第11話 ちゃっかり者の隣人

 吉川さんの丁寧な接客を終えた後、ドラッグストアを出た俺は、駅前のスーパーへ足を運び、食材の買い物を済ませてアパートに帰宅した。

 時刻は15時過ぎを回っていた。


 ベランダに干しておいた、洗濯物を取り込んで丁寧に畳んでいく。

 タンスや洋服入れに、きちんとしまい終えて、キッチンへと向かい、冷蔵庫の中身を確認する。


 今日は少し凝った料理がしたくなったので、南家特製のビーフシチューを作ることにした。俺は買ってきたスーパーの買い物袋から角切りの肉と、じゃがいもと、ニンジンを取りだし、また板の上で具材をザク切りにしていき、淡々と料理を進めていったのだった。



 ◇



 しばらくして、ビーフシチューが完成した。俺はスプーンで味見をする。


「よし、上手くできた」


 スプーンをシンクへ置いて、火を止める。

 すると、アパートの階段をトコトコと誰かが登ってくる音が聞こえた。

 足跡は部屋の近くまで来て止まり。隣の家のドアがカチャっと開く音が聞こえた。

 どうやら優衣さんが帰宅してきたようだ。どうやらビーフシチューを作っていたら、いつの間にか、時刻は18時を過ぎていたらしい、外は真っ暗になっていた。


 まな板やボールなどの調理器具を洗っていると、隣の部屋からドタバタと物音が聞こえた後、再び玄関のドアが開く音が聞こえ、外廊下に足音が響いた。その足音が、何故か俺の部屋の方へ向かって来ているような気がした。

 そして、ピンポーンとインターホンの音が鳴る。


 俺はキッチンの洗い物をやめ、タオルで手を拭いてから玄関へと向かう。玄関の小窓を覗くと、そこにはグレーのジャージ姿の優衣さんがいた。

 俺は玄関のドアを開けた。


「こんばんは、大地君!」

「こんばんは、どうしたんですか?」


 俺が優衣さんに尋ねると、優衣さんが答える前に「グゥ~」っと優衣さんのお腹が大きく鳴った。


 優衣さんは「あっ!」という表情を浮かべて、自分のお腹を見つめる。そして、えへへという笑顔を浮かべて、頭を掻き顔を赤く染めていた。


「あはは……帰ってきたら大地くんの家から、すごくいい匂いが漂ってきたから、何作ってるのかなと思って」

「あ、なるほど。えっと、ビーフシチュー作ってました」

「ビーフシチュー!?」


 優衣さんは、目をキラキラと輝かせながら、部屋の中のキッチンのほうを見つめた。そして、再びお腹が大きく鳴った。

 優衣さんは恥じらいながら、お腹を手で押さえてつつ、子供のような目を俺へ向けている。


「その……よかったら食べていきますか?」

「ホントに!? いいの!?」


 俺が苦笑しながらそう答えると、食い気味に優衣さんは喜んできた。


「はい、明日の分もと思って多めに作ってあるので……」

「ありがとう大地くん!」


 優衣さんは無邪気に俺に抱き付いた。俺は優衣さんが勢いよく抱き付いてきたのを受け止める。

 優衣さんのいい香りと、柔らかいものが色々と当たってて辛い。何かは言わないけど……


「わかったんで、早く離れてください!」


 俺は顔を真っ赤にしていたと思うが、優衣さんを強引に突き放す。


「えぇー別にいいじゃん。それとも何? お姉さんに興奮しちゃった?」


 意地悪そうな笑みを浮かべて、優衣さんがからかってきたので、フイっとそっぽを向いて、部屋の奥へと歩いていく。


「そうやってからかう人には、食べさせてあげません」

「あーごめんってば。もうしないから許して!」


 優衣さんはそう言いながら、靴を脱いで部屋に入ってきた。

 まあ、元々追い出すつもりなんてなかったから、別にいいんだけどね。

 俺は優衣さんを家に招き入れて、キッチンでビーフシチューの鍋のふたを開けて見せた。


「うわーすごい !美味しそう」


 優衣さんは、今にも口からよだれが垂れそうなくらい、トロッとした表情を浮かべていた。


「今すぐに用意するので、ちょっと向こうで待っててもらっていいですか?」

「おっけーい、あっ、私スプーンとか出しておくよ!」


 そういいながら、優衣さんは、食器棚からコップとスプーンをガサゴソと見つけ出して、水を注いで机まで持っていってくれた。


 俺は大きめの器を二つ取りだして、ビーフシチューをたっぷり注いでいく。

 注いだ器を、机の上まで運んであげた。


「ご飯いります?」

「うん、食べたい」


 冷蔵庫からラップにくるんであった昨日の残りご飯を二つ取りだして、電子レンジで温める。

 俺は机に優衣さんと向かい合う形で座る。


「ちょっと時間かかるんで、先にシチューが冷めないうちに食べちゃいましょう」


 手を合わせて、お互いに「いただきます」と声を出して食事を開始する。


 お互いにスプーンを手に取って、シチューを掬った。口に入れる前に二、三回フーフーと冷まして、口に入れる。アツアツのビーフシチューは、湯気を立たせながらも、トロトロとしたスープに、具材がよく絡み合っていて、絶驚な味わいだった。


「う~ん! 美味しい……///」


 優衣さんが幸せそうな表情を浮かべながら、声を漏らした。


「すごいよ、大地君。これお店並みだよ!? どうやったらこんなの作れちゃうの!?」

「よかった。実はこれ、母親から教えてもらった秘伝のレシピなんです」


 母親は、北の大地で飲食店を経営しており、そこで提供しているビーフシチューは母親が考案したもので、家でもよく試作として作ってもらったことがある。そのレシピを俺が教えてもらい、そこらのお店に引けを取らないほどのビーフシチューを作ることができるようになったのだ。

 そのことを優衣さんに説明すると、


「へぇー、だからこんなに美味しいんだ!」


 納得したようにビーフシチューを味わいつつ、器の中に残っているビーフシチューを眺めていた。そして、しばらく何か考えに耽っていると、ふいっと俺の方へ顔を向けた。


「確かに、ちょっと家庭的でもあって懐かしいような感覚がするかも」


 優衣さんはニコっとどこか昔を懐かしむような笑みを浮かべて、もう一口ビーフシチューをスプーンですくって口に流し込んだ。

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