第2話 都市伝説 原爆に関わった人の数奇な運命
こんな話をネットで目にしたことがある。
第二次世界大戦末期、広島と長崎に原子爆弾が投下されたが、爆弾を投下したB29の搭乗員は、爆心地の惨状に精神に異常をきたしてしまった、というものである。
これは事実ではないそうで、爆撃機の搭乗員にそのようなことは起こらなかったそうだ。確かに、原子爆弾のもたらした被害は甚大なものであったが、搭乗員たちにしてみれば軍の正規の命令を忠実に遂行しただけである。被害を受けた日本側にすれば、納得はいかないかもしれないが、これは仕方がないことなのだろう。
ところで、原子爆弾に関わった人の中で、大変な目にあった人たちが居たのをご存知だろうか。ここで紹介する話は、投下した人たちでも、爆弾の被害にあった人たちでもなく、爆弾の輸送に関わった人たちの話である。
1945年7月、アメリカのマックベイ大佐に極秘任務が与えられた。重巡洋艦インディアナポリスの艦長として、最高機密物資をテニアンに輸送せよというものである。当時、この機密物質の正体を、どれほどの人が理解していたのかわからないが、それは原子爆弾の部品であった。原子爆弾の部品は、アメリカ本土から輸送機によってテニアンの飛行場に運ばれたそうだが、一部は船で運んだようである。この一部が何なのかは、よくわからないのだが、発射装置やシリンダーという単語が出てきているので、広島に投下されたガンバレル方式のリトルボーイの部品だったのかもしれない。ただ、インディアナポリスが運んだ物は、長崎で使用されたという話もあるので、詳細は不明である。
ちなみに、原子爆弾の投下任務にあたった部隊はグアムを拠点としていたそうだが、当時のグアム島は多くの部隊が駐留していたため手狭になっており、飛行場は近くのテニアンを使用したそうだ。
1945年の7月下旬、マックベイ大佐が乗艦するインディアナポリスは、無事にテニアンに到着した。機密物資を陸揚げしてミッション完了である。
任務を終えたインディアナポリスは、次に訓練のためフィリピンのレイテに向かうことになった。護衛なしで移動することになったのだが、当時このあたりの海域はアメリカの支配下にあり危険はない、はずであった。終戦間近のこの時期、日本の主要艦隊は壊滅し、航空部隊も本土防衛で精一杯だったからである。
7月下旬のある夜、インディアナポリスはフィリピンに向けて航海を続けていた。このまま何事もなく目的地に到着するかに思われたが、海面下には米軍の厳しい哨戒網をかいくぐった大日本帝国海軍の潜水艦伊58が潜んでいたのである。伊58の艦長である橋本以行少佐は、潜望鏡で目標を確認するとじっくりとタイミングを見計らって魚雷を発射した。
数発の魚雷がインディアナポリスに命中し、爆炎が暗い海面を照らし出した。潜水艦に気づいていなかったインディアナポリスの損傷は激しく、短時間のうちに艦が傾きはじめる。艦長のマックベイ大佐は、総員退去命令を出し、生き残った船員たちは夜の海へと飛び込んでいった。
こうして原子爆弾の部品を輸送した重巡洋艦インディアナポリスは、任務を終えた直後に撃沈されてしまったのだが、悲劇はまだ続くのである。
インディアナポリスの生き残りたちは、救命用の筏や漂流物につかまって救助を待っていたのだが、助けはなかなかやってこなかった。艦が沈没する前にSOSを発信するように決死の努力がされていたのだが、魚雷の命中によって機器が破損したのかうまく発信されていなかったのである。
やがて、フィリピンにインディアナポリスが到着する予定の時刻がやってきたが、当然のことながら艦は姿を見せない。ところが、直ちに捜索隊が出ることはなかった。なぜなら、戦時においては、軍艦が予定時刻に到着しないことはよくあったからである。後に問題になるのだが、規則の方も、艦が予定通り到着しなくても直ちに報告するようにはなっていなかった。
不幸なことは重なるもので、インディアナポリスを撃沈した伊58は、重巡洋艦であるインディアナポリスを戦艦と誤認していたので、戦艦らしきものを撃沈したという内容の電報を打った。これを米軍は傍受していたのだが、該当する戦艦がなかったので、単なる誤報か日本側の偽装工作と判断して重視しなかったのである。
数日後に、インディアナポリスの船員たちは救助されることになるのだが、このときまでに多くの人命が失われていた。艦長であるマックベイ大佐は生存していたのだが、彼には軍法会議という過酷な運命が待ち受けていたのである。
戦争は終わったが、マックベイ大佐の裁判は続いていた。容疑は、警戒を怠って部下の生命を危険にさらしたというものである。弁護側と検察側の間で、当時の事件が検証されていたのだが、検察側は、意外な人物を証人として呼び出した。それは、なんとインディアナポリスを撃沈した伊58の橋本艦長であった。
潜水艦伊58は無事に日本にたどり着いていたのだが、終戦によって艦は米軍によって爆破処分されていた。帝国海軍も解体されていたので元艦長である。彼はアメリカ政府の呼び出しによって渡米し、通訳を介して証言することになった。確かに、撃沈の様子を証言するのにこれ以上の人物はいないのだが、この処置はアメリカで物議をかもしたそうで、特に船員の遺族の反発は大きかったそうだ。
裁判の結果、マックベイ大佐は有罪となり、序列を下げる処置がとられることになった。
序列を下げる、と言ってもピンとこないのだが、おそらく序列とは同階級における順番のようなものだろう。昇任や名誉ある任務などは、序列の高い者から優先的に選ばれるだろうから、軍人のキャリアとしては相当な痛手である。だが、それ以上に、命をかけた実戦任務で有罪判決を受けたという事実は、軍人として相当につらいものだったのかもしれない。
マックベイ大佐は数年後に軍を去ったそうである。
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