牢-中編1
これは夢の中の話。
引き続き、ニンゲンは牢の中。
疑問が増えたので、ニンゲンは1つずつ聞いていくことにした。
(まず、何で牢で謹慎してるんだ?)
(ふつう自室で謹慎するものじゃないのか?)
ニンゲンの質問に、王子は苦笑いを浮かべる。
「あー…昔から何度も謹慎は受けていたのだがな、その度に部屋から脱走を繰り返していたのだ。
窓から別の部屋に移ったり、侍女や衛兵の人には言えない秘密を利用して、脱出の手助けをしてもらったりとな…。
そのため、今回は完全に抜け出せないよう、ここにしたみたいだな。
見張りがいないのも、私が見張り達の秘密を知っている可能性を踏まえてのことだろうな。
食事は父上自身が持ってきてくださる。」
(生意気そうだと思っていたが、ここまでとは…)
ニンゲンは呆れてしまった。
「聞こえているぞ?」
ニヤリとしながら、王子はニンゲンを見る。
しかしニンゲンは、自身の思考が聞かれていることに対して、もう動じることはなかった。
(聞こえているのはしょうがない)
(考えないようにしても、考えてしまうしな)
「…そうか。」
王子はつまらなさそうにした。
ニンゲンは、次の疑問を聞いた。
(それで、何で要望を断ったんだ?)
(王様が怒ったのなら、受け入れるべき要望だったんじゃないのか?)
「いや、内容は受け入れなくて正解のものだよ。」
それから王子は、内容について詳しく話し始めた。
要約すると、要望を持ってきたのは『広葉樹の会』という集団だった。
彼らが言うには、今回の北部地震で山の地滑りがいくつか起きたが、その場所がスギやヒノキなどの、根が浅い針葉樹林の人工林のエリアばかりで起きたとのこと。
また、近年 野生の動物による作物被害が増えているが、これは山に動物の餌となる、木の実が成る広葉樹林が少ないためであるとのこと。
そのため、国は針葉樹林帯を少なくして、広葉樹林帯を増やすべきだと要望を出してきたらしい。
「前々から国には要望を出していたらしいのだが、今回の惨事が起きたのは、国がこの件に対応しなかったためであるとも言ってたな。」
語り終えた王子は、当時を思い出したのか、どこか遠くを見ている。
話を聞いて、ニンゲンは要望の内容に納得していた。
(なあ、本当に受け入れなくてよかったのか?)
(言っていることは、とてもまともだと思うぞ?)
『広葉樹の会』の言い分はとても的を得ているように思える。
人間は、なぜ王子が要望を断ったのかわからないでいた。
王子はため息を吐いた。
とても残念そうな視線をニンゲンに向けている。
「まあ、そうだよな。
普通はわからないものか。
いいよ、順番に説明していこう。」
王子の言葉にトゲを感じる。
ニンゲンは、また少し不機嫌になった。
「まず、針葉樹の根が浅く、広葉樹の根が深いというのは間違いだ。」
(えっ、そうなのか?)
昔、理科の授業で単子葉類と双子葉類とでは、根の張り方が違うと習った記憶はある。
針葉樹と広葉樹にも、同じように違いがあるものだと思っていたのだが…。
「何だ、君は昔そのようなことを習っていたのか。
思ったよりも優秀なのだな。」
王子の言葉にいちいちトゲを感じる。
(…この王子、敵が多いだろうな)
「確かに敵は多いが、今はそのことはいい。
さて、それで針葉樹だが、ヒノキ、ヒバ、カラマツ、エゾマツなどは確かに根が浅い木だ。
だが、逆にアカマツ、クロマツ、モミなど、根が深い木も存在する。」
(そうなのか?)
(というか、詳しいな)
「まあ、私はこれが専門だからな。
続けるけど、いいかな?
これに加えて、広葉樹のほうだが、ケヤキ、カシワ、クヌギ、カツラ、ミズナラ、トチなど、根が深い木は多いのだが、同様にブナ、ムクノキ、エンジュなど、根が浅い木も存在するのだ。」
話を聞いて、ニンゲンは呆気にとられた。
(あれ?とすると『広葉樹の会』さんは勉強不足なのか?)
「ああそうだ、勉強不足だな。
さらに、臣下の研究で最近 明らかになったのだが、地滑りは、地面の浅いところと深いところで起こるものがあるらしい。
深いところの地滑りはいくら根が深い木が生えているところでも発生してしまうそうだ。
まあ、浅いところの地滑りは、根が深い木で防げるのであろうがな。」
ここまでの話を聞き、地震に対しての人工林 植え替えの要望は意味がないことを、ニンゲンは理解した。
(なるほどな)
(地滑りの観点から広葉樹を広めるという意見が筋違いというのはわかった)
(だが、野生動物の作物被害の点ではどうなんだ?)
