弐幕
日丸は少し古ぼけた宿屋を見つけると、軋む戸を開けて中に入った。
「お客様ですか?今日はお泊まりに?」
奥から年半ばくらいの少女が玄関へとやって来た。
「……………」
日丸は何も言わずただ、こくんとだけうなずき、畳みのある敷地に足を入れた。
「遠くからわざわざお出でになってさぞ疲れましたよね?あ、私は「菊」と申します。お客様のお名前は?もし教えて頂けたら…」
「…………日丸。」
「日丸様ですか…では今日はごゆっくりしていってくださいね。」
日丸はいつも固く閉ざされた口を何日かぶりに開いた。彼は決して人との会話が苦手だったり、文字が読めないなどという訳ではない。日丸は幼少期の頃からこうなのである。必要最低限でかつ、相手が分かれば良いという彼なりの考えなのだろうか。
ーその夜ー
日丸は菊から出された夕飯を食べていた。鍋いっぱいに盛られたおかゆがぐつぐつと煮えている。
「どうでしょうか…私の作ったおかゆは。」
日丸はまた何も言わずただうなずいた。それを見た菊は嬉しそうな笑みを見せた。その笑顔とやら、何と美しいことか。日丸はそう思ったに違いないだろう。
ガラガラ…
「邪魔するぜぇ~」
何やら柄の悪そうな武士二人が宿屋に入ってきた。日丸は嫌な予感を察知し、動いている箸を止めた。
「すみません、今日は先客がいらしてまして…」
「あ?先客?嬢ちゃんの目は節穴か!?こんなに広々としてるのに寝床二つもねぇだと!?」
「宿の寝床は一人だけにしか貸せませんので…後の敷地は作業のために…」
「作業!?んなもん知るか!?良いか!!俺はここの幕府の武士だ!!断ったら、殿がどうするか分かってるよなぁ?」
やはり日丸の嫌な予感は的中した。このままでは菊が危ない。早く助けなければ危害が加わるかもしれない。
カチャ…
「あん?なんだ小僧、言いたいことがあるなら言え!!」
「…………出てけ。」
「小僧にしては良い度胸だ、大人しくくたばれーーーー!!!!」
チャキン…シュバッ!!
ゴトッ…
「あ…あぁ…」
「ぎゃあああああああ!!!腕が……俺の腕がああああああ!!!」
殺しはしなかったが、代わりに武士の右腕半分を斬った。今の一瞬の剣技は誰にも見えないほど速く、正確に武士の右腕を斬ったのだ。
「くそっ……で、出るぞ!!」
二人の武士は斬られた右腕を庇いながら宿屋を逃げるように去っていった。
「あの……助けてくれてありがとうございます。」
「……!!」
日丸は驚いた。何故目の前で見せられないような描写を見せられたのにも関わらず菊はお礼を言ってきたのだから。
「気を取り直して、食事の続きといきましょうか。」
彼は思ったことだろう。武士二人を殺しはしなかったものの、つい退けるために斬ってしまった男を宿に置いておくということが。食事は美味しいが、彼にとってこのことが気がかりになって仕方なかった。
参幕に続く。
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