第30話 スキャンダル!?(綾香1泊目)

 昼飯代を健太に借りて、午後の授業も乗り切って、アパートへと戻った。幸いにも、定期入れは鞄に入っていたので、最寄りの駅までは電車で帰ることが出来た。


 アパートへ戻り、綾香に住所をトークで教えた。最寄りの駅でもよかったのだが、夜遅くなってしまい申し訳ないということで、家まで来てもらうことになった。



 ◇



 夕食やシャワーを済ませ、寝巻きでスマホゲームをしながら時間を潰して待っていた。時計を見ると夜の10時を回っていた。スマホの通知を確認しても綾香からの返事はまだ来ない。どうやら仕事が長引いているようだ。

 俺はスマホから目を離して、机に突っ伏した。ぼおっとしていると、徐々に眠気が襲ってくる。目がしょぼしょぼとなり、目をこすりながら眠気と必死に戦いながら、綾香の到着を待った。




 ピンポーンとインターホンが鳴った。



 俺は机からビクっと飛び起きて、ふと時計を見た。時刻は夜の12時を周り、日曜日になっていた。

 どうやら知らぬ間に寝てしまっていたらしい。


 俺は慌てて机から起き上がり、玄関へ向かった。小窓を確認すると、仕事終わりと思われる綾香の姿があった。

 俺はドアを開けて顔を出す。


「こんばんは。ごめんね、夜遅くに……」


 綾香が、小声で申し訳なさそうに財布を手渡しながら言ってきた。


「いやいや、こっちこそごめんね。わざわざ届けに来てもらっちゃって」


 俺は綾香から財布と受け取った。二人の間にしばしの沈黙流れる。


「あのぉ……」


 先に沈黙を破ったのは綾香だった。


「ん?」

「そのね……」


 綾香は肩を丸めて俯いて下を向いていたが、意を決したかのように体を俺の方へ動かしてきた。


「ごめんっ!!」


 その瞬間、俺の体めがけて体当たりをしてくるかのように、綾香が玄関へ飛び込んでくる。

 俺はとっさに半歩、体を後ろにそらして、綾香の身体を手で受け止めた。


 綾香は手際よく俺の体に飛び込む際に、片手でドアノブを掴み、部屋のドアを閉めた。

 俺は状況が理解できずに、ただただ綾香を抱き寄せていた。心なしか、綾香のふわっとしたいい香りが漂ってくる。


「えっと……」


 状況が呑み込めずに困惑していると、綾香が俺の体から少し離れて、玄関の前、つまりは俺の正面に立った。


「その……今ね。実は、週刊誌の記者に追われてるみたいで……」

「週刊誌!? それってパパラッチ的な人?」

「うん、そう」

「え、マジ?」


 ってことは、この状況ヤバくね? 


『人気女優井上綾香に熱愛発覚!』


 写真付きで、そのような間違ったスクープでも出されたら、彼女に多大な迷惑を掛けてしまう。そんなことが俺の脳裏によぎる。

 

 俺が引きつった表情をしていたのを察したのか、綾香が慌てて誤解と解くように答える。


「あ、そのぉ、今は平気だと思うんだけど。最近、私のことをついて回ってる記者の人がいるらしくて……」


 状況を綾香は説明していく。


「それで、マネージャーが大地君の家の近くで、ばれないように下ろしてくれたんだけど。マネージャーが、『私が囮になるから、今日はその人の家に泊めてもらいなさい。』って言われて……」


