第12話 大学生活開始
朝、日差しが差し込む部屋の中で、目を覚ました。
ゆっくりと起き上がり、ふと時計を見る。時刻は8時30分を指していた。
今日から大学の授業が始まる。最初の一週間は、授業を選ぶためのオリエンテーションみたいなものらしい。いくつか授業に出て、履修する授業を、先生の特性や、単位認定の方法、難しさなどで、各自判断して考える期間だ。そのため、履修よりも多めに授業に参加しなればならなかった。俺は、今日は2限からの必修授業を受けた後、昼休憩を挟んで3、4、5、限と、選択授業をお試しで出てみる予定になっている。
冷蔵庫からタッパーに詰めた白米を取りだして、電子レンジで温めた。
ご飯を温めている間に、布団を畳んで、部屋の隅に置く。次に、今日の荷物の準備を先にしてしまう。筆記用具とルーズリーフを入れて、授業の一覧表も一応鞄に詰め込んだ。
ピーっと電子レンジが鳴り。ご飯が温まったことを知らせる機械音が鳴った。
俺はご飯を取りだして、お茶碗に移し替える。お茶碗に入れたご飯と一緒に醤油さしに入った醤油を机の上に持っていく。机に置いた後、もう一度キッチンに戻り、食器棚からコップと小さめの器を取りだす。
そして、コップに水を入れてから、冷蔵庫をあけて卵を一つ取りだして持っている器の中に入れた。机に卵の入った器と、お水が入ったコップを置いた。お箸を持ってくるのを忘れて、再び取りに行く。
お箸を取って来た俺は、机の前に座り、テレビのリモコンの電源ボタンを押した。
テレビでは、朝の情報番組を丁度やっているところであった。
机の角で卵をコンコンと叩いて割れ目を入れる。パカっという音と共に卵の黄身と白身が、器の中にプリっと出てきた。黄身を割って、醤油を加え、よくかき混ぜる。お茶碗の中に溶いた卵を入れて、卵かけごはんの出来上がりだ。
俺は手を合わせて心の中でいただきます。と唱えてから食事を開始する。
テレビではエンタメコーナーの時間になり、アナウンサーが来週から公開の新作映画の披露試写会のニュースを伝えていた。その披露試写会には、女優井上綾香の姿があった。
井上綾香は、芸能人としてにこやかな笑顔を、報道陣の前で振るまっていた。
昨日も休まずに仕事を忙しそうにこなしている彼女の姿を見ると、今日から始まる授業を受けてから、夜にはドラマの撮影、休日にはこんな大勢の前で笑顔を振りまいて仕事をこなさなければならない彼女の大変さが伝わってきた。
俺だったら、こんなこと絶対に出来ないな……そんなことを考えながら卵かけご飯を口へ掻き込んだ。
朝食を食べ終え、洗面所で顔を洗い歯を磨く。歯を磨いている間に、鏡を見ると、左側の髪の毛が寝癖ではねていた。
歯を磨き終わり、うがいをして、俺は水道で髪の毛をジャァっと思いっきり濡らす。
近くに置いてあったバスタオルで頭を拭いて、ドライヤーで髪を乾かした。
今度は近くにおいてあるワックスを手に取って、一定量を指ですくいあげて手になじませる。
そして、髪の毛をセッティングして身だしなみを整えた。
「よし」
気合いを入れ直して、再び部屋に戻る。
朝ごはんのお茶碗などを流しに置き、洗い物を済ませる。
今日は夜遅くに家に着くので、白米だけは炊いておこうと思い。お米を3合出して、お水でお米を研ぐ。タイマーを19時にセットして炊けるようにしておく。
準備を終えて、時計を確認すると、9時30分になっていた。
授業は10時30分からなので、少し時間に余裕を持って早めに家を出ることにする。
玄関で靴を履いて、ドアを開けた。
外の廊下へ出ると、ポカポカ陽気で空気が少しいつもより温かく感じられた。
ドアのガギを閉めて、アパートの階段を下りて、駅の方へ歩いていった。
◇
電車も通勤ラッシュのピークは過ぎ、人もまばらだったので、時間通り大学に到着する。講堂まで続いている一本道には、同じ時間から授業を受けるであろう生徒たちが大勢歩いていた。
今日の授業場所は8号館なので、8号館がある右に反れていく小道へと入る。
大学は基本的に生徒が移動して各授業の場所へ移動しなければならないのだが、休憩時間が10分間だけなので、連続して授業があり、大学の端から端を移動しなければならないなんてことも更にあるそうだ。
俺は8号館の4階へ階段を登り、目的の教室へ到着した。
まだ、1限が終わるまで10分ほどあったが、授業は行われていないみたいで、次の授業を受ける人がちらほらと教室へ入っていくのが見えた。
俺もその人たちと同様に、後ろのドアから教室へと入る。
前から階段教室となっていて、後ろからは教室を一望することが出来た。
