第8話 友人から聞いた会社の怪談
某大手企業に就職した友人から聞いた話である。
その会社では、入社したばかりの社員を、東京の郊外にある研修所に集めて数ヶ月の研修を行う。本人の希望や適性、そして研修の成績によって配置部署が決定されるという仕組みだそうだ。
友人は、将来の幹部を目指すコースを選択することにした。この進路を選んだ者は、地方にある支社に数年配置され、成績が良かった者が、本社のある東京に呼ばれ出世の道が開けるのだそうである。
研修を終えた友人が配置されたのは、某地方にある支社の総務部だった。友人は意欲と野心を胸に抱いて赴任したのだが、なんとものんびりした雰囲気の部署で拍子抜けしてしまったらしい。
友人の会社では、転勤がない代わりに給与や昇進が抑えられたコースがあり、支社ではほとんどがそのコースで採用された地元の人間が占めていた。とはいえ、地元で長く勤務している社員は、様々な事情に通じており、友人にもよく仕事を教えてくれたそうだ。
のんびりとした雰囲気の職場ではあったが、仕事が少ないわけではなかった。地方の支社なので、仕事の総量としてはそれほどでもないのだろうが、社員の数が少ない。忙しくなってくると他の部署の仕事であっても、応援にいかなくてはならないのである。しかも、友人が配置されたのは総務部だったので、どこが担当するのかはっきりしない案件は全て総務にまわってくるという始末だった。
ある日、友人を含めた総務部の社員たちは夜遅くまで残業していた。
午後9時をまわったころ、不意に電話が鳴った。事務所内に緊張感が走る。こんな時間にかかってくる電話といえば、よくない内容に違いないからだ。
電話を受けた係長は、真剣な表情で何事かを話すと受話器を置いた。通話時間は短いものだったが、係長は腕組みをして何かを考えているようである。部屋の社員たちも、恐る恐る様子をうかがっていたのだが、友人は思い切って係長に何があったのかきいてみたそうだ。
係長が言うには、警備室から電話があって、会社の敷地内にある古い倉庫の照明がついたままになっているから消しておいて欲しい、と言われたそうだ。照明ぐらい警備員が消してくれればいいのではないか、そう思った友人は疑問を口にしたのだが、係長は「それは、そうなんだが、警備員が嫌がってねえ……」と妙に歯切れが悪い。
ならば、と思った友人は自分が電気を消しに行くことを申し出た。事務所の中では、彼が一番の新人だったからである。係長は一瞬驚いたようだったが「じゃあ、雑用を言いつけて申し訳ないけれど頼むよ。あっ、配線が古くなっているから何かの拍子に電気が入ってしまうらしいんだ。うん、あまり気にしないでいいから」と言った。友人はどことなく引っかかるものを感じたそうだが、新人の役目だと思って倉庫へと向かった。
戦後すぐに建てられたという倉庫は、古く埃っぽい建物だったらしい。倉庫と呼ばれているが、建物が老朽化しているので、ただ不用品を押し込んでおくだけの場所になっていたそうである。
友人が倉庫に入ってみると、確かに照明が点いていた。倉庫の中は、古いパソコンやコピー機、何が入っているのかわからないダンボールが詰め込まれている。こんなところに用がある人がいるとは思えないし、泥棒が入る可能性もない。やはり配線が老朽化しているせいだろう、そう思った友人は壁にあったスイッチを切った。
照明が消え、倉庫内が暗闇に沈むわずかな間に、何がが動いたような気がした。
事務所に戻った友人が、異常のなかったことを報告すると、係長は露骨にほっとした様子をみせた。他の社員たちもこっそり様子をうかがっていたのか、安堵したような雰囲気が室内に広がった。さすがに友人は不審に思ったそうだが、残業に集中しているうちに忘れてしまったそうだ。
それから数ヶ月に一度ぐらいの割合で、同じことが起こった。夜に電話がかかると、係長が申し訳なさそうに友人を見るのである。友人は不思議に思いながらも、特に実害はないので率先して引き受けていた。
それとなく倉庫について情報を集めてみたのだが、たいていの社員は「別に何もないよ」と口を濁すのみだったそうだ。ただ、ある別部署の社員は「あんな古い倉庫なんてさっさと取り壊せばいいのに」とはっきり言った。その社員は、県外から転勤してきたばかりの社員だった。
数年が経過し、友人はめでたく本社に呼ばれることになった。
送別会の席で、友人はせっかくの機会だからと、係長に例の倉庫について質問してみたそうだ。係長はしばらく迷っていたが「いや、本当に大したことはないんだよ。まあ、ある程度の歴史がある会社なら、一つ二つはこういう話はあるんだよ。きっと本社でも、似たようなことはあるさ」とだけ言った。
それから友人は、東京の本社で勤務することになったのだが、特に変わったことは起こっていないそうだ。
例の倉庫も、どうやらまだ取り壊されずに存在しているらしい。
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