そのまま残った疑問を王子に聞いた。
「食べ物という点でも、あまり変わらないな。
マツ類、カヤ、イチイなどの針葉樹は、動物が食べる実がなる。
まあ、動物の種類によって、食べる木の実、食べない木の実もあるがな。
だが、この問題の視点はそこではない。」
(どうゆうことだ?)
ニンゲンは首をひねる。
(野生動物の食べ物を増やせば、作物の被害は減るからいいんじゃないのか?)
ニンゲンには青年の考えがさっぱりわからなかった。
「仮に針葉樹のエリアを木の実がなる木に変えた場合、野生動物の活動エリアはどうなる?」
(どうなるって、そりゃあ活動エリアは広がるな)
「活動エリアが増えた動物は、その後どうする?」
(どうするって…どうすんだ?)
ニンゲンは考えるのを半ばやめていた。
なので、そのまま王子に聞きかえした。
王子はその様子を気にせず、話を続けた。
「食べ物や活動エリアを増やした動物は、その個体数を増やすのだ。
食べ物に困らないから、子供もすくすくと育つ。
餓死する個体数が減るから、種全体の数が増えていくな。
そうして数が増えた動物は、どうすると思う?」
(どうするって…)
「種全体の数が増えた動物は、やがて山や森の食べ物だけでは賄えきれなくなり、人里におりて作物を荒らすようになる。」
(あっ…)
「元どおりになってしまうな。
個体数が増えているから、以前より作物被害の件数が増える可能性もあるな。」
(………)
ニンゲンの頬に、一筋の汗が流れた。
「それと、我が国ではわざと針葉樹林帯にしているエリアがある。
具体的には畑と山の間のエリアをそのようにしている。
どうしてだと思う?」
(…どうして、なんだ?)
ニンゲンは、この件はもはや自分の考えの及ばない範囲の話だと理解していた。
何も思いつかない。
「これも仮の話なのだがな、畑のすぐ隣が、木の実のなる木でできた森だった場合、動物の活動エリアと畑が隣合わせとなる。
そのとき、何が起こると思う?」
ここまで説明されて、ニンゲンも王子の言いたいことを理解した。
(…すぐ隣にある畑の野菜も、動物は食べるだろうな)
「そのとおりだ。
当たり前だが、森の木々は木の実がならない時期もある。
その時期は特に作物が狙われることだろう。
そうならない為に、野生動物と我々の生活エリアを離すために、敢えて針葉樹を植えているエリアもあるのだ。
まあ、それでも作物被害は起きているのだがな。
件数を減らす役割は果たしていることだろう。」
(この、王子は…)
ニンゲンは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「もちろん、野生動物の生息エリアはなるべく広くとったほうがいいと思っている。
だが、お互い共存していくために、バランスをとらなければいけないのだ。
それぞれの人工林も、見直しが必要なところはあるだろう。
そのためには、もう少し研究しないと答えが出せなくてな。
そのため『広葉樹の会』の要望は断った。」
と王子は話を締めくくった。
(最初はバカ王子だと思っていたが、もの凄く思慮深く、先見の明があるのだな…)
ニンゲンはただただ驚くばかりだった。
「聞こえているぞ?
賞賛の思いが直接 聞こえるというのは、悪くないものだな。
ふっふっふ。」
王子は笑いだす。
(…人をからかう癖は、問題ありかもしれないがな)
そう思いつつも、ニンゲンは王子に自分の考えが聞かれていることを、もう全く気にしないでいた。
だがそこまで考え、ふとニンゲンは当初の疑問を思い出した。
(うん?それなら、結局なんで王子はここにいるんだ?)
(王子の考えが正しいのなら、断って正解だ)
(王子がここにいる意味がない)
(それとも、王様はこの件に乗り気なのか?)
その疑問を聞き、王子はピタリと笑うのをやめた。
「ああ、まあ、その要望を受けたときなのだがな。
忙しかったというのもあったが、あまりに内容が稚拙だったため、ついその場で「話にならん」と言いきってしまったのだ。
父上はそのことについて怒っておってな。
「気持ちはわかるが断り方をもっと考えろ!」と仰られていたよ。
反論の余地も無いし、私自身あれはよくなかったと思っているから、こうして大人しく謹慎しているのだ。」
(…やっぱりバカ王子かもしれないな)
ニンゲンは、先ほどとは違う意味で呆れていた。
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