第10話 天使とJKと店員
勧誘活動の次の日の朝、明日から授業が始まるため、ゆっくりできる休みも今日で最後となった。
そういえば、今日は春香の初登校日だったっけか? ふと掃除をしながらそんなことを俺は考えていた。まあ、あいつはあいつなりに頑張ってやっているだろうと思いながら淡々と掃除を進める。
今日は雲一つない絶好の洗濯日和だったので、昨日まで溜まっていた洗濯物をすべて洗い、ベランダに干した。すると、俺は掃除モードのスイッチが入ってしまい、お風呂とトイレの掃除をして、部屋全体の掃除機をかけ終わり、雑巾で家具の上などを拭いたりして、今ちょうどキッチン周りの掃除を完璧に磨き終えたところであった。
「このぐらいでいいか」
俺は一通り掃除を終える。ふとテレビの後ろの壁に取り付けてある掛け時計を見ると、時刻は11時30分を指していた。
キッチンを掃除したばかりで、また汚すのは気が引けたので、駅前の目星をつけていたインド料理屋に行くことにした。
丁度ドラッグストアで絆創膏などの救急用品を調達したいと思っていたので、財布にお金が入っていることを確認して、黒のスクエアリュックを背負い、靴を履いて、玄関のドアを開けて外に出た。
今日は丁度いい気温で、ポカポカとした春の陽気が心地よく感じられた。
近所の公園の前を通ると、保育園の園児と思われる黄色い帽子をかぶった子供達が公園で遊んでいた。
駅に近づくにつれて、人通りも増えてきた。商店街の一本道にたどり着き、駅の方へさらに歩いていく。
そして、駅前のインドカレー屋に到着した。店内に入ると、独特の香辛料の香りが漂ってきた。
インド人らしい人に丁寧に案内されて、俺は窓側の席に座った。席に着いて間もなくして、袋に入ったおしぼりを渡される。そのおしぼりを受け取り、袋を開けて汗で濡れた顔を拭く。
今度は、別のインド人が片言の日本語でお水とメニューを持ってきてくれた。俺はそのメニューを受け取って眺める。
通常のメニューとランチメニューの両方があり、ランチメニューの方に目を通す。
ランチメニューはカレーのセットメニューとなっており、ナン食べ放題の、ドリンク付きで700円と中々いい価格だった。俺は迷いながらも、ランチメニューのバターカレーとナンセットで、ドリンクはマンゴーラッシーを注文した。
注文を終えて、ふと窓の外を眺めた。窓の外には、商店街を行き来する通行人と、自転車が行来していた。駅へ向かう人も多く、少し小走りにせかせかしながら急いでいるサラリーマンの姿も見受けられる。
そんな感じで人間観察をしていると、ふとある女性に目が留まった。駅の出口から出てきたその女性は、オレンジのロングスカートに、黒と白の縞模様のTシャツにグレーのカーディガンを羽織って、ウェーブのかかった茶髪がかった黒髪をなびかせながら歩いていた。
そして、あの小さな顔とあどけなさに、少し大人びたような雰囲気を醸し出した立ち姿。間違いなく、昨日勧誘ブースで見た、天使のような女性であった。
俺は思わず席を立ちあがって窓に顔をくっつけながら、その女性の姿を凝視した。
その女性は駅を出ると、商店街の一本道へ出て、俺の家がある方向へ歩いて行く。なんでこんなところにあの天使のような女性がいるのだろうか? 俺は、そんな疑問を抱きつつ、女性の姿が見えなくなるまで窓にへばりついて眺めていた。
すると、インド人の店員が申し訳なさそうに「おまたせしました」といって頼んだカレーセットを運んで来てくれていた。
ふと我に返り、店内の様子を確認すると、周りのお客さんは俺の方を不思議そうに見つめていた。
俺は顔を真っ赤にして俯きながら、静かに自分の席へ座りなおした。
結局、天使のような女性の姿が見えなくなった後、なぜここにいたのかということを悶々と考えながら、昼食を食べる羽目になってしまった。
◇
昼食を食べ終わり、お会計を済ませて、インド料理屋さんから出る。
頼んだバターカレーの味は、とても本格的で美味しく、全く辛さはなく、まろやかな味わいで、ナンとの相性も抜群であった。
また、ラッシーのすっきりとした甘さのおかげで、何度もナンを食べ続けることが出来た。
結局ナンを2回お替りして、おなか一杯になるまでカレーを堪能した。
しかし、食べている間も、あの天使のような女性のことは、頭の中でずっとぐるぐると回っていた。
もしかしたら、この辺に住んでるのかな?