 俺は唖然とした表情でポカンと綾香の話を聞いていた。


「私は断ったんだけど……うちのマネージャー聞く耳持たないところがあって……」

「それで、そのままマネージャーは車でどこか行っちゃったってこと?」


 俺はようやく状況を理解して話の続きを綾香から汲み取った。


「そんな感じだね……あはは……」


 綾香が苦笑いを浮かべながら、困ったような表情をしていた。


「確かに、この時間じゃ終電もないし……」

「あ、大地くんが嫌だっていうなら私は近くのホテルに泊まるから全然いいんだよ」

「でも、まだ近くに記者がいる可能性もあるし……」

「まあ、それはそうかも……ね。」


 俺は状況を整理した。結果として、俺がとらなくてはならない行動は一つしかない。


「まあ、別にそういう事情なら仕方ないというかなんというか……」


 俺は有耶無耶に、お茶を濁しながらもそう言った。


「えっと……つまりは?」

「まあ、1晩くらい泊めるくらいは別にいいよ」


 俺は頭を掻きながら、綾香にそう言った。


「ホントに?」


 綾香が確認の意を込めてもう一度聞いてきたので、俺はコクリと頷いた。



 ◇



 綾香を部屋に上げて、色々と考える。


「どうしよっか……とりあえず。シャワー浴びる?」

「え! ?いいよ、そんな……」

「いや、でも一応芸能人なんだし、身だしなみはちゃんとしてないと、次の日見られたら……」


 俺は綾香の格好を見る。

 黄色のコートに黒のブラウスを着こなしていた。


「寝間着は最悪俺のやつを貸すとして……あ、下着はないけどそれは勘弁して」


 俺は綾香の有無を言わさぬまま、せっせと準備を整えていく。

 その姿を棒立ちで綾香は眺めているだけだったが、しばらくして申し訳なさそうに。


「ごめん、ありがとう」


 と頬を少し染めながらボソっといったのが聞こえた。



 ◇



 綾香がシャワーを浴びている間に俺は着替えを用意して、寝る準備を整えるなど、部屋中を動き回っていた。綾香は友達であるが、れっきとした芸能人。そんな人を家に泊めると考えてしまうと、ソワソワしてしまい、じっとしてはいられなかったのだ。


 いつもはテレビの裏など普段全く掃除をしないようなところまで掃除していると、綾香が洗面所の方から出てきた。


 濡れた髪は、サラっと綺麗な艶やかさに真っ直ぐで、貸したバスタオルで髪を拭いていた。すっぴんであろう彼女は、普段と比べてより美しさが増しており、大人びた印象を受けた。


 そして、俺が貸した上下グレーのジャージを着こなしていても、輝いているように見えてしまう。


「ごめん、ドライヤー貸してほしいんだけど」


 綾香が髪を拭きながら俺に言ってきた。


「あぁ、洗面所の下に入ってるから使っていいよ」

「わかった、ありがとう」


 綾香は再び洗面所へ向かって行った。

 しばらくすると、洗面所からドライヤーの音が鳴り響いてきた。


 それにしても、俺のジャージを着てる綾香を見て、思わず見とれてしまった。


 俺の服を、他の女の子が着ているのを考えると、改めて体の中なら何かが込み上げてくるような変な感覚に陥る。


 変なことを悶々と考えているうちに、ドライアーの音が鳴り止み。綾香が部屋へと戻って来た。


「ドライヤーありがとう」


 綾香はお礼を言いながら、自分が持っていたバックの方へ向かっていく、途中で俺の横を通った時に、お風呂上りのいい匂いが俺の鼻を刺激した。


 化粧水など美容ケアをしっかりと終えて。ようやく一息ついた。


「本当にごめんね。色々と……」


 また、申し訳なさそうに綾香が俺に謝ってくる。


「いやいや、こっちこそ、財布届けてもらってこんなことになっちゃって申し訳ない」


 お互いに机に向かい合う形で座りながら、ペコペコと頭を下げていた。

 ふと目が合った。申し訳なさそうな表情を見ていると何故か自然と笑いがこみあげてきてしまった。


「ふっ……」

「あははっ……」


 二人とも謎の笑いをしてしまい。お互いに肩の力が抜けたようだった。


「明日は仕事?」


 俺が話題を変えるように話を切りだす。


「うん、明日は午後からドラマの撮影が入ってる」


 綾香は手櫛をしながら、明日のことについて答えた。


「何時ごろ出る?」

「うーん。一回家に帰りたいし。8時くらいかな」

「おっけ、じゃあ7時くらいに目覚ましセットしておけばいいかな?」

「うん、そうしてもらえると助かるかな」


 俺は目覚ましの方へ移動して、タイマーをセットした。


「あ、綾香はこっちの布団使っていいから」


 俺が敷いておいた来客用の布団を指さしながら言った。


「うん、ありがと」


 綾香は答えながら膝をすりながら来客用の布団の前まで移動する。


「じゃあ、寝よっか」

「うん、そうだね」


 時刻は夜の1時を回っていた。お互いに布団の中に足を入れて寝っ転がった。


「電気消すよ」

「うん」


 俺は部屋の明かりのスイッチを押して真っ暗にした。


「おやすみ」

「おやすみ」


 お互いに布団へ潜って毛布を掛けた、寝やすい体制をモゾモゾと探して、寝る体制に入ったのだった。

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