第3話 都市伝説 オルレアンの噂について

 都市伝説に「オルレアンの噂」というものがある。

 この話は有名なので多くの方がご存知だと思うが、これに関してちょっと変わったことを知っているので紹介してみたい。


 まず「オルレアンの噂」とは、どんな話なのかざっと説明しておく。

 オルレアンはフランスの都市であり、ジャンヌ・ダルクを連想する人もいるかもしれないが、噂とは関係ない。


 ある外国人の男女カップルがオルレアンに観光旅行に行った。

 旅先で入ったブティックにて、おしゃれな洋服を見つけた女性は試着室で着替えてみることにする。男性の方は、女性が新しい服に着替えるのを試着室の外で待つのだが、なかなか出てこない。しびれを切らした男性が、試着室を確認すると女性の姿は消えていた。

 慌てた男性は、ブティックの店員を呼ぶのだが、全く取り合ってもらえない。挙句の果てには、女性など最初からいなかったなどと言われてしまう。こうして、女性が試着室からこつ然と姿を消してしまうのである。

 それから月日が流れ、ある旅行者が辺境の国を旅していると、現地の人間から見世物小屋に誘われる。興味を持った旅行者が覗いてみると、なんとブティックで姿を消した女性が、変わり果てた姿で見世物にされていた、というのが「オルレアンの噂」のだいたいの筋である。


 細部が異なるバージョンがいくつかあって、見世物にされていた女性をお金を払って助ける話や、女性が助けを求めてくるが、背後の犯罪組織を恐れた旅行者は言葉がわからないフリをして逃げる、という展開もある。 


 いかがだろうか。私は、旅先でひょんなことから姿を消した人間が、遠く離れた国で見世物にされる、という展開はなかなか恐ろしいと思う。

 だが、リアリティという意味では今ひとつではないだろうか。フランスは、簡単に人を誘拐できるほど治安の悪い国ではないし、外国人旅行者が被害者になったとしたら大使館に駆け込むかもしれない。国際問題となれば、ブティックを運営していたのがいかに凶悪な犯罪組織であっても、捜査からは逃れられないのではないだろうか。

 もっとも、都市伝説は楽しむものであってリアリティを追求するのは野暮かもしれないのだが。



 最近、この「オルレアンの噂」の新しいバージョンを本で読む機会があった。

 なんでも、ある日本人夫婦がフランスのオルレアンに旅行に行くのだそうだ。そして妻が試着室に入って、なかなか出てこないところまでは同じである。不審に思った夫が待っていると、青ざめた顔をした妻が顔をのぞかせるのだが、様子がおかしい。夫は何があったかたずねるが、妻は何もなかったとしか言わない。

 帰国してから約10ヶ月後、妻は出産するのだが、生まれた赤ちゃんの肌は真っ黒だった、というのが結末である。


 どうだろうか。私は、いかにも作り話という感じがして今ひとつだと思う。ブティックの試着室で女性が襲われるというシチュエーションは恐ろしいと思うが、なぜそんな場所を選ぶのか釈然としない。女性が悲鳴でもあげれば犯罪がすぐに露見してしまうだろうし、いくらなんでもその手の犯罪を行うには不便すぎるだろう。さらに、赤ちゃんの肌が真っ黒だったというのも、視覚的なインパクトを狙った演出のように思えてしまう。

 ところが、私は似たような話を過去に読んだことがあることに気づいた。それは、以下のような話である。


 ある日本人夫婦が新婚旅行でフランスに行った。

 妻は学生時代にフランスに留学しており、思い出の場所を巡る旅でもあったらしい。旅行から帰国して約10ヶ月後、妻が出産したのだが、赤ちゃんの容貌には白色人種的特徴があった。夫婦は、どちらも白人の血を引いているということはなく、夫は自分の子供ではないのではないかと疑って裁判を起こしたのである。

 調査の結果、フランスへの新婚旅行の際、妻が1人で留学時代にお世話になったフランス人の恩師に会いに行っていたことがわかったのであった。

 

 さて、みなさんはどう思われただろうか。こんなドラマのような展開は普通は起こらない、これも作り話ではないかと思った人もいるかもしれない。だが、この話にはきっちりとした根拠がある……はずだった。

 実はこの話、私が学生時代に民法の判例集で読んだのである。レポート作成のために「親子関係不存在確認の訴え」の例を探していて、先ほどの話を見つけたのだが、わりと生々しく事情が書かれていて驚いた覚えがある。

 上で紹介した「オルレアンの噂」の別バージョンから、この判例のことを思い出したのだが、ちょっと似ているのではないだろうか。関係があるわけではないと思うが、少々不思議である。


 このエッセイを書くにあたって、例の判例を確認してみようと思ったのだが……見当たらなかった。大学時代のノートや参考書は処分してしまったし、ネットで軽く調べもしてみたが、成果はなかったのである。


 私の記憶では、古い判例集に載っていた昔の事件だと思うのだが、勘違いか、あるいは自分の考えた話を読んだと思い込んでいる可能性もある。自分で言うのも恥ずかしいのだが、私はこういった勘違いをして恥をかくことが多いのだ。

 もしかすると、世の噂や都市伝説というものも、こういった勘違いから生まれたものもあるのかもしれない。

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