第11話 ロンブローゾとトルストイ
これは、前に書いた刑法の講義で聞いた話である。
担当の教官は、ほとんど雑談をしない人だったが、たまにする話は印象的なものが多かった。講義の内容も印象に残っていればよかったのだが、こちらはさっぱりであった。
ちなみに、今回もうろ覚えの知識で書いているのでご注意下さい。
その日の講義は、犯罪学の歴史というもので、過去から現在までの様々な学説が説明されていた。宗教的な儀式によって罪人かどうかを決める古代から、統計や調査に基づいた研究を行う近代まで講義が進んでいく。そこで登場したのが、19世紀のイタリアの学者であるロンブローゾだった。
彼の犯罪に関する研究で有名なのは「生来的犯罪人説」である。大まか言うと、犯罪者になりやすい人間は生まれつき決まっており、顔や身体的にある特徴がみられるというもの、だったように思う(間違っている、あるいは不正確かもしれない)。彼は、逮捕された犯罪者や囚人を調査して、この仮説に至ったそうだが、現代だといろいろと問題になりそうである。もちろん、当時でも様々な批判があったらしい。
ここでまで説明すると、壇上の教官は一息ついた。そして、余談ですが、断ってから雑残を始めたのである。
さきほど紹介したロンブローゾだが、彼の学説だけを取り上げると、いかにも偏見に満ちた嫌な人間のような印象を受ける。しかしながら、彼は非常に真面目な学者で、研究についても誠実に取り組んでいたそうだ。学説についても、犯罪をなんとか減らせないものか、と考えて生み出したものらしい。
そんな彼に、ちょっとしたエピソードがある。
どういった経緯か不明だが、ロンブローゾはトルストイに会いに行ったことがあるらしい。2人は、何事かを話し合ったらしいのだが、トルストイといえば「戦争と平和」や「アンナ・カレーニナ」など、様々な人間の姿を表現してきた作家である。犯罪者になりやすい人間は生まれつき決まっている、という学説を唱えたロンブローゾとは話が合わず、喧嘩になってしまったそうだ。
彼は失意のうちに帰ろうとしたのだが、その途中で思わぬことが起こった。なんと警察に捕まってしまったのである。しばらくして、ロンブローゾが高名な学者とわかって釈放されたのだが、警官の話を聞いた彼は愕然としたそうだ。なんと、詐欺の罪で手配されていた容疑者と顔がよく似ていた、ということなのである。
自分の学説が正しいとすると、これはどういうことになるのか。彼は二重のショックを抱えながら、故郷へ帰ったそうだ。
エピソードはここまでで、ある。
思い出しながら書いたので、内容についてはあやふやなところがあるのだが、ちょっと出来過ぎな話のような気がしないでもない。ネットで検索してみると、それらしい話がでてきたので、私が講義中に居眠りしながら思いついたわけではないようだ。
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