そんなことを考えつつ、俺は当初の予定であったドラッグストアへと向かう。
向かう途中、自転車が道路まではみ出て置かれている、あの例の雑居ビルの前を通りがかった。相変わらずの自転車の多さに驚いていると、階段の方から一人の制服姿の女子高生が降りてきた。
その女子高生は、つり目で少しムスっとした表情ながらも、どこか透明感のある美しさがあった。肩まで届くか届かないかくらいの真っ直ぐな髪で、可愛らしいサクランボのついたヘアゴムで、サイドテールにして結んでいた。
そんな女子高生は、プラスチックのカバンを手に提げて、青いリュックサックを背負いながら、スタスタとドラッグストアのある方へ歩いていく。
そんな彼女を追うように、俺もドラッグストアへ向かっていくと、彼女もドラッグストアの前で進行方向を変えて、店内へと入っていた。
それを見た俺は、少し小走りになりながらドラッグストアの前に到着する。
彼女の姿は見えなかったが、この中にいることは間違えないので、俺も店内へ入っていく。別に、彼女のことがなんとなく気になって来たわけではなく、元々買うものがあったから立ち寄ったんだ、と自分に言い聞かせて、店内を見回る。
すると、日用品コーナーのところに女子高生の女の子は、しゃがみながら商品を吟味していた。
女子高生は、商品をじっと睨みつけながら見ては棚に戻して、見ては棚に戻してを繰り返していた。
何をやっているんだろうと、俺は首をかしげていると、急に後ろから声を掛けられる。
「何かお困りですか?」
俺はビクっと反応して瞬時に振り返る。そこにはドラックストアの店員と思われるショートヘアーで茶髪の、若い女の人が立っていた。
緑のエプロン姿で、胸のところには吉川というネームプレートが付けられていた。
俺はどうやら相当悩んでいるような顔をしていたらしく、声を掛けられたらしい。
「あ、いやぁ。えっと……」
俺が返答に困っていると、吉川さんと思われる人物は、俺の後ろの方を見て、何か納得したような表情を浮かべた。
「あぁ、なるほどね。また来てたんだあの子」
「知ってるんですか?」
俺がそう尋ねると、吉川さんらしき人は再び俺に向き直る。
「いや、名前は知らないんだけど、いつもああやって一つ一つ商品を見比べて毎日吟味してくんだよ」
「毎日ですか……」
俺がそうつぶやくと、吉川さんらしき女性は苦笑いをしながら会話を続ける。
「まあ、結局何も買わないで出ていっちゃうことが多いんだけどね」
すると、吉川さんらしき人は「はっ!」っと何か思い出したように俺に向き直った。
「ごめんなさい、話し込んでしまって。私ここのアルバイトの
ネームプレートを持ちあげながら、吉川さんは丁寧に挨拶してきてくれた。
「あ、どうも。えっと、南大地って言います」
「あら、名乗ってくれるんだ」
「まあ、紹介してくれたのにこっちが答えないのはフェアじゃないんで」
「お客さんなんだから、そんなこと考えなくていいのに」
吉川さんは、あははっ、と笑いながらバシバシ俺の肩を叩いてきた。
「それで、何かお探しですか? 南くん」
吉川さんは、店員モードでお調子よく俺に尋ねてきた。
「あぁ、えっと絆創膏とか消毒液とか買いに来たんですけど」
「なるほどね! 救急用品系を買いに来たのね、了解了解!」
吉川さんは、ニコニコしながら辺りを見渡した。
「あの、どいてください」
すると、ボソっと可愛らしい声が後ろから聞こえる。
振り向いて下の方を向くと。先ほどの女子高生が、俺たちを睨みつけていた。 どうやら俺と吉川さんが話し込んでいたせいで、通り道を塞いでしまっていたようだ。
「あ、ごめん」
俺がとっさに道を開けてあげると、その女子高生は睨みつけていた顔を和らげて、真剣な眼差しでじいっと俺の方を見つめる。
その真っ直ぐとした真剣な瞳に、俺は頭の中まで見透かされているような感覚に陥る。
女子高生は、しばらく俺を眺めて動こうとしなかったので、痺れを切らして「あの、どうかした?」と声を掛けた。
すると女子高生は、
「え?」
っと我に返った表情になり、ポっと顔を赤らめて俯いた。
「あ、その。ありがと……」
一言そう言い残して、女子高生はスタスタと何も買わずにドラッグストアから出ていってしまった。
「ありゃ、いっちゃった」
吉川さんも、女子高生の姿を眺めていたらしく、ボソっとそう口にした。
「あ、ごめんね。救急用品はこっちだから!」
気を取り直した吉川さんに手招きされて、俺はその不思議な女子高生を見送ってから、救急用品コーナーへと足を動かした。
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