第6話 本当は恐ろしい農耕民族
本やテレビなどで「農耕民族である日本人は、狩猟民族である欧米とは違って……」などという言い回しを、聞いたり見たりすることがある。私は別に人類学について詳しいわけではないのだが、このフレーズを聞くたびにモヤモヤとしたものを感じてしまう。
欧米人って、狩猟民族なのだろうか。私は社会の授業で世界史を選択しなかったのだが、ヨーロッパの人々だって産業革命までは大半が農民で、小麦などの作物を領主に納めていたのではないかと思う。日本と比べると牧畜が盛んではあったようだが、これをもって狩猟民族と呼ぶのは言い過ぎだろう。日本では明治頃まで、あまり肉を食べなかったが、これは農耕民族だからではなくて、仏教の影響だと思うのだが。
また「農耕民族である日本人は……」という言い方は、狩猟民族の方が活動的あるいは攻撃的な印象で語られることが多いように思うのだが、農耕民族だってなかなか恐ろしいのではないだろうか。
ある歴史に関する本で、人類の歴史においては農耕民族が狩猟民族を駆逐してきた、という記述があった。意外に感じるかもしれないが、よく考えると納得できる話である。
狩猟民族というと強そうに感じるが、食料の調達を狩りに依存しなくてはならないので、食料供給が不安定である。また、獲物である動物が減ってしまうと食べていけないので、人口も伸びにくい。一方で、戦争においては、狩りの技術を活かすことができるので有利である。ただ、戦闘の規模が拡大して技術革新が進んでくると、利点は薄れてしまうのだが。
農耕民族については、食料生産という面で有利である。安定した供給に加えて、穀物などは長期保存することもできるから、生産力が向上すれば、食糧生産に従事していた人を戦闘要員に振り分ける余裕もでてくる。当然ながら、人口増加については、狩猟民族より優位である。
戦闘についても、別に不利なわけでもない。機械化される以前の農業は、極めて重労働であって、農民たちは屈強な肉体と忍耐力をもっており、これらは戦闘において重要な資質である。
日本の歴史だって、縄文時代は狩猟採集生活を中心としていたが、そこに稲作が入ってきて発展してきたのではないだろうか。現在、先進国と呼ばれる国は、そうやって農業で国力を高めてから工業化の道を進んでいったわけで、狩猟民族として発展してきた国というのはほとんどないように思える。むしろ、狩猟採集生活を中心としていた人々は、近代化した農耕民族に追いやられてしまったのではないだろうか。
再び「農耕民族である日本人は……」という話に戻るのだが、上記のように考えるとわりと変な話のような気がするのだが、いかがだろうか。
私個人の感想になるのだが、農耕民族うんぬんの話題は日本人が口にするだけで、欧米の方が「自分たちは狩猟民族だから……」なんていうのは聞いたことがない。逆に、あるヨーロッパ人のエッセイで「日本人はどうしてヨーロッパ人を狩猟民族と呼ぶのだろう。まさか、ヨーロッパの人間全員がバイキングやナイトだと思っているのだろうか。私達だって農耕民族なのに」という趣旨の話を読んだことがある。当事者にそう言われると納得してしまうのだが、いかがだろうか。
結局のところ、農耕民族と狩猟民族の定義の問題になってくるのだろうが、人類学等に詳しくない私にとってはなんとも言えない。私の勘違いか、無知なだけで、欧米人は狩猟民族にカテゴリーされている可能性もある。
しかしながら、私はざっと歴史を眺めた感じでは、農耕民族の方が狩猟民族よりも恐ろしいと思うのである。
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