俺がどこに座ろうかと悩んでいると、声を掛けられた。
「あ、おーい南! こっち」
真ん中のあたりで厚木が手を振っていた。どうやら先に到着して席を取っておいてくれたみたいだ。
俺は手を振りながら厚木の元へと階段を下りていく。
「おはよ、席ありがと」
「いいってことよ、入れよ」
「おう、サンキュ」
俺は厚木が座っていた端の席の、一つ内側の席に座った。
さらに隣を見ると、筆記用具と教科書が置いてあった。
「この二つも厚木の?」
俺が指さしながら厚木に尋ねる。
「そうそう、井上さんと詩織の分」
どうやら4人分の席を、最初に到着した時点で確保してくれていたらしい。
「いやぁ、最初だし、どのくらい人来るかわかんないから、席ないと困るかと思って」
「いやいや、助かったわ。これから一番に来た奴がこうすれば遅れても問題ないしな」
なるほど、俺も最初に到着したらこうしようと、厚木の行動から学んで、次から実行しようと誓う。
「それに、俺一限から授業だったのにオリエンテーションだけだったから30分で授業終わっちまって、暇だったんだよね」
頭を掻きながら厚木は、朝の出来事を話してくれる。
そんなことをしているうちに、一限の授業終了のチャイムが鳴った。
「お、やっと一限終わった。やっぱり大学の授業って長いな」
厚木はそんな愚痴を呟く。
「そろそろ二人とも来るんじゃない?」
「そうかもな」
そんなことを思いつつ、ふと後ろの方を二人で向くと、ちょうど井上さんが上の方からキョロキョロと眺めているところだった。
「あ、井上さんだ」
「え? あ、本当だ」
俺たちは手を井上さんの方へ振った。すると、井上さんも俺たちの存在に気が付き、表情を緩ませる。
俺達の元まで階段を降りてきた井上さんは、笑顔で挨拶を交わしてきた。
「おはよう、南君。厚木君」
「おはよう、井上さん」
「おはよう」
手を可愛く振りながら、笑顔で振り返してくれる。あぁ、これから毎日こんな可愛い子の笑顔が見れるなんて、幸せ者だなぁ~と、思いながら席を通してあげる。
井上さんは、俺の隣の机に荷物を置いて席に着いた。
「悪い、南。教科書取ってくんない?」
「あぁ、おけ!」
「井上さんちょっとごめんね……」
「え? あ、うん」
井上さんの席のさらに奥においてある、厚木の教科書を取るために、俺は懸命に手を伸ばした。井上さんに体が当たりそうになり、井上さんが避けてくれた。動いたときに、ふわっといい香りが漂ってきた。
俺は厚木の教科書を取って、自分の席に座りなおす。
「あ、ごめん井上さんの隣の席高本の分だから荷物置いておいてくれない?」
「あ、うん。わかった」
井上さんは机に置いてあった荷物を、椅子において席を確保してくれた。
「ありがとう」
俺は井上さんにお礼を言って、厚木の方へ体を向ける。
「ほい、教科書」
「サンキュー」
厚木は教科書を受け取って、軽い口調で一言お礼を言った。
そんなことをしているうちに、教室には必修の授業ということもあり、一年生で多くの人が溢れかえっていた。
すると、カツカツと階段を駆け下りてくる音が聞こえてきた。その音は俺たちの方へ向かってきて、その音を鳴らしている人物は、ドンっと厚木が座っている机を両手で叩いた。
「セーフ」
そこにいたのは、汗をだらだらと掻いて、ゼェゼェと息を切らした高本だった。
「初日から寝坊かよ」
厚木が高本を見て苦笑しながら言った。
「しょうがないでしょ……朝弱いんだから」
相当走って来たのだろうか、下を向きながらせき込んでいた。
「詩織ちゃん、おはよう」
井上さんが心配そうに高本の様子を伺っていた。
「あっ、綾香っち、おはよう」
高本は女子とは思えないひどい表情で、井上さんに向き直り挨拶を交わす。
「あはは……だ、大丈夫?」
井上さんは苦笑いしながら高本に声を掛ける。
「大丈夫、もう少ししたら復活するから……」
再び下を向き息を整えながら、井上さんに対してそう答えた高本は、ムクっと体制を立て直して、ふうっと大きく息を吐いた。
「よしっ、ふっかーつ!」
表情を緩ませて、一安心したように胸をなでおろしていつもの高本に戻った。
「あれ? 私の席は?」
厚木に高本は尋ねる。
「あっち、井上さんの隣」
「あ、あそこね。サンキューサンキュー」
高本を席の後ろから通してあげる。
「ごめんね」といいながら、三人の後ろを通り過ぎて、高本は一番内側の席に着席する。
高本が着席してまもなく、2限開始のチャイムが鳴った。
ついに、新しい学生生活が本格的にスタートする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。