第9話 いわゆる「視える人」に会った話

 ホラー小説や漫画などでは、いわゆる「視える人」が登場する。


 人ならぬものや、この世のものではないものが視えるがゆえに、事件に巻き込まれてしまったり、能力を活かして謎を解明したりする、という設定は割と良くあるのではないだろうか。事故現場に佇む地縛霊が視えたり、心霊スポットにうごめく黒い影など、なかなかわくわくさせられる設定である。

 私はこの手の話が好きなのだが、自分自身は霊感が全く無いせいか幽霊らしきものすら見たことはないし、知り合いでそういう体験をした人もいない。実際には「視える人」なんていないのかな、と思っていたのだが、社会人になってから「視える人」と話す機会があった。 



 これは、職場の先輩に連れて行ってもらったキャバクラでの話である。


 まとまった仕事が終わったある日、いつのお世話になっている先輩が「俺の行きつけのキャバクラへ連れて行ってやる」と声をかけてきた。当時の私は、行ったことがなかったので期待半分、不安半分で先輩についていったように記憶している。


 店に着くと、先輩はお気に入りのキャバ嬢を隣に座らせて、私のことを会社の新人だと紹介した。だったらちょうど良い、ということで、私には新人の嬢がつくことになった。私の隣に座ったキャバ嬢は、きれいな女性で動作や言葉遣いも丁寧であったが、新人らしくときどきつっかえるときがあり、新人社員だった私は親近感を覚えたように記憶している。嬢は整った顔立ちで化粧もしっかりとしていたのだが、広く出したおでこが妙に幼く感じたのが印象に残っている。


 最初の乾杯と自己紹介が終わると、先輩はお気に入りのキャバ嬢にひたすら仕事の自慢や愚痴を語り始めた。こうなると、必然的に私は新人のキャバ嬢と2人で話すことになる。

 しばらくして、どういう話の流れだったか覚えていないのだが、嬢が恥ずかしそうな、あるいは困ったような表情で「実はわたし、ちょっと視えるんですよ」と言ったのである。この発言を聞いた私は、俄然興味が湧いてきた。私は、オカルト的な事柄が好きであったが、いわゆる「視える人」に会ったのは初めてだったからである。


 勢い込んでたずねる私に、嬢は困惑した表情で「大したものが視えるわけではないんですよ」と言った。じゃあ、何が視えるのかと聞くと「視えるモノは、ほとんど生きている人間と変わりません。ちゃんと足もあって、ちょっと見たただけだと区別がつかないですね」という答えが帰ってきた。私は、いかにも幽霊といったモノを想像していたので、少々拍子抜けしたのだが、これはこれで興味深い。


 嬢の語ったところによると、人ならざる存在は、普通に人間に混ざって生活しており簡単には見分けがつかないものであるらしい。なぜ、それがこの世のものでない、ということがわかるのかというと、ふるまいが不自然だからだそうである。

 たとえば、交差点で信号待ちをしていると、赤信号にもかからわず横断を始める人がいる。思わず制止しようとするが、なぜか周囲の人に気にした様子はない。そのうちに車やってくるが、横断している人の身体は何事もなくすり抜けてしまうのそうだ。そこにいたって、あの人はこの世の存在ではない、ということがわかるらしい。

 他にも、道路の反対側の古びたバス停に、杖をついた老婆が座っている。彼女は、そのバス停が既に廃止されていることを知っているので、老婆に教えてあげようとする。だが、ふと目を離した間に老婆の姿は消えてしまったそうだ。その場所は見晴らしが良いところなので、老婆の足では隠れることはできないはずなのに。

 また、地下鉄の構内で、普段は使われていない場所に歩いていく人がいる。不審に思ってついていくと、そこは行き止まりで、前を歩いていたはずの人の姿はどこにもない、ということもあったそうだ。


 嬢の語った話は地味なものであったが、作り話っぽさがなく妙なリアリティがあった。また、嬢自身も「自分の勘違いや、見間違いかもしれない」と自信なさげに語っていたのも、それらしさを高めたように思う。これが、よくできたストーリーを堂々とした口調で語っていたとしたら、客の興味に合わせた作り話として、私は信じなかっただろう。


 その後、嬢は友人が体験したという不思議な話や怖い話を語ってくれたのだが、気になることがあった。ときおり、嬢の視線が店の隅の方へ流れるのである。そこには、誰もおらず何もない、にもかかわらずである。もしかすると、彼女には何か視えているのだろうか、そう思う背筋にひんやりとしたものを感じた。

 また、嬢が話してくれた怪談にも気になることがあった。過酷な体験をした知人女性の話や、人間関係に疲れて奇妙なペットで心を癒やす友人の話などをしてくれたのだが、なんとなく嬢自身のことを語っているような気がしてきたのである。最初はちょっと幼い印象を受けた嬢ではあったが、しばしばひどく疲れたような表情をすることがあって、得体の知れないものを感じたのだ。

 店の中は明るくゴージャスな雰囲気で、周囲からは楽しげな話し声が聞こえてくるのだが、それらが不意に空々しく感じられ、微かな恐怖を感じたことが記憶に残っている。



 帰り際、嬢に「また来てくださいね」と言われたのだが、それから店には行っていない。

 仕事が忙しくなったり先輩のキャバクラ通いが奥さんにバレて大変なことになったりしているうちに、店のことをいつしか忘れてしまったからである。

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