第5話 メラビアンの法則という判断に困る存在

 「メラビアンの法則」というものを、ご存知だろうか。


 いつから流行りだしたのかよくわからないが、私が就職活動をしていた頃には有名だったように思う。

 その頃に語られていた「メラビアンの法則」は、人間は他人の印象を、身振りや話し方、外見などから判断しており、会話の内容はほとんど考慮されていない、というものだった。大雑把に言うと、人は他人を見た目で判断している、ということであり、そういうタイトルの本が流行っていたような気もする。確か「見かけが9割」みたいなタイトルだったと思うが。


 人は、建前で「人を外見で判断してはいけない」とか「人間は中身が大事」などと言うが、本音では「見かけが大事」と思っているところもあるようで、そういう本質を突いたところが、流行した要因の一つなのだろう。

 小学生の頃、学校の先生に「人を見かけで判断してはいけない」と言われたが、同時に「怪しい人について行ってはいけない」とも言われたような気がする。


 一方で、巷で流行している「メラビアンの法則」というのは、都市伝説まがいのものであるということも、多くの人は知っていると思う。

 少し考えれば、私達は人を外見だけで判断する、ということしてないだろう。仕事でも友達付き合いでも、話してみないとわからないことは多い。特に、能力が重視される仕事では、外見だけで判断するということは、危険ですらある。

 また、メラビアンという研究者が行った実験は、いわゆる「見た目が9割」というものではなかったはずである。私のうろ覚えの知識だと、短い単語だけを言ったときに相手がどういう印象を受けるか、という実験だったと思う。この条件なら、人の印象を判断するのに、会話の内容以外の要素を重視するというのは当然だろう。

 この実験のことが、誇張されて広まったのが「見た目が9割」という話だと、私は大学生の頃に聞いたのである。



 このように、信憑性には疑問のある「メラビアンの法則」だが、就職してから耳にする機会があった。新入社員向けの研修で、マナー講師が「みなさん、身なりは大切ですよ。メラビアンという学者が研究したのですけれど、人は見た目で9割も判断しているんです」と言い出したのである。それは俗説ではないか、と言いたくなったが、ビジネスマナーの講座だったのでマナーを守って黙っていることにした。


 休憩時間に、同期の友人と話をした。


「メラビアンの法則って、本当はあんな内容じゃないよな。マナー講師が堂々と、不正確なことを語っていいもんかね。だいたい、外見を取り繕うなんて簡単だろ。それなりの服を買って、理容室に行けば外見だってそれなりになる。話し方とか立ち振舞だって、練習すればうまくなるじゃないか」

「確かに、そうだな。練習と場数を踏めばうまくなるってのは、俺たちが就職活動でも実感した。面接対策をしっかりしておけば、中身はともかく態度は堂々とできるな」


 マナー講師に文句を言う私に対して、友人は落ち着いた態度であった。


「でも、外見なんて簡単に良くすることができるってことはだな、それに手を抜くような相手は、中身も大したことがないってことになるんじゃないのか」

「そんなもんかねえ。中身に力を入れた方が、いいと思うけどなあ」

「まあ、それも一理ある。でも、中身を苦労して充実させたら、しっかり相手に見てもらいたいと思うだろ。だったら、外見だって魅力的にするように努力するべきだろう。外見が9割は言い過ぎだと思うが、いくらかでも評価対象になっているのなら、努力を怠るべきじゃない。マナー講師が言ってるのは、そういうことだろ」

「要するに、中身が大事とか言って、外見を磨くのを軽視するべきでない、ということか」

「だろうな。見た目が9割って言い方は過剰だが、関心を持ってもらうにはよくできたキャッチコピーだ」


 友人の研修での成績はなかなか良かったらしい。何事からも、学ぶべきことを見出す姿勢は、やはり立派である。



 現在、新入社員研修から長い時間が経過したが、今でも「メラビアンの法則」が、本当はどんな研究なのか知らないままである。だが、最近、思いついたことがある。それは「タイトルとキャッチコピーとあらすじが9割」というものだ。

 私は、それほど多くの作品を読んでいるわけではないのだが、キャッチコピーやタイトルが良いものは、たいてい面白い。ランキング上位を見ると、よく練られたセンスのあるものが多いと感じる。やはり、力を入れた作品だからタイトルやキャッチコピーも全力というところなのだろうか。あるいは、面白い作品を書けるのだから、あらすじだって必然的に面白くなるのかもしれない。

 ふと、我が身を省みると、ため息がでてしまうのであった。

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