牢-後編
これは夢の中の話。
ニンゲンは、まだまだ牢の中。
落ち込むニンゲンの思考もやはり聞こえている王子が、疎ましそうに口を開いた。
「君はとことん自己評価が低いし、反省しないな。
私と君を比べても、意味のないことだろう?」
(………)
ニンゲンは塞ぎこんだままだ。
王子はため息をつき、少し考え込んだ。
そして何かを思いついたのか、窓の方へと顔を向けた。
「…窓の外を見てみなよ。」
(窓の外?)
(いったい何を言いたいのだろう…)
「いいから見てみよ。
足場がいるのなら、この本を使うといい。」
そう言って足元の本の山を指し示す。
わけがわからないまま、ニンゲンは言われたとおりに窓の下に本を積む。
霊体とはいえ、宙に浮くことはできないようだ。
念動力などを使えるわけでもなく、ふつうに手で持って積んでいく。
そうして本の上に乗り、ニンゲンは鉄格子の小窓の外を見た。
窓の外は城下町が広がっていた。
町の建物はほとんどが白い壁と、オレンジの屋根で統一されている。
通りや、公園と思わしきところには、木々がまっすぐに生え、枝先の緑を自慢している。
建物の白とオレンジ、木々の緑が見事な景色を生み出していた。
(…綺麗だな)
王子はこの景色を見せたかったのだろうか?
「ありがとう。
父上もお喜びになる。
…そこから川は見えるか?」
ニンゲンの疑問をよそに、王子は礼を述べたあと、先を続けた。
(川?ああ、見える)
町から少し離れたところに、右側から正面奥に向けて川が流れているのが見えた。
川の両側には土手が築かれている。
洪水対策はしっかりとしているようだ。
「川の両側に土手が盛られているのが見えるか?
土手の斜面に木が植えてあるのは?」
(どちらも見えるぞ)
土手の斜面には、ほぼ等間隔に木が生えていた。
あれは何の木だろうか?
「あの土手なのだが、20年くらい前には存在していなかったらしいのだ。
20年前まで川はよく氾濫していたみたいでな、その度に国庫には負担がかかっていたし、民も安心した生活ができないでいた。
そのことに憂いた父上が土手を築く事業を興したのだがな、木を植えることについては、臣下の誰もが反対したのだ。」
その言葉を聞き、ニンゲンは王子のほうを見た。
(木を植えることに、反対された…)
だが、土手には整然と木が並んでいた。
(臣下が反対したのに、植えたのか?)
「ああ、そうだ。
父上は、臣下の反対を押し切って木を植えた。
どうしてだと思う?」
(またかよ…)
王子の再三の質問攻めに、ニンゲンは嫌気がさした。
(降参だ)
(わからないから、さっさと教えてくれ)
ニンゲンは両手を上げる。
その様子に、王子は少し思うところがあったようだ。
「すまんな。
久々に話し相手がいて、少し浮かれていた。」
と言った後に、話を続けた。
「まずは、先も話したとおりだが、木には土が流れるのを抑える効果がある。
築かれたばかりの土手は、いくらしっかり踏み固めようとも、まだ土が柔らかい。
川の流れで表面が流されて、少しずつ削れていってしまっては、せっかく築いた土手の意味がない。
それを少しでも抑えるために木が必要だった。
そしてもう1つ大きな理由がある。」
(他にもあるのか?)
「ああ、そうだ。
あの木はハナミズキという木でな、春頃に見事な花を咲かせ、秋には綺麗な紅葉を見せる。
国民はその花や紅葉を見に土手へとあがり、勝手に土手を踏み固めていってくれるというわけだ。」
その考えに、ニンゲンはとても驚いた。
(人々を利用しているのか…)
「一度 築いた土手は、そのまま放置しても土が固くなることはない。
何度も何度も踏んで少しずつ固めていく必要がある。
だが、それを事業でするとなると経費がかかるからな。
こうして民の楽しみを増やすと共に、人々に役に立ってもらおうと思ったわけだな。」
(すごいな…)
この息子にしてこの父ありといった感じだ。
(いや、逆だな)
(父が偉大で、そのことを理解しているから、この王子も日々努力しているのだろう)
(うらやましい限りだ)
またもやニンゲンは感心するが、ニンゲンの賞賛に王子が反応することはなかった。
そのまま王子は話を進めていく。
「だが、当時の臣下のほとんどは、そのことに理解を示さなかった。
今まで前例がなかったため、想像ができなかったのかもしれぬがな。
とにかく、家臣たちは「土手を築くだけでも国庫が圧迫されるのに、それに加えて木を植えるとは何を考えてるのだ」と猛反対したそうだ。」
(それでも、王様は強行したわけだ)
(…民のために)
そして今、眼下には豊かな景色が広がっているというわけだ。
「そう、民のためにだ。
だからな、私が君に言いたいのは、人の言うことなどいちいち気にするなということだ。」
(えっ…)
そこで初めて、今 王子はニンゲンの為に話をしているということに気づいた。
「父上は民のために動いた。
たとえ臣下に反対されようともだ。
たとえ民に理解されなくてもだ。
それでも行動したからこそ、父上は民にとても慕われている。
中には未だに当時の父上の行動を揶揄する家臣もいるし、父上が花見好きで、道楽のために木を植えたと思っている民もいる。
世論など、そんなものだ。
それでも父上はやりきったのだ。
おかげで今、民はここまで豊かな生活を送ることができている。」
ニンゲンようやく、王子がニンゲンを励ますために話をしてくれているのだと理解した。
「私だってそうだ。
大半の民は私のことを無茶苦茶な王子だの、バカな王子だのと評価している。
そう、君が思っていることと大体 同じだ。
それでも、私は私のしたいことをしているし、民のために行動を起こしている。
後々 結果を出しても、評価する者もいれば、評価しない者もいるだろう。
気にしたってしょうがないのさ。
だから、君は君のしたいことをするといい。
…わざわざ自ら牢に入ることなどない。」
(…ああ、ありがとう)
ここに来て初めて、ニンゲンは王子にお礼を言った。
ニンゲンは少し気持ちが軽くなるのだった。
不意に気配を感じまわりを見渡すと、ニンゲンの他にも半透明な人物が牢にいることに気づいた。
ニンゲンの側や向かいの牢の中など、10人以上はいるだろう。
おそらく、自分と同じような悩みをもってここへ来ている人たちだ。
(他にも、自分と同じような人がいたのか)
「何だ、今まで見えてなかったのか?」
(ああ、こんなにもいるのだな…)
「昔からよく来るのだよ。
声が聞こえたのは、君が初めてだがね。」
(そうか…)
ニンゲンは心が落ち着いていくのを感じていた。
こんなにも、同じ悩みを持っている人がいるのだ。
(本当に、悩んだり気にしたりしても仕方がない)
(自分が何をしたくて、どう行動するか、だな…!)
ニンゲンは本を王子に返した。
(ありがとうな)
「どういたしまして。
…行くのかい?」
(ああ、やることがある)
(すまない、世話になりっぱなしだった)
「全くだ。
だが、いいさ。
私も楽しかった。」
ニンゲンの意識が遠くなり始める。
半透明な身体がさらに透けていく。
「もうここには来るなよ。
だが、また会おう。」
(ああ、また会おう)
(今度は、ここではないどこかで!)
ニンゲンの意識は覚醒へと向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます