第29話 財布
目が覚めた。
朝の陽ざしが窓から差し込んできている。
俺は目を擦りながら起き上がった。
辺りを見渡すと部屋は閑散としており、隣に敷いてあった来客用の布団が綺麗に畳まれておいてある。
昨日は確か家に愛梨さんが来て泊まったはず……
ふと机の方に目をやると、書置きが置いてあった。
俺は机においてある書置きを手に取る。そこには、可愛らしい文字で愛梨さんからのメッセージが書かれていた。
『おはよう、大地くん♪ 私は先に帰るけど、遅刻しないように気を付けるんだぞ!それじゃあ 愛梨』
一言で丁寧に書かれたその書置きを見て、俺はふとテレビの後ろの壁に掛けてある時計を見た。
時刻は午前10時を回ろうとしていた。
「うわ、やっべ!」
完全に寝坊した。
今日は必修の授業で、先生が来るまでに教室についていないと授業を受けることが出来ない厳しい先生なのだ。
俺は急いで歯を磨き、着替えを済ませ。財布や定期入れなど最低限度の物を鞄に入れて、一目散に家をバタバタと飛び出して大学へ向かった。
◇
超特急で走り電車に乗って、最寄りの駅から爆走して大学に着いた。
この時点で、授業開始まで残り3分となっていた。
「あぁ! もうなんでよりによって土曜日にこんな授業が入ってるんだよ畜生!!」
俺は大学への不満を叫びながら、大学の構内を疾走する。授業が行われる教室がある建物の中に入り、階段を駆け上がる。教室がある階まで登り切り、曲がり角を曲がった時だった。
目の前に人が現れ、俺は避けきれずに衝突した。
お互いに倒れ込みバックの中身が散乱する。俺は慌ててぶつかった人の方へ頭を下げて謝る。
「ごめんない!」
「いえ、私も不注意で……」
顔を上げると、そこにいたのは、息を切らして、焦った表情をしながら散乱したものを拾ってバックへ閉まっている綾香の姿だった。
ふとお互いに目が合い、綾香が驚いた表情を浮かべる。
「あれっつ? 大地くん!?」
「おはよう。とりあえず、急ごう! 立てる?」
「うん、ありがと……・」
荷物を全部拾い上げた俺は、綾香に手を差し伸べて立たせてあげる。
そして、時間がないので辺りに忘れ物が無いのを確認してから、二人して駆け足で教室へと向かった。
◇
授業開始時間から2分が経過していたが、先生がまだ到着していなかったので何とか教室へ入ることに成功した。
「はぁ、あっぶねぇ」
「なんとか間に合ったね」
俺たちは健太たちの元へと駆け込んだ。
「おはよう」
「ごめんね。遅くなっちゃって」
「おうおう、二人して珍しいな遅刻ギリギリとは」
「まあな」
「何? 二人とも遅刻?? ははーん……さては二人何かあったっしょ?」
詩織がニヤニヤとからかう表情をしながら聞いてきた。
「いや、そんなんじゃなくて、俺が走って階段駆け上がったら、角のところで綾香とぶつかっちゃって」
「そうそう、それでちょうど一緒になってここまで走ってきた来たの」
「なんだ、つまんないの」
詩織は口を尖らせて期待外れとでもいうような表情をしていた。
「お前は何を期待してたんだよ……」
俺があきれた表情で聞くと、詩織はニヤリと悪い笑みを浮かべる。。
「えっ? それはもちろん……昨日の夜はお楽しみでした……的な!」
手で口を覆いながら、隠し切れない邪悪な笑みが詩織から零れている。
「へっ!?! いやいや、そういうことはないから!!」
綾香は顔を真っ赤にしながら、ぶんぶんと体の前で手を振って否定していた。
そこまで否定されると、ちょっとショックというかなんというか……複雑な気分だ。
「まあまあ、とりあえず先生入ってきたし早く座りなよ」
健太がそう言って、席を指さしながら促してくれたので、俺たちは取っておいてくれた席に座った。
こうして、今日も4人仲良く授業を受けるのであった。
◇
授業も終わり。綾香は仕事があるということで、午前中の授業で先に帰ってしまった。
俺たち3人は午後の授業を受ける前に、昼飯を食堂で取ることにした。
席を確保して、食券を買いに行こうとした時だった。
「あれ? おかしいな……」
「どうした?」
「財布がない」
「家に忘れたんじゃね?」
「いや、ちゃんと持ったはずなんだけど……」
確かに家を出る前に、財布や定期入れを入れたのを確認したはずなのだが……
色々と思い返してみると、俺はふと綾香とぶつかった時のことを思いだす。
「もしかしたら綾香と朝ぶつかった時に、向こうに財布が入っちゃったのかも」
俺は慌ててトークアプリの通話機能を使って綾香に連絡する。
3コールほど鳴って綾香が出た。
『もしもし』
「あ、綾香?ごめん、あのさバックの中に俺の財布入ってない? ぶつかった時に俺の財布が綾香の方に行っちゃったみたいなんだけど……」
『え!? ホントに? ちょっと待ってね』
綾香は電話越しにガサゴソとバックの中を漁りだした。
しばらくして
『あ!』
っと小さくな声が電話越しに聞こえてきた。
『ごめん、大地くん。黒の長財布だよね?』
「そうそう」
『私のバックに入ってた。どうしよう……私この後すぐに仕事が入ってて、大学に戻る時間なさそうなんだよね』
「そっか……どうしようかな。最悪月曜日に渡してくれればいいけど……」
俺が申し訳なさそうに言うと、綾香から咄嗟に返事を返す。
『さすがにお金ないのはまずいよ! 夜、仕事終わった後ならマネージャーに車で送ってもらえるから、その時に渡しに行けるけど、それでもいい?』
「あ、うん。家にいるしそれでもいいよ。とりあえず、今は健太に借りてなんとかするわ」
『本当にごめんね』
「いや、仕方ないって。それに俺も確認しなかったのが悪いし。後で場所送るからそれでいい?」
『うん、そうしてもらえると助かるかな。ありがとう、ごめんね』
「いえいえ」
こうして綾香との電話を切り、仕事が終わった後、家に財布と届けてもらうことになった。
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