第14話 犯罪は増えているのか?
昔、職場で同僚がニュースを見ながらぽつりと言った。
「最近、事件が良く起きるけど、犯罪って増えているのかな」
残業中、友人が気晴らしにつけたテレビでは殺人事件のニュースが報じられていた。何気なく目を向けると、コメンテーターがあれこれと意見を述べている。
この手の話題になると、「犯罪は増えている」と「犯罪は減少傾向にある」という相反する意見が必ず出てくる。どちらも、それなりに自信のあるような言い方なので、私としてはどちらが正しいのか判断に迷ってしまう。どうせなら根拠を示して、明確に数字で表してくれればいいのに、と思うのだが見た覚えがない。
ということで、自分なりに調べてみることにした。
調べるといっても、特に知識があるわけでもないので、法務省の犯罪白書をネットで閲覧するだけである。
せっかくなので現時点で、もっとも新しい平成30年度版(2018年度)で、平成29年(2017年)のデータを確認してみる。
刑法犯の認知件数は、約95万5千件である。
認知件数というのは警察が犯罪を認知した件数だから、誰にも知られない完全犯罪が成立すればカウントされないのだが、そこまで考える必要はないだろう。というよりも、素人にはどうにもできないのだが。
年間の犯罪が、約95万件というと結構多いように感じるが、その内訳を見ていく。
1位は窃盗で、約71%。
2位は器物損壊で、約10%
3位が詐欺で、約4.7%
4位が暴行で、約3.4%
5位が傷害で、約2.5%
約95万件のうち、大半が窃盗や器物損壊が占めている。これらの犯罪だって被害者にとっては、大きな痛手となるのだろうが、100万件近くも殺人事件や強盗が起きているわけではないのでちょっと安心できるだろう。窃盗の中でも、自転車泥棒や万引きが多く、住居に侵入して盗みを働く、というケースは少ない。
ちなみに、日本の犯罪でもっとも多いのは、自転車泥棒だという話を昔に聞いたことがある。信憑性は不明だが、そのことを誤解した外国人学者が、日本に対して安価な自転車の輸入を勧めた、という話があるらしい。自転車泥棒が多いのは、貴重だからではなく、安価でありふれているから管理が緩くなるし、盗む方も罪悪感が薄くなるからだろう。
さて、それでは凶悪犯罪はどれほど発生しているのだろうか。凶悪犯罪の定義はきちんとしたものがあるのだろうが、今回は犯罪として最も象徴的な「殺人」の件数を見ていくことにする。
2017年の殺人の認知件数は、920件である。
どうだろうか。人によって感想は異なるだろうが、私は千件に達していなくて良かった、というものである。
なお、殺人の認知件数が920件であるが、これは920人の方が亡くなったという意味ではない。殺人の認知件数の項目には、未遂や自殺関与などを含むので亡くなった方は920人より少なくなる。人口動態統計をみると、2017年の死者のうち、他殺は288人だから未遂事件が多いのだろう。人口動態統計は厚労省だから、集計方法や集計期間の違いがあるかもしれないが、大きくはずれていないだろう。
では、殺人の認知件数が過去と比べて増えているのか見ていこう。
2016年は、895件
2015年は、933件
2014年は、1054件
2013年は、938件
2012年は、1030件
2010年は、1067件
2005年は、1392件
年によって多少の増減はあるが、全体的に減少している、と言ってもいいのではないだろうか。
数字を並べてそれらしくしてみたが、犯罪白書を読むと認知件数の動向についてきちんと書いてくれてある。平成30年度版によると、平成14年に認知件数がピークに達したが15年から減少傾向になっているようだ。
どうやら、犯罪は減少傾向にある、と言って間違いないようである。私のいい加減な意見とは違って、政府機関の統計なら間違いはないだろう。
アメリカの経済学者の本によると、国の経済が発展すると犯罪は減少するものらしい。生きるためにやむなく犯罪に手を染めることは減少するし、犯罪自体が割に合わないものになるからだそうだ。
例として、コンビニ強盗を考えてみる。アルバイトをしたことのある方なら知っていると思うが、コンビニのレジには大した金額は入っていない。それでいて、監視カメラがしっかり設置されているから、あとで捕まる可能性は高いのである。それならば、普通にバイトした方が強引に金を奪うよりもずっと効率がいいし、リスクもない。なお、強盗はかなりの重罪である。
無論、犯罪の全てが経済的要因で発生するわけではないし、むしろ詐欺などの経済犯罪は増えるそうなのだが、あくまで傾向として。
では、どうして「犯罪は増えている」という意見が根強いのか。これには2つの要因があるらしい。
1つは、犯罪防止の観点である。犯罪が少ない、と思って油断するよりも、犯罪が起こるかもしれない、と警戒しておいた方が良いということである。
新幹線などに乗ると「最近、盗難が増えておりますので、ご注意下さい……」という趣旨のアナウンスがなされることがあるが、これは乗客に注意を促しているのだろう。もしかすると、本当に増えているのかもしれないが。
2つ目は予算である。単純に治安が良い、というよりも、犯罪増加に対応するために、と言った方が予算が獲得しやすいからだそうだ。犯罪が減ったから警察官の数を減らすべき、なんて主張する人はあまりいないと思うのだが、警察だって役所であるから予算要求の際には、必要性をアピールしなくてはならないのだろう。
これは軍事分野でもある話らしく、新兵器開発や新しい部隊の創設の際は、仮想敵国の脅威が大げさに語られることがあるそうだ。既存の兵器では対抗できないから、みたいな話である。
かつて冷戦が終結した直後には、何のために新兵器を開発するのか、という話がでてきたように思う。もっとも、自国以外の軍事力なんて詳細はわからないだろうから、本当に脅威だったという可能性はあるのだろうが。
話は職場に戻って、犯罪が増えているのかという会話を同僚としていると、若い女性社員がぽつりと呟くように言った。
「日本全体の犯罪件数がどうとかよりも、身近な地区の治安状況の方がずっと大事じゃないですか。通勤経路とか、自分の住むアパートなんかに気を使った方が有益だと思いますよ」
なるほど、確かにそうかもしれない。いくら全国平均で治安が良いといっても、自分の住んでいる地域が何らかの問題を抱えていては意味がない。
凶悪犯罪の件数は少ないといっても、自分の身体、命は一つなのだから。
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