牢-前編

これは夢の中の話。


気がつくと、牢の中にいた。

石造りの壁、鉄格子で区切られた部屋と廊下、少し高いところに小さな窓があり、同じく鉄格子がはめられている。

冷たい石床には申し訳程度に藁の薄いゴザが敷いてある。


(…ここは、夢の中だな)

(以前にも何度か来たことがある)

ニンゲンはここの記憶を持っており、これが夢だとハッキリと認識していた。

(ここ最近はずっと来てなかったのだがな…)

(…また、来てしまったか)

自然とため息が出てくる。

以前と同じ夢を見ているということは、その時と同じ感情に飲み込まれていることになるのだろう。

(また、同じところを堂々めぐりしているのか)

ニンゲンは、同じ夢を見ているということが、現在の自分が過去から成長していないなと思った。

とても気が重い。

だが、今回は過去に見た夢と少し違っていた。

沈んだ気持ちのまま視線を右にズラすと、ニンゲンの他に誰かがいたのだ。


その青年は、本を読んでいた。

ウェーブのかかった金髪、碧い目、きめ細やかな白い肌。

汚れのない、上質な布で織られた衣装が明らかに場違いである。

間違っても牢屋にいるような人の服装ではない。

おそらく、とても身分が高い人物なのだろう。

ゴザの上に座り、青年の脇には数冊、丁寧に装丁された本が積まれていた。


過去に見た牢屋の夢では、ニンゲン自身が一人いるだけで、他には誰もいなかった。

(自分 以外に人がいる…)

しかも、見た目がこの場と全く不釣り合いな人物だ。

(何だこの人は?)

(何でここにいるんだ?)

(何で牢屋に本があるんだ?)

疑問がいくつも沸いてくる。

ニンゲンの視線に気づいたのか、青年はこちらを向き、口を開いた。

「おや、迷い込んだのかな?」


青年の言葉に、ニンゲンは首を傾げた。

(迷い込んだ?)

(確かに、夢を見ているというのは、どこかに迷い込んでいるようなものなのかもしれないが…)

(いや待て)

ニンゲンは考える。

今の口ぶりからすると、この青年は、ニンゲンがここの世界の人間ではないとわかっているようだ。

(どうゆうことだ?)

ますます疑問が沸いてくる。

青年はニンゲンを見てニヤニヤしている。

楽しそうに青年は話しかけてくる。

「ああ、ここは昔から君のように、誰かが迷い込んでくるのだよ。

君たちと囚人たちの区別は一目瞭然、君たちには実体がない。

透けてみえるのさ。」


そう言われて、改めてニンゲンは自身の体を見る。

自分の体が半透明になっていて、足下の床を見ることができた。

(…気づかなかった)

(言われなければ、気づかないもんだな)

夢の中だし、そんなものかと納得する。

それよりも…。

(お前は、いったい誰なんだ?)

とニンゲンは聞いたが、喉は音を発さなかった。


声が出ない。

(うん?なぜ声が出ない?)

(霊体だからか?)

(まいったな、どうやって言葉を伝える?)

困っているニンゲンを見て、青年は笑いだした。

「あっははははっ!」


(いったい、何がおかしいのか)

(自分のことを笑われているのはわかるが…)

(こっちは声が出なくて困ってるんだぞ)

ニンゲンは少し不愉快な気分になった。

ひとしきり笑ったあと、青年は話しだした。

「ああ、すまない。

自己紹介がまだだったね。

私はこの国の王子だ。

いちおう継承権 第一位、次期国王だね。

まあ、よそ者のそなたには関係のないことかな。」

そこから、また思い出したかのように腹を抑える。

「いや、すまない。

さっきから君の考えていることは、全て私には聞こえているよ。

頭の中に直接 聞こえている。」

そして、王子はまた笑いだした。


(え、自分の考えていることが、聞こえている…)

理解した瞬間、ニンゲンは頭の中が真っ赤になった。

(つまり、今まで考えていたことも全てわかっていたのか!)

(最初のほうは、聞こえないふりをしていたんだな!)

全てを知られてしまった恥ずかしさやら、それに対して笑っている王子への怒り、どこかへ隠れてしまいたいような気恥ずかしさも含めて、ありとあらゆる感情がニンゲンを支配する。

血が激しく脳内を巡る。

この王子を殴ってしまいたいような、今すぐここから消えてしまいないような、複雑な感情が巡る。

だが…。


(落ち着け…!)

ニンゲンは思いなおし、深呼吸を始めた。

(今、この感情も王子には筒抜けだ)

(自分が何を思おうが、それは変わらない)

(変えようがないし、どうしようもない)

(それに、ここは夢の中だ)

(気にしたって仕方がない)

何度も深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせる。


気がつくと、王子はすでに平静を取り戻し、こちらの様子を見ていた。

ニンゲンの感情が落ち着いてくると、そのタイミングを見計らったかのように王子は口を開く。

「笑ってすまなかったな。

だが安心したまえ。

聞こえるのは君が頭の表面で考えていることだけだ。

奥の深いところまでは聞こえていないよ。」

その言葉を聞きながら、ニンゲンはさらに落ち着きを取り戻していった。



だいぶ落ち着いてきたところで、疑問に思ったことをニンゲンは聞いた。

(それで、何で王子さまはこんなところにいるんだ?)

(クーデターでも起こされたのか?)

(それで捕らえられて、ここに入れられているとかか?)

「いや、クーデターなど起きてはいないよ。

父上も、今頃ご公務に励んでおられることだろう。」

王子は平然としている。

(それなら、何で王子さまが自国の牢屋に入れられているんだ?)


王子は、少し考えてから話し始めた。

「…まあ、君は別の世界の人間だし、言ってもいいか。

少し前のことだが、我が国の北部でそこそこ大きな地震が起きた。

その報せを受けて、王である父上は直接 現場の様子を見るために、大量の支援品とともに自ら北部へと赴いた。

それで、父上が留守の間 私が代理で城での公務をしていたのだがな。

ある日、ある集団から今回の地震に対しての要望があったのだ。

その要望は受け入れ難い内容だったため、私は断った。

そしたら帰っきた父上に怒られてな、こうして謹慎しているわけだ。」


(…は?)

(謹慎って、自室で謹慎するものじゃないのか?)

(王様は、受け入れるべき内容と判断したのか…?)

(いったい、どんな内容なんだ?)

疑問はさらなる疑問を呼んだ。

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