、うん……」
毛布を捲られて、肌寒い空気と共に綾香が入って来た。
「お……お邪魔します」
恐る恐る綾香が俺の隣に侵入してくる。
俺はずっと綾香とは逆側に体を向け、見ないようにしていた。
「その……どうすればいい?」
綾香が困惑したように聞いてくる。
「俺はこっち向いてるから。好きなように使ってくれていいよ……」
俺がボソっとそう答えると、
「わかった」
と綾香が返事を返した。
綾香は深呼吸を一回して、息を整える。
「じゃあ、失礼します」
「おう」
綾香はゆっくりと俺の脇腹の辺りに両手を回して、お腹の辺りを抑え、抱き付いてきた。
遠慮してるのか、ちょこんと触れる程度で少しくすぐったい。
「その、綾香が寝れるようにするためだから、遠慮しないでいいからね」
「わかった、ありがと。じゃあ、遠慮なく……」
そう言うと、綾香は力を入れて、今度は思いっきり身体をくっつけて抱き付いてきた。
「足も失礼します……」
さらには、俺の脚を絡めるように、綾香は両足を俺の脚に巻き付けた。
「はぁ~///いい匂い……」
さらにさらに、後ろからそんな甘い声が聞こえてた。
背中に綾香の身体が密着して、柔らかい感触が背中全身に伝わってくる。優衣さんほどではないが、胸の弾力も直に伝わってきた。
すげぇ……これが人気女優の柔らかさ……っと一人心の中で感動していると、次の瞬間、肩甲骨の辺りに綾香は顔を埋めてきて、スリスリとし始めた。
俺はそんな綾香を背中で感じながら、黙って見守ることしか出来ない。
すると、綾香が顔を一度俺の体から離した。
「はぁ……どうしよう大地くん……」
「ん?」
「大地君の抱き枕最高すぎて癖になっちゃうよ……いい匂いするし。もう……どうしてくれるの……!?」
「いやっ、そんなこと言われても……」
俺が困惑していると、綾香は再び背中に顔を埋めて、思いっきり息を吸っていた。
「はぁ~……幸せ。ありがとう、大地くん」
「お、おう……」
綾香は、今までで一番幸せそうな感嘆な声を出して、お礼を言ってきた。
「おやすみ」
「おやすみ」
そして、俺にギュっと思いっきり抱き付いて、綾香はそのまま眠りへとついていった。
◇
日曜日の朝、雀の鳴き声が聞こえてきた。結局俺は、一睡もすることが出来なかった。
瞼は重いが、やはり緊張が解けずに頭が冴えてしまって、気付いたら朝になっていた。
それもそうだ、同じ部屋で寝るだけで緊張してたのに抱き枕になってほしいと言われ、今は抱き付かれてるんだ、眠れるわけがない。
時刻を確認すると、朝の6時になろうとしていた。すると、俺に抱き付いてスヤスヤと眠っていた綾香がモゾモゾと後ろで動いた。
「んん……」
可愛い吐息を吐きながら、モゾモゾと身体を動かしている。どうやら、目を覚ましたみたいだ。綾香は一度抱き付いていた手を離して、自分の顔をこすっている。だが、一息つくと、再び俺に抱き付いてきた。
「おうふ……」
いきなりまた抱き付かれて、変な声が出てしまった。
「ん? ふぅー。おはよ、大地」
ギュっと抱き付きながら顔を背中にこすりつけてきて、挨拶をしてきた。
「おはよ、寝れた?」
「うん、もうぐっすり……はぁ、大地くんの抱き枕すごいよぉ~もう離れられない……」
甘い声でこんなことを言ってくる。そんなことをくっつきながら言われてしまうと、余計に色々と意識しまうからやめてほしい。
「大地くんは寝れた?」
「お、おう・・・・・まあな」
「……本当に?」
俺が罰が悪そうにそう答えると、訝しむ口調で綾香が聞いてきた。
「う、うん……」
「じゃあ、こっち向いて」
「えっ? なんで?」
「いいから……!」
俺は綾香に両手で強引に綾香の方へ身体を反転させられた。
なずがままに綾香の方に身体を向けると、目の前に突然美少女の顔が現れて、ドキっとしてしまう。
「やっぱり……すごいクマじゃん。寝れなかったよね」
俺の顔を見るなり、綾香は真っ黒になった目の下のクマを確認して眉間にしわを寄せて唇を尖らせていた。
「もう……」
綾香はため息をつくと、俺の目を真っ直ぐと見て、ニコっと笑って両手を広げた。
「おいで。」
綾香は手を広げて、優しい微笑みで俺を迎え入れようとする体制になっていた。
「え?」
「私だけ眠るのはダメ。ちゃんと、大地くんにも気持ちよく寝てもらわないと、今度は私が気にしちゃうから……」
「でも……」
「いいから来る!」
俺は綾香に頭を両手でつかまれて、強制的に綾香の胸元の辺りに顔が吸い込まれていく。
綾香の胸にクッションのように頬がくっついた。綾香の身体はとても柔らかくて、母性のような温かさを感じられた。俺はどこか落ち着くような感覚に陥ってしまう。
綾香は俺の頭を撫でながら、包み込んでくれていた。一睡もできていなかった先ほどまでとは嘘のように、俺は一気に眠気が襲ってきてしまう。
抵抗する気も何も起きず、綾香のまずがままに胸に顔を埋めたまま。俺は意識がもうとうとしてきて、温かくて柔らかい綾香の感触に浸りながら、睡眠の闇へと吸い込まれていった。
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